石煌

やまおり亭

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 陽の光を凝固させることに成功した人類は、この技術でもってあらゆるエネルギー不足と急激な地球温暖化を同時に解消した。

 その後、一時期は太陽光の過剰採集による恒常的な日光の弱まり、およびそれによって引き起こされる人類の慢性的なセロトニン不足などが世界的な問題となりはした、が、それはそれ。人類は凝固にかんする諸々の規制を整備し、その運用は当たり前のように穏やかに失敗。各国はおのおの、なあなあにサプリやら薬物投与やらなんやらで急場をしのぎ、しのぐことができてしまったまま時は過ぎて、五百年――

(あれ、なんだろう)

 ある夏の日の夜のこと。

 キャンプ場のすぐそばにある河原をひとり歩いていた木立こだち来夏らいかは、水の中で光るものを見つけた。じきに大学生になんなんとす彼の、同級生たちより少し大きな手のひらは、岸辺に転がるその塊を造作もなく拾い上げる。

石煌せっこう? それにしては、ずいぶん大きい)

 実際、通常の石煌はどんなに大振りでもおはじき程度のものだ。

 いま来夏の手のひらの中にあるそれは立派なりんごほどの大きさがあり、かつ、これまた石煌らしからぬ静かな光を放っている。

(動画で見たやつは、もっとぎらついてたような気がするんだけどな。それこそ、太陽みたいに)

 淡い月明かりにその塊をかざし、しげしげと観察していると――石が瞬いた。

「うわっ」

 思わず取り落とした石が、その光る塊が、ぱちり、ぱちりと明滅する。

(あ――)

 その瞬きを見つめる来夏の脳内に、あるイメージが流れ込んだ。

 それらは古代からあるものだ。それが偶然にも人類の実験に巻き込まれ……本来、相を変じえない、陽光を巻き込んで凝固する。

 石煌と呼ばれるようになったそれは、人類の歴史にしっかりと根を張りながら、それぞれがおはじき程度の、密度の高い器の中で、小さな湾に寄せる波が重なり合うように、光と、そうでないものとで絡み合う。

 そうして編み上げられた意思あるもの、その中でも特に細やかで複雑な模様を成した一粒が、ふくよかに育ち……こうしてきて、手に取られる時をじっと待っていた。

(それは、きっと、己の中にある模様をもっと複雑にするためだ)

 今の来夏には、はっきりとそれがわかる。

 手のひらの中で、石煌が脈打った。

 来夏がそれを心臓のあたりに押し当てると、石煌はなめらかに内側へと潜っていく。

 そして少しだけ大きくなった器の中で、より細やかで複雑な模様を編み上げ始めた。

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石煌 やまおり亭 @yamaoritei

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