第2話 龍使いの里
幼い頃の俺は、我ながら本能のままに動く、里一番の
外の世界に
おかげで里の結界は以前よりも
そんな俺が変わったのは、恥ずかしいが、弟が生まれてからだ。
この里の人間は昔から龍と
しかし生まれた弟の目は赤と青緑のオッドアイだった。
せめて、赤と金色なら俺もここまで過保護にはならなかっただろうが、残念ながら
実際のところ、弟は他の子よりも家の中で過ごすことが多く、生まれてすぐは危なかった。
成長して
決して外の世界への憧れが消えた訳ではないが、それはもっと弟が成長してからでも遅くはない。今はとにかく、弟を一日も早く立派に育て上げることが一番だ。
「……これは、また……派手にやったな~」
買い物から帰ってきてみれば、キッチンが
浴室からは弟と弟の相棒の龍の騒ぎ声が聞こえて来ているし……何となく
「すまないが、ここの片付けを先に始めていてくれ。向こうが終われば俺もすぐに手伝う」
予想通りびしょ濡れで、しかもこの時期に冷たい水は身体に悪い。風邪の元だ。
以前よりは体も丈夫になったとは言え、まだまだ俺達に比べて
タオルで拭いた時に予想より体が冷えている事を知り、すぐさまお湯をかけてやる。
(正直、俺の心臓に悪い!)
程よく温まった事を確認してから俺は新しいタオルを渡して着替えを置き、急いでサンの手伝いに戻ったが、既に片付けは終えてあり、何なら買ってきた物をしまってくれていた。
さすがに仕事が早い。
疲れて床で寝転がっているサンに買ってきたビスケットを渡した。
「ご苦労様、助かった」
サンはビスケットを受け取り、一鳴きした。
「さて、俺はあいつのおやつでも作るか」
机の上や周りに散乱していた材料を考えるに、ホットケーキを作ろうとしていたのだろうが、おそらく何かに驚いたアースが暴れまわったのだろう。
弟はあれで大人しい性格だから、きっと止めることもできなかった筈だ。
「ふぅ~、明日にでも、龍の扱いを教えておくべきだな」
苦笑いをしながら、フライパンのホットケーキをひっくり返した。
「おっ、良い焼き加減だ」
翌日から早速、外に出て龍との接し方から育て方について
この里では昔から龍と共存していく為に、生まれてすぐの赤子に両親の相棒である龍の卵を与えて
卵から
成長に連れて多少の事は気にならなくなるが、その時には一緒に育った人間の方も強く
「昨日の事を考えるに、どうやらお前の相棒は自らの
「うっ……やっぱり」
本人も
「いいか? 龍はその辺に居る野生動物とは違う。彼等は知能もあるし、力もある。加えて
「う、うん」
「だから俺達は自分の相棒をただの野生動物に
「んぅ〜?」
先程の説明は理解できなかったらしく、弟は頭を傾げた。
昔父親から聞いた話と
「力で捻じ
「う、う~ん。なんか、よく解らないけど……兄ちゃんの言いたい事、何となく解った!」
必死に自分の中で
「まだ少し難しかったようだな、すまん。だけど、ありがとな、嬉しいよ」
「えへへ~、どういたしまして」
嬉しそうに撫でられる弟を見て、アースも羨ましくなったのか、サンに頭を持っていく。察したサンがすぐに頭を撫でてやっていたから、まとめて全員を抱きしめたくなってきたが、ここは外だ。あまり気の
そろそろ今日は切り上げようと思っていたところに、歩み寄って来る存在が居ることを気配で知った。
「おや、あのやんちゃな坊主が立派になったものだ」
「龍長様。こんにちは、今日はお身体の調子は良いみたいですね」
歩み寄ってきたのは里の長である龍長様だ。里の守護をされているという龍神様の
「ああ、お前たちの母親の作った薬のお陰で峠は越えられたよ。また改めてお礼に
予想していた内容に、先程の穏やかな気分が
俺は弟を
先程と違って弟は不安そうに俺を見ていたが、今はそれを
「大変に有り難いお誘いではありますが、俺の意思は変わりません」
「そうか……。残念じゃのぅ。お前なら実力や知識も申し分ないし、適任なのじゃが……」
長い
「ご期待に沿えず、申し訳ありません」
「ふむ……なら、お前の弟はどうじゃ?」
「――――ッ、……え? 今、なんと?」
予想外の提案に、俺は下げていた頭を上げ、龍長様を警戒するように見つめる。
当の龍長様はそれに気付かず、呑気に変わらず顎鬚を摩って晴れた青空を仰ぎ見ていた。
「向こうも急いでいるようじゃしな。しかも今度の当主はまだまだ若いそうで、お前か弟くらいが丁度良い話相手にもなりそうじゃと思うてな」
「し、しかし弟は、ご存知かと思われますが、目の色が……」
なるべくこちらの
「あぁ、もちろん知っておるわ。じゃが、それも普通の家庭であればの話。あの男の血が流れているなら、目の色も力の問題も、
再びこちらに向けられた龍長様の目は、既に鋭い眼光へと変わり、こちらの心情を見抜こうとしているのが嫌でも伝わって来た。
これが、龍神の血を
ついに俺は息苦しさに耐えきれず、膝を付いてしまった。
「かっ、はぁ、はぁ……」
「兄ちゃんっ!」
弟の声を聴いて、あまり無様なところは見せられないと無意識に
ようやく正常な呼吸が戻って来た事に安堵し、ゆっくりと息を整えていれば、サンを振り切って駆け寄ってきた弟が心配して顔を覗き込んでくる。
「下がってろ……、お前にはきついだろう」
「うぅ? 何のこと。僕より兄ちゃんの方がつらそうで、見てられないよ!」
「なに?」
俺は信じられないものを見るような目で弟を見るが、確かに平気な顔をして俺の隣に立っている。
先程の効果は俺限定のものだったのか? 後ろに居るサンを振り返って見たが、俺と同じように疲労が見える。つまり、俺限定ではなかったという事だが……さて、この状況にどう結論を付けるべきか。
たまたま一番後ろで護られていたから距離的な理由で効かなかったのか? それとも加護の薄さが幸いして効かなかったのか?
「ふむ。
「あ、はい。お気をつけて」
思考の中に沈みかけた意識が龍長様の言葉で浮上し、すぐさま取り
どうやら龍長様は気付いて居なかったようだ。
「兄ちゃん?」
心配する弟の腕の中には、眠そうにしているアースが居た。
こいつの能力とも考えられるが、そんなものあるのだろうか? いや、聞いたことがない。
俺は頭を振って考えを振り払い、少し外に長く居てしまった事を反省する。
「俺は大丈夫だから、早く家へ帰ろう。長く外に居て疲れただろう?」
「あ、えーと、僕はまだ大丈夫だよ。それにせっかくの外だし、近くの森へ遊びに行きたい」
弟からの珍しい希望に、俺は少し思案してから頷く。
「解った。俺はこのまま帰るから、陽が沈むまでには帰って来るんだぞ」
「うん、解った! いってきまーす!」
嬉しそうにはしゃいで駆けていく弟を見送り、傍にいるサンへ振り向く。
「すまないが、護衛を頼む。何かあればすぐに知らせてくれ。俺は父さん達と少し話がある」
先程の事で体力が
サンも同じことを考えていたのか、すぐに頷いて追いかけてくれた。
「…………俺の
相棒の背を見送った後、すぐに両親を探しに向かった。
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