相反する世界

寒い


冬だから…というだけではなくまるで闇夜の風が麗には行くなと警告を発している様だった


速く…更に速く


麗は焦っていた


もし間に合わなかったらという不安が私を押し潰す程に


慣れない片手


しかも大型のバイクと来たものだ


扱うのには難がある


だが車よりも遥かに速い


すれ違う車すらいない


全てが静止している様な感じすらしてしまう


今…この世界で動いているのは彼女達だけ


八咫烏である彼女達だけが…世界を動いている


「………………」


焦りとは真逆の感情


何故か麗は冷静でもあった


余裕が出来たからか,麗は記憶を整理し直す


三日前


怪異と化した東雲との戦いで霊力を使い果たして死にかけた


偶然にもそれを助けてくれたのは医者と狐の怪異


何故あの時二人はあの場所へと来ていたのだろうか


偶然…と片付けてしまえばそれまでだ


八咫烏の事も…今回の騒動の事さえも知ってそうな口振りだった


という事はテロリストが潜伏しているという漠然とした報道を見てそれらの可能性に辿り着いていたと考えるのが妥当だ


では民間人が出歩かなくなったあの時間帯に偶然にもあの場所を通りすがるだろうか?


(何かを探していた…?)


では何を探していたのか


八咫烏である彼女達を?


いや…探す理由はない筈だ


麗は八咫烏となってからも度々あの場所を訪れて傷の治療を行っていた


しかし来る度にあの医者はあからさまに不機嫌そうな表情を浮かべていたからだ


理由は単純で麗が八咫烏であるから…だ


何故か八咫烏を嫌っている


というよりかは関わる事を拒んでいた


それでも医者として治す事には変わりなかった


その様な人物がわざわざ八咫烏を探して何かをしようとしていたとは考え難い


不可解な点は他にもあった


狐の怪異


以前出会った時もそうであったが飄々としていて自由気ままに振る舞っていたが潜在的な力を麗は感じていた


霊力量だけを見ても怪異の中では頭ひとつ抜けている


敵対するとなればカテゴリーは特A級だろう


片や医者の見せたあの力も極めて異質だった


あの様な力を持つ存在は八咫烏にはいない


ましてや精鋭と呼ばれている京都支部にさえも存在していない


その一方であれ程の力を持っているのにも関わらず…麗は霊力を感じ取れなかった


あの時…霊力を使い果たしていた


だから霊力の存在を気付けなかった…と考えれば合点がいく


しかし…もしもあの力が霊力とは無縁のものであったのなら?


もしくは…感じ取れない程の力であったとするのなら


あの力の正体は何なのだろうか


「………………」


テウメッサ


そしてライラプス


確か神話に登場する狐と猟犬の怪物だった筈だ


テウメッサの狐はなにものにも捕まらない運命を背負っており


ライラプスは狙った獲物を決して逃さない運命を背負っている


その二匹がその運命に従い永遠と追いかけっこが続き,それを見かねた神が二匹を石へと変えてしまった…という話だ


それらを考えるとあの時見せた力


明らかに避けられる状況ではなかった東雲の攻撃を躱し…いや,体がすり抜けていた


これが恐らくテウメッサの力


次に一撃で東雲を撃ち倒した力はライラプスの力と見て良いだろう


その様な怪異の存在は無かった筈だ


少なくとも知る中ではそんな怪異がいた事も,例えいたとしても倒す事は出来ないだろう


考えれば考えるほどに更にわからなくなっていく


あの二人は何者なのか


「……………」


命が助かった


死ななかった


それは良い事だ


しかしそれは結果論でしかない


何故生き残った,生き残れたのか


松葉が助けに来なければ死んでいた


あの二人が通りすがらなければ死んでいた


これらを偶然で片付けても良いものなのか?


麗は何かを見落としている気がしてならなかった


仮にあの時…


「………!!!」


ブレーキをかけバイクを止める


こんな夜中に


道路の真ん中に


人が立っていたからだ


「……誰?」


「………………」


バイクから降りて刀に手をかける


こんな深夜に…


ましてやこんな場所にいるなど普通ではない


追手かも知れなかったからだ


「こんばんは,世界の担い手さん」


「何…?」


月明かりが二人を照らす


まるでその女性は科学者の様に白衣を身に纏っていた


何故この様な場所に…というのは野暮だろう


何をしに来たのか…だ


「良い月ですねぇ,闇夜を掻き消す一筋の光…けれど普段私達が意識を向けるのは夜の間だけであって月は変わらずそこにある…それだというのに昼間に空を見上げで月を眺める人はまずいない…そうは思いませんか?」


「…私は急いでいるの,邪魔をするなら…ッ」


「ご安心を,少しばかり時間を遅らせました,貴女が本来辿り着く時間にも影響はないでしょう」


「何を言って…」


その女性は不思議だった


人間…である事には違いない


恐怖も…喜びも…何の感情も湧かない


敵意すらも感じない…敵意を向ける感情すらも無かった


虚無…というのが言葉として適しているだろう


まるで…この世にいない者を相手している様だった


「暫し私のお話しに付き合って貰えますかぁ?時間は取らせません,今この瞬間だけは世界は止まっていますので」


「……………」


世界が止まっている


その言葉が嘘であれ本当であれ


風は止まり


雲は止まり


時間が停止している事がまるで真実の様だった


「この世界は本当に面白い,誰が創造したのかは分かりませんが自らの創造よりも上をいく世界を見るというのは久しくなかった事ですので」


「世界の創造…?」


「不思議には思いませんか?宇宙は広く…私達が観測出来る星には知的生命はおらず…私達人間だけがこうして知性を持ち暮らしている…というのは建前で人間以外にも知性を持った存在がいる…それだと言うのにそれらはまるで私達人間には遠く及ばない…何故でしょうか?」


「…知的生命を言うのなら動物も同じ知性を持っている,けれど種としてここまで繁栄し,唯一と言っていい進化を辿る事が出来たのが人間だったからよ」


「では同じ進化の道を辿れば他の生物も私達の様に進化を遂げるでしょうか?いえ…可能性としては限りなく低い…私達は第一に人間という括りで存在した生命体だからこそ今の地位を得た…そうは思いませんか?」


「じゃあ人間とは何かしら?」


「…鋭いですねぇ,私が思うに世界は大いなるステージ…そして私達はそのステージで役者を演じているだけに過ぎない…物語の筋書きを知らされずにいる役者の様なもの…」


「…答えになっていないわよ」


「物語の幕が降りれば役者も舞台から降りる…かつてこの世界に繁栄と進化をもたらした存在が私達人間だけだと誰が決めたのでしょうか?」


「私達以前に人間は存在しない,していなかった,歴史を見ても分かることよ,それ以前の人間は今の人間とは違いもっと原始的な生活を送っていた事も遺跡や発掘された地層から証明されている」


「では更にその前の話が存在するとしたら?」


「その前の…?」


「世界は繰り返されている,私達以前の人間が何故私達よりも優れた技術を持っていたとは考えないのでしょうか?それならば歴史を完全に抹消する事だって出来るはず…いえ,何かの思惑があってその存在を知られる訳にはいかなかった…だからそれ以前の人類全てを文字通り抹消し…この世界は所謂二周目…とは考えませんでしたか?」


「…例えそれが事実であっても確認する事だって出来ない,妄想や絵空事よ」


「では妄想や絵空事の様な存在が何故この世界にはいるのでしょうか?知っていますよね?怪異の存在を」


「怪異は…私達人間とは違って…」


「そうでしょうか?人間の様に言葉を理解し,生きる為に何かを殺し糧として,組織や社会を作り暮らしている…そこに人間と怪異の違いはあるのでしょうか?」


「………………」


「…怪異はかつての人間だったのではないか…と私は考えています,同じ人間が異なる進化を遂げた…もしくはそれこそ私達が生まれる以前の人類だったのではないか?そうは考えられませんか?」


「…さっきも言った通りそれは仮説に過ぎない…確認する事の出来ない事よ」


「違いますね,認めたくないだけですよ,私達はこの世界という舞台で人間と怪異を演じている,それは舞台が用意された時から決まっていたルール,だから私達は何も疑わない,人を襲う怪異とそれを退治する人間の戦いの物語…そう…この世界は作り物なんですよ」


「世界が…作り物……」


「貴女も私も…この世界という大舞台を動かす役者として作られた存在に過ぎません,不思議に思った事はありませんか?何故貴女は怪異の存在を認識出来たのですか?」


「……やめて…」


「何故怪異と戦う力を持ったのですか?何故それらを隠しながらも学生として平和な物語を生きれたのですか?何故…死に直面した時に都合良く助けてくれる存在が現れたのですか?」


「やめてッ!!!!」


「…役者としての役割,貴女はこの世界では八咫烏という存在としての役割を与えられた,いくら否定しようともそれは世界の理であり…抗えないのもまた事実,感じていた筈です,何故自分の周りではこんな不思議な事ばかり起こるのか?万に一つの可能性がどうしてことごとく起こるのか…所詮は演出に過ぎません,何故起こるのかに理由はなく,ただ物語に華を添える演出,イベントに過ぎないからです」


「………………」


「怪異との遭遇,刀との出会い,仲間との出会い,力の覚醒…そしてあの学園で起こった流星の異変,それらは用意されていたシナリオであって止める手立てはなかった…そして何よりもそのシナリオは全てハッピーエンドで幕を閉じた…それはさぞかし観客から声援を貰えたでしょう?」


「じゃあ……私達は何なの…?」


「…だから言ってるじゃないですか,この世界は舞台でーーー」


「ふざけるなッ!!!私達人間がただの役者?そんなふざけた話があってたまるかッ!!!必死に生きて…仲間との全てが作り物だなんて私は認めないッ!!!!」


「……………」


「例え世界が作られた物だとしても私達は生きている…物語なんて言い方をしても私達は生きてるのよ!!!それが真実,物語の中の存在が生きていないなんて誰が決めた!!そんなふざけた事絶対に私は認めない!!!」


「……ふむ,面白い」


「はぁっ……はぁっ……」


「確かに物語の中で生きたキャラクターがいたっていい…いえ…寧ろその方が面白い…筋書き通りの物語は予想通りではあっても予想以上の物になる事はない…イレギュラー…役者でありながらもそれらを否定する相反する者達…だからこそ世界の担い手に相応しい」


「貴女…一体何者なの……?」


「理から外れた者…とだけ言っておきましょう,それにしてもふふふ…世界の担い手の一人は貴女でしたか…霧雨 麗さん」


「私の名前を…」


「もしも…もしもの話です,彼女が死に直面した時…本来であれば誰も助けに来なかった…命を落とし…物語はそこで終わってしまった……それもまた一つの終わり方…けれど観客はそれらを認めなかった…彼女に生きて欲しかった…そんな願いが叶い世界は再び繰り返した時…本来であれば起こらない事象が起きて彼女は生きる道へと進んでいった…と考えるのも面白くはありませんか?」


「くだらない…私は私,確かにここに生きている,疑う余地もない…それが事実であり真実よ」


「…ならば救ってあげてください,彼女は待っています,生きるか死ぬか…運命を変えられるのか…一度狂った物語は神ですらもその結末を予想出来ない…皮肉なものですね,科学者では答えに辿り着けず…人間が…いえ…何者でもなかった何者かだけが答えへと…真理へと辿り着けるなんて…」


「……………」


「いえ……そう……そうだったんですねぇ……相反する者…そうじゃない……相反していたのは……世界そのもの……だから私達は……ふふふふふ……あはははははっ!!」


「……狂った…?」


「狂わずにはいられませんよぉ…私達はとっくの昔に狂ってしまいました…けど私達はその狂気から抜け出す事が出来た……しかし世界そのものが狂ってしまえば……うふふふふふふ」


「どういう意味…?」


「マイナスとマイナスを掛け合わせるとプラスになる…あはははは!!やはり世界は狂っている…そして狂った世界では狂ってしまった方が正常なんですよぉ…だから……あはははは!!!!」


「正気じゃない……ッ!!」


「正気じゃないのはどちらでしょうか?あぁ…どうやら世界を止めていられるのも限界の様です,次はいつ会うんでしょうねぇ?いえ…会えるんですかねぇ?縁があればまた会えるでしょうか?あは…あはははは!!」


「ツッ!!!」


雲が月光を遮る


風が…動き出したのだ


気付けばその場には誰もいなかった


「消えた……」


立ち去った訳ではなかった


まるでこの世界から消えてしまったかの様に


麗の目の前にいた女性はいなくなってしまった


一体なんだったのか


いや…本当にその場にいたのかさえもあやふやだ


まるで存在しない相手と話していた様な…


普通の人間であれば幽霊と話した気分…と言えば分かるだろう


しかし彼女達はその幽霊と呼ばれる存在が見えるし話せる


適当な言葉が見当たらない


麗は誰と話していたのか…それすらも認識が朧げだった


だが…何を話していたのかは理解していた


この世界が舞台であり


この世界に生きている人間は物語を演じる役者


世界に起こる様々な事象はシナリオであり…重要な経験はシナリオを彩る演出でしかない


…例えそれが真実だとしてもこの世界に生きている


生きているのなら全てが物事通りにいくとは限らない


生きているという事は異なる選択をする事だって出来る


それが麗の考えであった


それすらもシナリオであるとしたら…


いや…そんな事を麗は認めたくなかった


「…行かなきゃ…」


世界は動いている


今ここで立ち止まる訳にはいかなかった


再びバイクを走らせて富士鉱山へと向かう


あの女性の言っていた世界は止まっているという言葉は本当だったのか…


長く話していた感じはするのに時間はまったく経過していなかった


いや…本当に話していたのかも怪しい


麗が見ていた幻だったのか…?


麗自身はあの時気付いていなかった


あの女性が右眼でしか見えていなかった事に


怪異だったのか…?


だが怪異の様な独特の雰囲気を一切…いや,そもそも雰囲気も今まで感じた事がない


感じるものがなかった


麗は今までその様な存在に出会った事がなかった


かつてあの学園で出会ったキリサメも霊体ではあったが人間に近い雰囲気を感じさせていた


まるで何も感じない存在


そんな存在がこの世界にはいる


それはまるで世界そのものに拒まれた者


狂気に満ちた世界で正常が故に狂ってしまった


だが狂気の世界で狂っている方が正常


それは本当に正常と呼べるのだろうか


「……くそっ………」


あの言葉が麗を惑わせる


世界は再び繰り返す


まるで過去の自分が間違った選択を行ったと言われている様なものだった


それならば今やろうとしている事は本当に正しいのか?


このまま富士鉱山へと向かいアイリと合流する事が間違いであるのなら…?


「………………」


間違った選択で後悔する様な事が起こってしまったら


恐怖が麗を押し潰す


あれ以来…麗は八咫烏である彼女達とは会っていない


ましてや敵になってまでも自分の信じる行動を行ってきた


だが…それが他の者から見たらどう映っていたのか


どう思われても構わないと思っていた


例え一人であろうとも…


しかし今はそれが重くのしかかる


孤独は恐怖を呼び


恐怖は死を誘発する


死は…全てを無に返す


そうはならなくとも心は肉体よりも脆い


いくら強靭な人物であっても…


心はガラスだ


いくら硬くても…硬い程割れやすい


一度割れれば戻るのには時間が必要だ


ヒビも入ればすぐに崩壊へと繋がる


麗はそんな状態だった


『どうするかじゃない,どうしたいか,違うか?』


「………!!」


思い出したのは朝比奈 麻白の言葉だった


自分の選択が正しいかなど誰にも分からない


間違いであったとしても人は過ちを正す事が出来る


そして最も大切なのはその選択を自分自身で決めるという事だ


誰かに言われた訳でもなく


どうすれば良いのかでもない


どうしたいか


(私は…仲間を……ッ!)


富士鉱山


何故八咫烏がここへと集ったのか


その理由は定かではない


だがこの場所にいるのは確かな様だった


(霊力の奔流がここまで…)


最深部は遠く先だと言うのに足がすくむ程の霊力がここから発せられている


間違いない


この悪夢の元はここにいる


あちこちの霊力も歪みきっていて怪異が多い


「くっ………」


慣れない片目


慣れない片手


普段はそこまで苦戦しない怪異であっても今の麗にとっては厳しい相手だった


カテゴリーCのみならずカテゴリーBの姿も確認出来る


「分かってるわね天泣…今ここで倒れる訳にはいかない…力を貸せ…ッ!!」


『………………』


霊力を失っている麗には天泣の声は聞こえない


だが長い間共に戦ってきた相棒は声が通じずとも力を貸していた


「飛雨ッ!!!!」


その事は麗自身が一番分かっていた


今までは必要最低限の霊力の補助しかしていなかった天泣


だが今はその霊力そのものが天泣のものだった


以前とは比較にならない程の威力が斬撃に纏っていた


「………!!!!」


怪異を倒しながら洞窟の入り口へと向かう最中


麗は覚えのある霊力を感じた


それもまた以前とは比較にならない程大きい


「この霊力は…!!」


銃声が轟く


先程よりも近い


次第にその霊力の元へと近付いていった


だがそこは富士鉱山の洞窟ではない


一台の車が停まっている


年代物のスポーツカー


そして霊力はその先から発せられていた


「この装備は…」


あちこちにSATの隊員が倒れている


息はある,どうやら死んではいないらしい


だがここにSATの部隊が来ているという事は八咫烏である彼女達を追って来ていたのだろう


ではそのSATの部隊を倒したのは誰なのか


そこにいたのはたった一人の八咫烏


そう…麗と最も長い時間を共にした仲間だった


「くそっ!いい加減こっちも弾が切れる…」


「麻白先輩ッ!!!」


「麗…!?っと……こいつは……」


「煙草の借りを返しに来ましたよ」


「…随分と遅かったじゃねぇか」


刀を受け取った麻白が放つ一閃


その斬撃は以前よりも力が増していた


麗だけではない


他の者もまた今回の騒動で変わっていたのだ


良くも悪くも今回の騒動で多くの隊員はバラバラになってしまった


それ故に一人で戦っていた者もいる


麻白もそうだった


以前麗と戦闘になった際に無くなっていた右腕は義手になっており不安定だった霊力も安定し確固たるものとなっている


「しかし麻白先輩の居場所は分かりやすいですね,見ましたよ道中のあの跡を」


「あぁ…後で始末書書くの手伝ってくれ」


「アイリ隊長は既に鉱山の中へ?」


「追っ手を引き離したはいいがまだ数がいてな」


「…それでアイリ隊長達は元凶の元に向かって麻白先輩がここにいるって事は…刀も無しにここに残って一人で食い止めていたって事ですか?」


「こいつら如きにやられる訳にもいかねぇからな」


「…つまり格好付けて危なかったところを私が助けたんですね」


「麗,寡黙な方が俺は好きだぜ?」


「…根に持ってるじゃないですか…」


こうして話してはいるものの状況は何も解決してはいない


ここ一帯の霊力は歪んだままだ


都内よりも更に酷く…それらに影響されて出現する怪異の数も桁違いだった


更に畳み掛ける様にカテゴリーB級の怪異すらも姿を現す


本来であれば部隊で制圧するのが得策だが…


「やれるな?麗」


「その言葉,そっくりそのままお返ししますよ」


共に背中を預け押し寄せる怪異を殲滅する


その姿はまるで獣だった


霊力が歪められて影響を受けた怪異


それは言うならば不本意に悪影響を与えられてしまった被害者だ


だがそれを気にしてはいられない


力を振るうのに迷いは不要だ


だから二人は戦闘中は獣に身を堕とす


何も考えない様に


全ての罪を背負う為に


「…見慣れない怪異もいますね」


「あぁ…あいつは硬ぇ,こういう時あいつがいてくれたらな」


「今は私達で何とかしなきゃいけません,突破口を探します」


対峙した事のない怪異


その特性も分からないが行動を見るに知能は皆無


だがその装甲が厄介だ


銃弾や刃をも弾く


となるとどこかに弱点と思わしき部分があるはずだ


「ツッ………生半可な攻撃じゃ怯みもしない…」


「病み上がりなら俺がやろうか?」


「お互い様ですよ麻白先輩」


「悪いが俺はかなり消耗してる,大物は任せるぞ」


「本当に厄介です…ねッ!!」


放った斬撃は当たりはするがダメージになってる様には思えなかった


更にその装甲は守る為ではなく攻める為のものでもあった


攻撃は直線的だが薙ぎ倒される木を見ればその威力がどれだけの物かがよく分かる


「篠突雨…ッ!!なっ!?」


渾身の一撃すらもその装甲に弾かれてしまう


片腕


ましてや力を込めるのに両腕を必要とする突きの技


それでも尚妖力を込めた一点集中の技ならば装甲を貫通出来るのではないかと思われだが予想以上の硬さ


「しまっ!?」


巨大な腕部をかろうじて刀で受ける


だが到底受け流せるものではなく麗の体は大きく吹き飛ばされバイクへと激突する


「つぅ………」


鋭い痛みが襲う


今の一撃で骨にもヒビが入っているだろう


だが麗は身体を起こし始める


すぐさま天泣が負傷した身体を治癒していた


出し惜しむ時ではない


普段ならば最低限の力でしか戦わない天泣が今この時だけは過保護なまでに麗を守っていた


「……借りるわよ,お医者さん」


麗は銃を手に取る


それはかつて自分が使っていたものではなく,あの医者が使っていた大口径の銃


サンダー50BMG


富士鉱山へと向かう事を知ってあの医者がしれっとバイクに置いてきたのだろう


だが今はそれが功を奏した


「この距離なら外さない」


頭部


それも零距離


外す心配は皆無だった


引き金を引く


いや…引く前に頭部は吹き飛んだ


《こいつを吹き飛ばせばいいんスね!》


「…ッ!?」


「…珍しいじゃねぇか,銃を使うなんてな」


「必要だったから使ったまでですよ」


違和感


確かに引き金を引く前に頭部が爆ぜた


いや…頭部が爆ぜてから弾丸が射出された様にも見えた


使った麗自身がその違和感に気が付いていた


(今の…もしかしてテウメッサ…?)


それはあの時医者が見せた力そのものだった


それだけではない


確かに声が聞こえた


若い女性の声


それも随分と砕けた口調だった


「……………」


銃弾は一発


次からは銃は使えない


今は答えを出すよりもこの怪異の軍勢をどうにかしなければならない


「このままじゃ詰みですよ麻白先輩」


「なんだ?弱音を吐くのか?」


「弱音じゃなく現実的に言ってるんですよ,歪んだ霊力を少しでも元に戻さなければ終わりませんよ…このまま…」


霊力が歪んでいる限りこの怪異の発生は止まらない


今の怪異ですらもあの銃のおかげで倒せた様なものだ


次現れたら倒せるかも分からない


「…知ってるとすれば連中か…」


「…果たして耳を貸すかどうか…」


SATの部隊


八咫烏の敵


だがそれは今の話だ


本来SATは敵対関係では無い


上からの命令に従っているだけだ


「くそっ…!こいつら…!!」


「隊長!?助けてください!!助け」


「う…うわぁぁぁぁぁぁぁッッ!!!!!」


他の場所からも銃声が聞こえてくる


SATの部隊までもがここへ集まってきた怪異に襲われている


「お前…ッ!!」


襲われているSAT隊員の前へと割り込む麗


刃を向ける先は怪異だった


「お前ら八咫烏が…」


「目を覚ませッ!!誰かに操られて命すらも落とす気か!?自分の目で現実を見る事すら出来ないのか!!」


「……!!!」


「命令に従ってここで死にたいなら後ろから撃てばいい,けれどこんな状況にもなって貴方達を捨て駒程度にしか思っていない奴に…無駄に命を捨てたくなければすべき事をしろッ!!!」


八咫烏とSAT


今でこそ敵対しているとはいえ死にたがる者はいない


命令に従ってもこのままでは命を落とす事は誰もが分かりきっていた


「…こちらα…呪符を停止せよ」


『しかしそれでは…』


「命令ではない…生きる為に成すべき事をせよ」


『……了解』


真実は曖昧だ


だからこそ自分の目で判断する必要がある


命令だけが守るべきものではない


麗はその事を誰よりも理解していた


「敵の敵は味方…か」


「このまま一気に片付けますよ…麻白先輩」


「……こちらも呪符を停止した…だが…」


「…あとは私達で片をつけます,皆さんは撤退してください」


「………すまない」


完全ではないにしろ歪んだ霊力は戻りつつある


あとはこのまま耐えればいい


「流石に…厳しいですね」


「あいつらが戻ってくるまでの辛抱だ」


終わりの見えない戦いにいくら実力者である麗と麻白であっても疲労が見え始めていた


そんな矢先にまた新たな怪異がやって来る


「嘘だろ……」


「まさか…カテゴリーAまで……」


追い討ちをかける様に更に強力な怪異までもが姿を現した


カテゴリーA


手練の隊員ですらも命を落とす危険度を誇る怪異


ましてや二人だけで倒すなど絶望的だった


「どうする…?」


「流石にあの怪異相手に二人だけでは…」


怪異がこちらを見据える


その瞳は深く…暗く…


底の見えない闇そのものだ


恐怖が心を支配しそうなその時だった


大きな火柱がその間を駆け巡る


何もない空間から…


「この霊力…」


「ちっ…厄介な奴も来たな…」


炎を扱い…姿を消せる存在


そんな特徴を持つ者は今の八咫烏にはいない


だがかつての八咫烏には存在していた


「アレン・ルゥ……ッ!!」


「随分と敵が増えたな八咫烏…いや…世界の担い手共」


「邪魔しに来やがったか…裏切り者」


元八咫烏隊員


そして今は八咫烏の敵


カテゴリー特A級怪異アレン・ルゥ


歪んだ霊力に目を付けてここへとやって来る怪異は多い


それはカテゴリーを問わず誰だって来る恐れもあった


「暫く見ない間にお揃いの眼帯か?仲良いんだな」


「何をしに来た…裏切り者ッ!!」


カテゴリーAが二体


それがどれだけ絶望的な状況なのかは想像に容易い


だが…


「あいにくと今日はお前らに用はない」


アレンは八咫烏である二人には目もくれずにもう一体の怪異へと向かう


「なんだ…?」


「……何が狙いなの…?」


人妖を超えた重い一撃は怪異の体を大きく吹き飛ばした


「俺はあいつに用がある,助けた訳じゃない」


アレンの狙いはもう一体の怪異


その真意は不明だが今は敵ではないらしい


「裏切り者の言葉を信じろってのか?」


「お前らから先に消してもいいんだぞ?朝比奈麻白」


「んだと…」


「…今は話してる時間はないです…あいつの相手は任せましょう麻白先輩」


「ちっ…」


「……………」


アレンもまた以前とは比べ物にならない程の霊力を有していた


だが不自然な点が一つだけあった


先程の一撃


これまでには見せていなかった力なのか雷を纏っていた様に見えた


「アレン・ライアー……」


「何…?」


「え……私何を……」


「その名前を…そうか……あの狂人が……役者は揃ったという事か……」


そのままアレンは先程の怪異へと走り去っていった


「麗,まだ気は抜けねぇぞ」


「…分かっていますよ」


強力な怪異は居なくなったとはいえ戦いは…この悪夢はまだ終わってはいない


霊力が安定しきるまではまだ時間がかかる


…いや


あれだけでは不十分だった


富士鉱山内部から発せられている呪力が無くならない限りは状況は変わらない


そしてそれをなんとか出来るのは麗や麻白ではない


仲間達だ


その仲間を信じて二人は自分に出来る事をしている


「いい加減に諦めろよなぁッ!!!」


次第に霊力が弱まっていく


あれだけの数をたった二人だけで食い止めている


だがそれも時間の問題だった


「…ッ!避けて下さい!!麻白先輩ッ!!!」


上空から怪異をも巻き込んだ斬撃


それを行ったのは一体の人型をした怪異…


いや…その姿はまるで…


「なんだありゃぁ…」


「あれは………」


「似てるわね…流石に」


二人は目を疑った


何故ならその姿は霧雨 麗と瓜二つの存在だったからだ


「偽物か…?」


「偽物か本物か…それを私は確かめに来たんですよ,麻白先輩」


見た目だけではなかった


手に持つ刀は天泣そのもの


口調も霊紋も紛れもなく霧雨 麗と同一の存在


だがその目つきはまるで別人を思わせるものだった


深く…暗く…黒く…


闇に染まりきった瞳


「ツッ!!」


「…片腕でも受けれた…まぁ…私ならやれない事もないですけどね」


斬りかかる"ソレ"を麗は咄嗟に刀で防ぐ


「麗ッ!!」


「麻白先輩…こいつの相手は私がします…ですから…ッ!」


「まだ他に怪異はいる,私一人に二人で相手してたら時間の無駄よ?」


「ちっ…任せるぞ…麗…ッ」


再び距離を離し対峙する


「やはりその刀…本物ね」


「えぇ…私は正真正銘本物の霧雨 麗…違う点があるとすれば…悪夢かしらね」


「悪夢…?」


「世界の担い手…今の貴女はそれを否定する…けれどそれは変えられようのない理…真実の断片…私は受け入れてしまった…だからこそ霧雨 麗としてここにいる」


「…………」


「私の目的は一つ…夢を終わらせる,そして幕引きには今が時期的にもちょうどいい…邪魔をするのなら私が相手でも斬り捨てるわよ」


「…いいえ,この悪夢に終止符を打つのは私じゃない,そして私はその為ならこの命だって惜しまない」


同じ姿


同じ武器


同じ技


本物と言うだけの実力を誇っていた


まるでそれが本当であると言わんばかりに


「天泣の力の危険性は分かりきってる…だからこうして斬術を駆使した技を使う…けれどそれすらもどうでも良くなったのならやる事は一つ」


「ツッ!!!」


天泣の力の本質は所有者に力を貸す事ではない


斬った対象の霊力を奪う事だ


その為不用意に力を与え天泣自身の暴走を恐れた麗は今の戦い方や技を編み出した


だが逆にそれらを活かすのであれば天泣本来の使い方は突きだ


より長く対象に接している程天泣は力を奪う


刺してしまえば良いからだ


「私もかつては貴女と同じ夢を見た…けれどいくら夢を追いかけても叶わない夢だってある…あの流星だってそうだった…叶わない夢は星の数ほどある…自分の夢がそうではないと思い込んでいただけ」


「…怪異との共存の事を言ってるのかしら?そんな試しもしないで…」


「試したわよ…そして知ったわ…怪異と人間は共存出来ない存在だってね…夢を追いかけ…夢の果てを探して…夢を見続ける事が悪夢へと変わった…だから終わらせるのよ霧雨 麗」


「訳の分からない事を…ッ!!」


実力は同じ筈


それなのに麗は押されていた


同じ力であるのに押されている理由はただ一つだった


「揺らいでるわね,迷っているんでしょう?」


「私に迷いなんて…」


「嘘が下手ね,夢半ばで倒れるのが怖いんでしょう?それならいっその事夢の果てを見る前に全てを終わらせたい…そう思ってるんでしょう?」


「ツッ……」


「今の貴女ならその選択だって出来る,あの時言われたでしょ?力を捨ててただの一般人として生きる事だって出来る…そうすれば少なくても幸せに一生を終えることが出来る」


「私は八咫烏よ…八咫烏である事を選んだのよッ!!」


「私だってそうだった,でも待っているのは悪夢しかない…自分自身の言葉を信じるつもりはないの?」


「貴女が私である証拠なんて何もない…いえ…貴女が私なんて認めないッ!」


「ならば殺して分からせるまでよ」


麗は目の前にいる自分自身を考える


何者なのか


刀を交えて出した答えは紛れもなく自分自身である事


何故ここにいるのか


あの言葉を信じるのであれば全てを終わらせるつもりなのだろう


麗自身が分かっている


本気なのだと


それならば自分自身がその様な決断をしたのか


「……!!!」


あり得たかも知れない可能性


違う結末


同じ存在でありながらここまで違うという事


麗は理解した


「そうか…これは私が生んでしまった悪夢…だから…」


「例え悪夢でも構わない…私は自分のすべき事をするだけ」


「そう…貴女が見たのは一つの可能性…その夢の果て…それでも尚残り続けてしまったのなら…」


「終わらない夢を見続けるくらいなら…」


「いえ…違うわ……私達に終わりはない…夢の果てに…また夢を見る」


「終わらせるのよ…全てに終止符を打って」


「それなら私は始めるわ」


「彷徨い続けた物語の終わりを」


「遥かに続く物語へ」


「夢の最果てへ」

「果てより未来へ」


互いの刃がぶつかり合う


二人の霧雨 麗の想いを乗せ


「「はぁぁぁぁぁぁァッ!!!!」」


そして変化を遂げたのは麗の…


いや…


八咫烏である麗の天泣だった


「これは…?ツッ!!!」


刀の形状から大鎌へとその形を変える


更に強く


更に重く


それは天泣自身の新たな力


始まりの一撃だった


「そう……物語はまだ紡がれるのね………」


「さようなら…もう一人の霧雨 麗」


時を同じくしてもう一方の戦いにも終止符がついたようだ


鉱山内から溢れ出していた禍々しい霊力も鎮まり


全てがまた元に戻っていく


それは悪夢の終わりを告げていた


「…終わったな」


「…お疲れ様です,麻白先輩」


「あぁ…あいつは……」


「…悪い夢ですよ…きっとそれが怪異として形を成してしまった…この事は…」


「…あぁ,黙ってるさ」


あの霧雨 麗が怪異であったのか


それは誰にも分からない


だが今はこの悪夢から覚めた事が何よりも重要だ


今回の騒動の幕引き


程なくして鉱山内から脱出して来た仲間達との再会を喜んだ


一連の事件は解決し,再び彼女達は日常へと戻っていく


そしてまた始まるのだ


彼女達の未来そのものが…


そして…


「…動き始めましたかぁ…さて……私も……」


その者は騒ぎの中誰にも悟られず闇に消えていく


夢の果てにまた夢を見る


果てより未来へ


その未来は誰にも予測する事は出来ない


世界が終わるその刻まで

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