第二話 男 二

 ドルトと別れて家に戻ったクリスティエは、まずクリスティネに、

「そろそろギルドに行ったほうがいいよ」

と伝え、ポーション作りに励んでいた妹は、

「わかった。じゃあ、明日行く」

と、興味がなさそうに答えた。

 続いてママに、野盗に囲まれた件を話す。

 昔はママを心配させたくないので、危険なことがあっても黙っていることが多かったが、ことごとく見抜かれて優しく問いただされることになった。

 無駄なので、今ではなんでも話すようにしている。

 それにママと話すのは楽しい。

 ママは最初のうちこそ心配そうな顔をしていたが、ドルトが登場したあたりからは、瞳を輝かせて話を聞いていた。

 クリスティエは、疑問に思っていたことをママに尋ねてみる。

「どうして強いのに力を抑えているのかな」

「そうねえ—―」

 ママは小首を傾げる。

 こういう時のママはとても可愛い。

 さほど間を置かずにママは答えた。

「――相手を傷つけないため、というのはちょっと違うかな。そんなに優しいだけの方には思えないから。むしろ、そうした方が良い理由がちゃんとあって、信念を持ってそうしたんじゃないかと、ママは思うなあ」

 そう言われてみると、クリスティエもそんな感じがする。

 戦闘の時、彼は盾役を倒した後に、遠距離攻撃系の魔法遣いと弓使いを先に潰して、近接戦闘系だけ残した。

 あれも最初からそうすると決めていたことだろう。

 いつもはふわふわしているのに、必要な時にはちゃんとしている。

 ママは本当に不思議な人だ。


 *


 翌日の朝食後、ママが日課の散歩に出かけている間に、クリスティエは近接格闘術の自主訓練をした。

 昨日のドルトの動きを思い浮かべ、それに拳で応じることを試みる。

 しかし、全力ではない軽やかな彼の動きに対して、防御以上のことができなかった。

 あの動きといい、触れた拳の硬さといい、尋常ではない腕前のはずだと彼女は感じていたが、それで『白銀シルバー級冒険者』というのがせない。

 十歳の頃にギルドの受付前でやらかした直後から、クリスティエは初級冒険者の基礎訓練を特例で受けていた。

 三年ほどしたところで、

「もう何も教えることがないから」

という理由で基礎訓練から追い出され、自主訓練に切り替えることになったが、それまでの訓練の中でランク毎の実力差は何となく理解した。

 それによれば、ドルトの実力はギルマスと並ぶか、その上ではなかろうかと思われた。

 金剛ダイヤモンド級冒険者には会ったことがないので分からないが、黄金ゴールド級の実力を隠し持っていてもおかしくない。

 今日、ギルドに行ったらガストンにドルトのことを聞いてみよう。

 そこで気持ちを切り替え、頭の中のドルトと再び対峙してみる。

 相変わらず、受けるのが精一杯だった。


 ママが散歩から戻ってきた後、クリスティエは妹に付き添ってギルドに行った。

 野盗に遭遇した翌日なので念のためにそうしたのだが、本当はそんな必要はない。

 クリスティネは鑑定系スキルの他に、回復薬や魔道具を作る錬金術系のスキルと、防御系・治癒系魔法のスキルを持っている。

 だから、生半可な攻撃は当たらない。

 また、魔法遣いは大きく攻撃魔法のような遠距離系魔法遣いと防御・治癒魔法のような近距離系魔法遣いに分かれ、術式の本質的な違いから両方とも使える魔法遣いはいないのだが、妹は攻撃が必要になれば魔道具で対処できる。

 南の森を歩きながら、クリスティエが昨日の「野盗とドルトの戦闘」について話をすると、妹は、

「ドルトが剣を拳のようにして使っていた」

という下りのところで、

「姉さん。彼は鞘の広いほうを使っていたの? 細いほうを使っていたの?」

と尋ねた。

 クリスティエは昨日のドルトの動きを思い出してみる。

 そして、言った。

「常に広いほうを使っていた。そういえば、殺したくないとはいえ、鞘の細いほうで叩いたほうが力が乗りやすそうだけど、なんでなんだろうね、ティネ?」

「それは――」

 クリスティネは自分が口にした言葉を、自ら吟味するかのような口調で言った。

「――鞘であっても、細いほうだと死者が出るかもしれないからじゃないかな」


 ギルドに到着すると、受付は落ち着いた雰囲気だった。

 クリスティエが二階の執務室を眺めながら階段を昇ろうとしたところで、察しの良いアリアーネから、

「ギルマスは外出して不在です」

と、先回りして言われた。

 本当に”こっち”のアリアーネは苦手だ。

 彼女は、妹の用件が終わるまでギルドの一階ホールの片隅で待つことにした。

 初級訓練のおかげで、駆け出し冒険者の中に顔見知りの者は多い。

 しかし、朝の受付ラッシュの時間を過ぎていたので、人影はまばらで知った顔はなかった。

 この時間に来るのは、前日にハードなクエストを遂行したパーティの副隊長クラスか、クエスト受注競争とは無縁の高ランク冒険者か、あるいはやる気が枯れ果て、惰性でクエストの募集票を見にきただけの連中である。

 複数日程のクエストをこなしたパーティは、野営地から余裕を持って移動し、午後の早い時間にあわせてギルドに達成報告にくるし、当日組は日暮れ以降だ。

 午前の遅い時間のゆったりとした空気が、クリスティエは好きだった。

 しばらくその空気感を味わっていると、昨日、受付で説明を聞いていた三人組が、辺りを見回しながら入口から入ってきたのを見つけた。

 魔法遣いの少女が、後ろに従う二人を見ずに言った。

「やっぱり出遅れているじゃない。あんなに声をかけたのに、二人とも起きないんだから」

「本当に申し訳ない。反省してます。だから、そろそろ機嫌直してくれよ」

 槍使いが平身低頭する。

 剣士は白い顔をしていた。

「二日酔いに治癒魔法なんか使わないからね」

「そんなあ」

 剣士が情けない声を上げる。

 それでも三人は並んでクエスト受注票を物色し始め、クリスティエは笑いを堪えることにしばし集中した。


 妹は溜まっていた鑑定をさっさと終わらせると、ジーマンに後を任せて昼前に鑑定室から出てきた。

 ジーマンが情けない顔で見送っていたのが印象的だった。

 帰りの大通りでは、妹と一緒なので出店から声がかかることがなかった。

 エリアの店で串焼きを食べ、しばし談笑した。

 道中、ドルトの姿は見かけなかったし、南門の前に老婆の姿はなかった。

 途中で不埒な輩が出没することもない。

 夕方、ママが散歩に出かけている間に近接格闘術の自主訓練をした。

 相変わらずドルトの動きに対して防御以上のことをさせてもらえなかった。

 今日のママは、普通に聖石を拾ってきただけだった。

(それでも普通は迷宮の深層部でしか手に入らないものだったが)


 なんだか、普通の日を代表するような一日だった。

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