第4章:世界で一番の幸せ

「トムじいさんがパンと干し野菜の交換、できるって。優香さんが作ったのなら、食べてみたいって言ってたわよ」


朝、優香達が暮らすブナ屋敷を訪ねてきたのは、村の若奥さん・ミレーヌだった。

麦茶色の髪を三つ編みにして、赤ん坊を背負っている。初めて来たときは突如現れ村はずれに住み着いたヨソモノに警戒心いっぱいだったが、今では優香の料理の噂を聞きつけて、時々有益な噂話とお裾分けの品々を持ってこうして立ち寄ってくれる。


「ほんと? よかったぁ。頑張って干したかいがあったわ」


「それで、あたしはこの“芋のパン”をいただいてくわ。代わりに干し肉と薬草茶を置いていくわね。うわ~、ジャラン芋って、こんなふうにふわふわになるのねぇ」


「コツは少しの重曹と、豆乳よ。あとね、しっかりこねて混ぜ合わせながら順番に黒砂糖と米油と豆乳を加えながらダマにならないようによくかき混ぜて、その後米粉と重曹と岩塩を加えてかき混ぜて汁気がなくなってきたら……あらごめんなさい、つい長話しちゃうの」


「ふふっ、いいのよ!でもそれ、きっとみんな聞きたいと思うわよ」


ミレーヌが朗らかに笑った。


彼女が家に帰ったあと、優香はこの世界で得た知識や物々交換の記録を小さな羊皮紙の束に書き込んだ。今や我が家には、交換で得た麦、米、岩塩、調味料、布切れ、干し肉、乾燥野菜、乾燥果物などが少しずつ増えてきている。それらは直射日光を避け適切な温度と湿度で保存されている。


「ねぇ、それって”こうかん”でもらった“たからもの”なの?」


カイルが不思議そうに羊皮紙の束を覗き込む。


「そうね、まだこの村には“通貨”の概念はないけど、干し芋やパンが”価値”でこの羊皮紙が”交換”の”記録”代わりみたいなものかしら。“ありがとう”の記録かな」


「へぇ……ぼくも、おかあさんみたいにだれかとなにか“こうかん”してみたいな!」


「じゃあ今度、パンのお届けを手伝ってくれる?」


「うんっ!」

カイルが元気いっぱいに肯いた。

***


次の日の昼すぎ、優香とカイルは坂を下り村の中心地にほど近いミレーヌの家を訪ねた。

家の前では、ミレーヌの夫・アランが井戸で木の桶に水を汲んでいた。


「ああ、あんたが“村はずれのブナ屋敷のおかみさん”か。話は聞いてる」


無愛想な口ぶりの男だったが、手渡したパンを受け取ると、まじまじと見つめて言った。


「うちのばあちゃんが昔、こんな色のパン焼いてたよ。干し芋混ぜてな……なんだか懐かしい」


「あら、それは光栄です。よかったらレシピもお教えしますよ?」


「あんた、面白いな。……気に入った、薬草の苗を持っていってくれ」


アランは自身が育てた素晴らしく発育の良い苗の束を優香に手渡してきた。ぶっきらぼうだが、確かな好意がこもっていた。

カイルも胸を張ってパンを渡していた。


「これ、“おかあさん”が作ったんだよ!」


「“おかあさん”?」


アランはちょっと目を丸くして――それから、ふっと優しく笑った。


「そりゃ、立派な“おふくろの味”だな」


***


その晩。


優香は、子どもたちに炊き込みご飯をふるまった。

交換で手に入れた乾燥きのこと、薬味、シュラン草をだしにして、畑で採れた芋と豆をたっぷり入れて炊き込んだ一品だ。


「このお米も、交換したの?」


「そう。ミレーヌさんが“とても美味しかった”って言ってくれてね」

いつか稲作にも挑戦したい。けれども陸稲は難易度が高く、しばらくは難しそうだな、と優香は思った。豆と芋と野菜を安定供給できるようになり、畑ではない斜面などにカラスムギや粟や南瓜の栽培を拡張する計画を順次進めてから万全の体制で米作りに臨みたい。家畜も飼いたいしやりたいことが山程ある。収益性に高い作物を増やせれば、子どもたちに高級な砂糖菓子などをもっと多く振る舞えるのだ。


「優香さんって、すごいな……ごはんで“ありがとう”がもらえるんだ」


リタがぽつりと呟く。

その横で、ニナがもじもじと手を挙げた。


「ニナも……“こうかん”する。……ニナの絵と、あめちゃん」


「あめちゃん?なにそれ?」

カイルがいぶかしむ。


「こないだ、おかあさんといっしょにおでかけして、パンをもらった子がくれたの。ちょっとだけ、にがかった」

ニナが想いを馳せながら答える。あの時は苦虫を噛み潰したような表情をしていたが、案外癖になる味なのかもしれない。


「ああ、あの時もらったリコリス(甘草)の飴ね。まだあるからあげるわよ。でも……絵と“交換”したいの?」


(交換しなくても、飴ならご飯の時以外ならあげるのに…)


優香が不思議に思いながらニナに問うと、ニナは頷き、はにかみながら優香に一枚の紙を差し出した。

そこには、優香がかまどの前で笑っている姿が描かれていた。小さな手で、丁寧に描かれたクレヨンの線。カイルとリタも隣にいて、料理に満たされた家のテーブルが背景にある。


「……すてき」


優香は絵を胸に抱き、目を細めた。


「ありがとう、ニナちゃん。これは、世界一の“交換”だわ」


***


その夜、子どもたちが寝静まった後、ニナからもらった絵を額縁に飾り、洋燈の灯の下優香は机に向かい羊皮紙に文字をつづった。


「今日の交換:

 干し芋パン → 乾燥米と乾燥きのこと薬味と布切れ、薬草の苗

 炊き込みごはん → 家族の笑顔

 ニナの絵 → 私の宝物」


異世界で見つけた、ささやかな“おかあさん”のしあわせ。

それは確かに、今日もそこにあった。

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