第三話:異世界エレベーター


階段を使う人は少ない。

とくに高いビルだと、みんなエレベーターに乗る。

無音で上下する密室。誰とも目を合わせなくていい空間。

それが、誰かにとっては「日常」だけど、

ときどき、そこは別のものになる。


こんにちは。アリスです。

今日は、ある「やり方」で別の世界に行けるという噂を、あなたに話すね。


これは“ゲーム”として知られてる。

「異世界エレベーター」とか、「10階建ての儀式」とか、名前はいくつかあるけれど、内容はだいたい同じ。


必要なのは、10階以上あるビルと、ひとりきりでエレベーターに乗ること。

そして、決まった順番で階のボタンを押す。


4階 → 2階 → 6階 → 2階 → 10階 → 5階


ここで、もしうまくいったら、5階に誰かが乗ってくることがある。

若い女性だと言われてる。

けれど──決して話しかけてはいけない。

目を合わせてもいけない。

そして、そのまま10階のボタンをもう一度押す。


エレベーターは、止まらず10階へ向かう。

でも、そこは元いた世界じゃない。


異世界。


電波は届かない。

窓の外は赤い空と黒い地面だけ。

人もいない。気配もない。

でも、確かに「誰かがいる」と感じる空気。


扉は開いてる。

降りることはできる。

でも、戻ってこれる保証はない。



この話を試した人がいた。

大学生の女の子だった。

面白半分で、友達との罰ゲームみたいな感じだったらしい。


実際に10階建ての古い雑居ビルに入って、夜中に一人でやった。

ルール通りに階を押していくと、5階で誰かが乗ってきた。

下を向いていて顔は見えなかった。

白いワンピースの、髪の長い女性。


彼女は声をかけそうになったけど、

最後の瞬間に思い出した。

「話しかけてはいけない」って。


10階のボタンを押すと、エレベーターは静かに上がった。

扉が開いた。


そこは、誰もいないフロアだった。

いや、正確に言えば、見たことのない空間だった。

ビルの最上階とは思えないくらい、空が高く、赤く、風の音が聞こえた。

見たこともない建物と、動かない人影。

“動いていない”けど、“止まってもいない”感じ。


彼女は降りなかった。

そのまま扉が閉まるのを待ち、1階を押した。


すると、女性がこちらを向いた。


目が、なかった。

黒く塗りつぶされたような、まっさらな顔。

でも、笑っているように感じたそう。


次に気づいたとき、彼女はエレベーターの中で気を失っていた。

携帯は圏外になっていたけど、いつの間にか1階に戻っていた。

外に出ると、周囲は知らない店や知らない言語の看板だらけで──

「どこだろう」と思ったとき、また気を失って、

今度こそ、本当に元のビルのロビーで目を覚ました。



この話、本当かどうかはわからない。

彼女自身が語ったのか、それとも誰かが彼女の話を拾ったのかも曖昧。

でもね、これに似た体験談は、他にもたくさんある。

ルールは微妙に違ったりするけど、

共通してるのは「順番通りに階を押すと、何かが起こる」ということ。


個人的に気になるのは、

“なぜ5階に女が乗ってくる”のかという点。

なぜそこだけ、向こうから「来る」んだろうね。


あちら側に行くための鍵は、

もしかすると、あの女の人なのかもしれない。

あるいは、彼女こそが、こっちの人を向こうに連れていく役なのかも。


私はエレベーターが苦手。

密室なのに、空間がどこか抜けている感じがする。

ときどき、階のボタンが押されていないのに動くことがあるし、

鏡の中の自分が、少し遅れて動くこともある。


それが“偶然”なのか、

それとも“そういうもの”なのか──


私は、たぶん、知っている。



では、また次の怪談で。

扉が開いたら、出る前に確認して。

そこは、ほんとうにあなたの世界?

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