第22話 「声ハ、其処ニ在ル」



【五番隊隊舎・渡り廊下】


夜風がすうっと通る木の廊下。


ふたりは並んで歩いていた。


足音は揃っていて、でも言葉はまだ、交わされていない。


やがて春陽が、静かな池の縁に腰を下ろす。


昂大も少し迷いながら、隣に腰をかけた。



【春陽、ぽつりと】


「……俺も、なかなか“声”聞こえへんかったんや」


昂大は、驚いたように春陽の方を向く。


春陽「焦ってたし、

他の奴が始解してるの見るたびに、

“なんで俺だけ”って何回も思ったわ」


「でもな、ある時ふと、思ったんや。

“声が聞こえへん”んやなくて、

“俺が耳を閉じとったんちゃうか”って」



【昂大、静かに】


「……俺は、ずっと待ってるつもりでした。

でも、どうしても届かない気がして。

“何が足りないのか”も、自分じゃわからんのです」


春陽「それでええねん」


「わからんままで、ええ。

わからんことを、わからんままにしてでも、

向き合い続けるってのが、俺らの“魂のかたち”や」


「それって、斬魄刀の方も見とると思うねん。

“ああ、こいつまだちゃんと俺と向き合おうとしてるな”って」



【昂大、膝の上で拳を握る】


「……春陽さん。

俺、正直言うと……羨ましいって思いました」


「春陽さんの斬魄刀の始解、見た時、

ああ、俺はまだ何も“持ててない”って……」


春陽「そら、羨ましがってもええよ。

俺も散々そうやった」


「けどな――」


春陽はまっすぐ昂大の目を見る。



【春陽の本音】


「――今のお前が、何より“持っとる”んや」


「だって、その焦りも、悔しさも、

“強くなりたい”って気持ちが、

ちゃんとお前の中に“在る”ってことやろ」


「斬魄刀って、そういう“気持ち”に反応すると思うで」


「今のお前は、“名前を知る前”の俺より、

ずっと前に進んどるって思う」



【昂大、しばらく黙って】


遠くで虫の音が聞こえた。

池の水が、月明かりに揺れている。


昂大はゆっくりと息を吸い、

小さく、笑った。


「……そう言われると、

少しだけ、怖さが減った気がします」


「俺、もっと斬魄刀と向き合ってみます」


春陽「そや。いつでも、時間かけてええんや」


「俺らが――五番隊が、見とるからな」



【ふたり、並んで】


言葉は少なくなったが、

それでも何も不安はなかった。


夜風が優しく吹いて、

ふたりの隊服をそっと揺らしていた。


その揺れは、

まるでまだ見ぬ“声”の予感のように、静かに心を包んでいた。

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