黒黒

メランコリック

黒黒

 朝、目を覚ますと、苦痛を折り畳んで収納している脳は氾濫した陽に溺れて悲鳴をあげておりました。含有量以上にカフェインの概念を含む黒い液体で満たし夜と再会せねばなりません。そのために今にも焼き切れかねない全身の回路を稼働させ、自動販売機を殴りつけて帰宅すると私にとっての全てが死んでおりました。自殺です。

 首を吊った様ですが、生死の確認すら必要もありません。なぜなら細い紐状の物は形そのままぶら下がっているのに対し、全ての華奢な体達は深く落ち込んでしまっているのですから。不定形に降った赤により、青白い肌も際立っております。

 紐状の物をよく見ると、私の所持するアコースティックギターの弦でありました。このギターは音楽理論の伴わぬ音を稀に奏でる文字通りモニュメントと化しているもので、私はしばしば抗議の視線を感じていたのでした。

 その様な、ぶら下がっている曰く付きのギターの弦の足下に視線を移すと、これもやはり私の私物であるCDだの小説だのが転がっていました。恐らくこれらを積み上げた物を足場として首に弦を掛けたのでしょう。転がる小説のタイトルの内でなんとなく『斜陽』の文字が目立っておりました。赤く染まった太陽の様に血だらけの首が没落するのを想像していたのでしょうか。一等よろしくない例えです。あまり読んですらいないのかもしれません。

 一通り状況を観察し終わって私は密かに、好き放題遺書をぶちまけるという愚行的表現に心を打たれつつ、首を仕度し、家を飛び出しました。

 遅かれ早かれ尋常ならざるを得なかった私達なのですから、この期に及んでは一体化を試みるのみです。すなわち草木の根から潜り込み花となるか、生類の腸を共に巡るか、海に融けるかのいずれかですが、やはり海が良いでしょうね。

 そんなことを電車の車内で思考しつつ、酸素の足らぬ魚の様に虚ろな目で窓を見つめていると、トンネルの先で陽は陰り、海へと辿り着きました。

 断崖に腰掛けて、首二つで陽を眺めると、丁度一人分の陽でしかなく、やはり一緒に海に融ける他どうしようもありません。やがて海と私達は黒黒とし、境の一切は機能を失って融けてゆきました。


 机の上の缶コーヒーは、既に冷え切ってしまっている様子でした。

 

 


 

 

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黒黒 メランコリック @suicide232

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