エピローグ
あの騒動から数週間が経過した
一連の事件の首謀者が判明しテロ容疑をかけられていた八咫烏は疑いが晴れて再び日々怪異と戦っていた
だが全てが元通りとなった訳ではなかった
麗はあの一件で自ら学園を退学した
あんな姿を見られてしまった
そしてそれらを元に戻す手段がなかったからだ
そんな麗は今では八咫烏の即応部隊を率いていた
「霧雨隊長どこかに行くんですか?」
「えぇ…ちょっと出掛けてくるわ」
あの騒動で命を落とした者は多い
人員補充の為新たに八咫烏へと加わった即応部隊の新人隊員
同様の事が起こった際の二の舞にならない様これまで以上に即応部隊の必要性が求められた
その為即応部隊は正式に八咫烏本隊とは別の部隊として編成されたのだ
この数週間麗は即応部隊へと加わった新人隊員の戦闘訓練に尽力していた
かつての恩師である橘 桜花
今回の騒動で命を落とした者の一人
麗はその穴を埋めようと自ら戦闘顧問を名乗り出たのであった
道半ばの未熟者ではあったがこれまでの経験から即応部隊を纏める隊員としても最も適任である
そうアイリに判断された為現在は即応部隊隊長となっていた
(あれからもうすぐ一ヶ月…あっという間だったわね…)
以前と違い学園に行かなくなった麗はこれまで以上に八咫烏として活動する様になった
皆がそうだった
あの一件の傷は深く
表向きには自然に振る舞っていたがあの時の悪夢が時折顔を覗かせるのだった
それは麗にとって辛い記憶
仲間を失い
仲間と共に戦う行動をとらなかった事
結果的にはそれが良い方向に進んでいたが心の底では考えてしまう
別の選択をしていれば仲間を失う事はなかったのではないか…と
だがいくらその事を悔やんでも仕方のない事だった
過去でも未来でもなく今
現在だけが生きていられるのだから
「おや…若いのに感心ですわね…」
「こんにちは,住職さん」
麗は墓地へと訪れる
そう…この墓地に眠っているのだ
あの時命を落としてしまった者達がこの場所に…
「……………」
麗にとっては初めて指導する後輩だった
松葉 美咲
花崎 甘奈
朝日 巴
三人とも即応部隊に配属されて僅かな期間だったが他の隊員よりも長い時間を共にした
麗にとっては麻白以外で最も身近な隊員だった
その仲間を失った傷は今でも深い
二度とあの惨劇を起こしてはならない
麗はその事を強く胸に刻んでいた
「よぉ,やっぱりここだったか」
「麻白先輩…」
「隊長がいつまでも先輩呼びとは格好つかねぇな」
麻白も酒瓶を片手に持ちながらこの墓地へと訪れていた
あの三人だけではない
橘 桜花もこの場所に眠っているからだ
「麻白先輩は橘教官とは長かったですね」
「あぁ…俺ぁ最初はな,あいつの事を心のどこかで見下してたんだ」
「そうだったんですね」
「京都支部から都内に移って来た頃は都内の連中が弱いと思っていた,だがあいつは違った,京都支部でも俺は強い方だったんだが完膚なきまでに叩き潰されたよ」
「へぇ…本当に橘教官って強かったんですね…」
「霊力を失ってもあの強さ…大厄災の時はそれ以上だったんだろう?上には上がいる…そして自分よがりの力がどれだけ弱くて脆いもんかも知った」
「…ある意味では麻白先輩を変えた人なんですね…橘教官は…」
「墓参りなんてガラでもねぇ事してるのも自分で理解してる,けどな…こうしてたまに話に来るんだ」
人の死は悲しむだけで消化してはならない
それ程までに死というのは重いものだ
だから皆こうしてこの場所に訪れるのだ
声が届いてる筈もない
けど話さずにはいられない
死んでしまった者と共に有ると自分自身に言い聞かせる為に
「そういやあいつらの急激な成長は大したもんだが少し急ぎ過ぎじゃねぇか?」
「…そうですか?」
「あぁ…聞いたぜ?訓練が厳し過ぎるってな,少しは肩の力を抜けよ」
「私は普通にやっていたつもりでしたが…」
「…前に比べるとお前は自分を追い込み過ぎてる,それが災いの種にならないようにするのも隊長の務めじゃねぇのか?」
「…そうですね」
何かが変わったかと言われれば麗は以前よりも他人を遠ざけている印象が感じられる
だが麗自身はその事には気付けない
そう…麗は八咫烏である事に加えて黒雨会を率いている長だ
八咫烏隊員ですらも知らなかった麗本来の性格が現れ始めていたのだ
何故?
仲間を失った傷
学園を離れた悲しみ
理由を出せばキリが無かった
それ故に今の麗は他の隊員から見ても人が変わった様だと言われている
しかしそれは本当に変わってしまっているのか?
人の本性というものはそう簡単に変わるものではない
例え性格が豹変したとしても麗は麗で何も変わってはいない
ただ知らない一面が見えているだけに過ぎない
…だが本当に変わってしまったとしたら?
怪異化
天泣を使っている以上はいつか訪れる未来
人間が怪異と姿を変える光景を麗はあの一件で見てしまっている
人ならざる者
あの様な異形の姿になる事を麗は心の底から恐れている
もしもその予兆がこうした変化として現れていたら…
「………ッ……」
麻白が肩に腕をかける
「安心しろよ,過ちは正す事が出来る,そこに人間と怪異の違いは存在しない…だろ?」
「えぇ…その通りですよ,私は大丈夫ですから」
例えその様な事になったとしても止めてくれる仲間がいる
それが麗にとっては心の支えだった
「一服どうですか?麻白先輩」
「あー…俺は辞めたんだ,健康に悪いからな」
「………………」
「……んだよ」
「いえ…まさか麻白先輩がタバコを吸わないなんて悪い物でも食べたのかと思って…」
「お前の作る飯よりはマシだ…別にちょっとした大した理由じゃねぇ…とある婆さんを見て…な」
「だからガム噛んでるんですね」
「ほっとけ…それよりも義手の具合はどうだ?慣れたか?」
「えぇ…自分の一部に馴染むのには時間はかかりましたけど…お揃いですね麻白先輩」
「こんなお揃い喜ぶもんでもねぇけどな」
偶然とはいえ今回の事件で二人は目と腕を失った
同じ境遇という事もあって以前よりも互いを意識する様になっていた
即応部隊の隊長となった麗は麻白を補佐へと指名した
元々二人を比べて隊長としての適正が高かったのが麗であっただけなのだが麗にとって麻白の存在は重要であった
即応部隊の獣
二人は他の隊員からはそう呼ばれていた
「…あぁそうだ,こいつを渡しに来たんだ」
「これは…?」
手渡されたのは一丁のリボルバー
それも随分と使い込まれている
「私は銃は扱えませんよ…知ってますよね?私には射撃のセンスが全くない事」
「…そいつは橘教官の形見だ」
「橘教官の…?」
「あぁ…あいにくと俺が使うのには不向きだからな,かといって他に渡す奴はお前くらいしかいなくてな」
「…分かりました,ありがとうございます,麻白先輩」
「あぁ」
橘 桜花の教えは守る為には泥水を啜ってでも守り抜けという理念を掲げたものだった
威勢やプライドで守れるものはない
必要があれば卑怯な手さえも使いこなせと
その橘が最後の手段として常に携帯していたのがこのリボルバーだった
「それと麗,いい加減に先輩呼びする付き合いでもないだろ?」
「えぇ…そうね,麻白」
「またあとでな,麗」
麻白と別れた麗が向かったのはこれまで以上に訪れる事が多くなった場所
麗の命を救い,今でも義手の整備を請け負っていた医者の元だった
「…誰か来てたのかしら?」
「あぁ…お前が来た所為で帰っちまったよ」
「へぇ…誰?」
「知り合いの怪異だ,クソガキだけどな」
「怪異相手にクソガキ…ね」
「あいつは変わらねぇからな」
麗自身も義手の整備はするが付けた張本人に定期的に調整して貰う必要があった
麗の右眼に埋め込まれている義眼には霊導石が使用されている
それは身体そのものに直接的な作用をしている為に義手の接続が他の者よりも特殊だった
「ったく…私は医者であって機械技師じゃねぇんだぞ…それに無茶な使い方ばっかしやがって…」
「これでも大切に使っているわよ,お医者さん」
「そうかよ…ならもっと大切にしろよな,こいつはお前程頑丈じゃねぇ…あん時は私だって久しぶりに驚いたしな」
「あの時?」
「怪異を掴んで腕ごとぶった斬った時だ」
「あの時はそうするしかなかったのよ」
「…お前それ自分の腕でも同じ事が出来たかよ」
「それは……」
「いいか,無くなったもんは二度と戻らねぇ,義手とは言えお前は腕を失ってる,だから無いものとして心の中で理解してるんだ」
「……気をつけるわよ」
「さっきクソガキが逃げてったけど…ってなーんだ,来てたんだ八咫烏の…」
「いい加減私の提案受けたらどう?」
「却下,悪いけど私は自由を愛しているんでねー」
「そう…いい提案だと思ったけど」
「何度言おうが私らは八咫烏になんか入らねぇ…いや,入れねぇ」
「…それだけの力と技術があれば…」
「そういう問題じゃねぇ」
「…分かったわよ」
医者と狐の怪異
二人は八咫烏から見ても異質な存在であり…強力な存在
部隊の再編成をする際に麗自らが声をかけたがあっさりと断られた
それどころか麗以外の八咫烏には存在を教えるな
それが義手の整備をする代わりの条件だった
「んで?あいつなんか言ってた?」
「あぁお前に伝言だ,やばい神父が血眼になってお前を探していただとよ」
「うげぇ…しつこいなぁ…あいつ…」
「そっちもそっちで大変そうね」
「まぁ過去の清算ってところだ」
「これ今回の代金,またお世話になるわね」
「…一つだけ聞きたい事がある」
「珍しい…私からの質問は全て答えない癖に私に聞きたい事があるって?」
「お前…角と翼の生えた怪異を見た事はないか?」
「いえ…ないわね」
「そうか」
角と翼の生えた怪異
そんな特徴を持つ怪異は麗は会った事がなく,八咫烏のデータベースにも該当するものはない
だがあの医者が聞くくらいなら存在しているのだろう
深くは聞かない
麗が八咫烏である様にあの二人にも別の目的があるのだろう
「連中でも見たの?」
「見ない事を願うね,この先も一生」
「今回の結末はどう見てる?」
「…不確定要素が多過ぎたな,その綻びはまだ小さいが…」
「…いずれ大きくなるかもしれない…ねぇ」
「その綻びを無くすのが私らの仕事だ」
「そうだねぇ…彼女達が彼女達の物語を進める様に」
「あとてめぇいい加減机から降りろ」
「机に足乗っけてるのにそれ言う?」
「本当にムカつく性格してんなてめぇ」
「お互い様でしょ?」
「あいつといいクソガキといい…全員まとめて消えちまえよ」
「その方がいいかもしれないけどね」
麗は今でも考える
怪異との共存
それは八咫烏が…神山アイリが目指すこの世界の理想
絵空事の様な夢の話だ
しかし夢は語られなければただの妄想でしかない
人は夢に向かう事でその意味を明確なものとする
進んでいる
歩き続けている
例えどれだけ遠いものであっても歩みを止めなければ辿り着く事には変わりない
誰かが言った
人は星に願いを込める
願いは世界を変えるものだと
今はまだ弱く…儚い願いだとしても
人が歩みを止めない限り
彼女達が進む限り
物語が紡がれる限り
決してその願いは…夢は色褪せる事はない
それが世界の理だ
この美しくも残酷で
愛し…愛されて
理不尽極まりない
永久の輝きを放っている
麗う世界よ
-fin-
八咫烏追放編 -Disappeared Rain- 狼谷 恋 @Kamiya_Len
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます