烏を追え
神祇省近衛警察署/留置所
八咫烏本部は強襲部隊によって制圧された
怪異事件の鎮圧を行っていた部隊はその場にはいなかったが本部から情報を送るオペレーター,待機していた隊員達は違った
抵抗する間も無く身柄を取り押さえられて,訳も分からずここへと収監されていた
「…………」
捕えられているのは十数人
その中には…
「麗さん…」
「……橘教官」
緊急時の為に待機していた隊員
橘 桜華
かつて起こった大厄災を乗り越えた古株の隊員だった
「…麗さんもここにいるという事は捕まったのね…大丈夫,大人しくしていれば何もされないから…」
「…………」
「麗さん…?」
「この人は八咫烏の戦闘顧問,大厄災の影響で腕を失ってるとはいえ貴方達を消し炭にするくらい訳もない,拘束を強化した方がいいわ」
麗の指示で警官達は橘の拘束を強める
手足の拘束はもちろんのこと
術すらも扱えない様に呪力で封じ込められた
「橘教官,貴女の事ですから時を見計らって力を使い部下達を逃すつもりだったんでしょう,させませんよ,そんな真似」
「裏切ったのね…ははは…笑うしかないわ…」
「…………………………」
「え………?」
「監視を強めてください,大人しくしているとは思いますけど…念の為です」
「…………」
「他の者も一緒だ,人間だと思うな,私を含めてこいつらは貴方達みたいに銃にだけ頼ってる奴は素手でも制圧出来る,何一つ不穏な動きをさせるな」
「霧雨 麗,一つだけ言わせてくれる?」
「…何か,橘教官」
「世の中に絶対は無い,例えば倒したと思ってた敵が生きていて形勢逆転なんて事もある…死に物狂いってのは恐ろしいわよ,どんな奴にも緩む瞬間がある,そこを突かれればどんな奴だって一気に崩れる,覚えておきなさい」
「…覚えておきますよ」
捕われてる隊員全員には一切動けない様に拘束を強化し更に結界で封じ込める
万全の対策だ
仮にここへ助けに来ようとする奴がいたとしても結界は強固なもの
時間稼ぎにもなる
(……人数が多過ぎる)
捕えられている中でも圧倒的に非戦闘員の数が多かった
任務に出ていた隊員の方が戦力としては大きい
「おや麗さん,その様な場所で一体何を?」
「別にただ誰を捕まえたのかを見てただけよ,非戦闘員が大多数,けど少し甘く見過ぎじゃないかしら?特に橘 桜花,彼女は大厄災で腕を失ったとはいえ戦闘顧問を任される程の実力者,あの程度の拘束じゃ殺されてたわよ」
「ふむふむそうですか,それなら拘束を強める必要がありそうですね」
「もういらないわ,済ませておいたから」
「ふふふ,流石ですね,仲間として心強い」
「馴れ合わないで,力は借すけど仲間じゃないわ」
「寂しい事を言いますね,だが仲間でないにしろ私の部下なのは変わらない,命令は聞いて貰いますよ」
「…構わないわ,指揮系統は貴方,それには従うわ」
依然として警察は八咫烏である彼女達の捜索を続けていた
部隊による捜索や街に設置されているあらゆる監視カメラ
それらを用いても彼女達の情報は断片的だった
「…私達が遭遇したあの部隊は?」
「彼等ですか?彼等こそ八咫烏に代わる我々の新しい力ですよ,特異災害対策課…とでも呼びましょうか」
「随分と準備されてたみたいね,まるで八咫烏が消されるのを分かってたみたいに」
「既に真実こそが正義ですので,それに勘違いしないでいただきたいですねぇ,我々はあくまでも備えていただけですよ,そして偶然にも世代交代の時期だった…という事です」
「そっ……けど私が見た部隊とは随分と違う装備ね」
「違う装備…?あぁ…それは運が良い…いや悪かったかも知れませんね,彼等はまた別の部隊ですので」
「別の部隊?」
「そうです,特務課…とだけ言っておきましょう」
「…けれどよくここまでの隊員を揃えたものね,特務課とやらがどの程度の規模かは知らないけれど」
「お恥ずかしながら特務課は少数精鋭部隊ですので,いかんせん装備の準備には時間がかかるのですよ」
「装備?それなら専用の弾薬とかあった気がするけれど?」
「…武器ではないのですよ,彼等に必要なのは目です,彼等には怪異の姿は見えません」
「見えない…?霊力がないの?」
「その通りです,しかし彼等の装備しているゴーグルが怪異の視認を可能としているのですよ,無論製造には純度の高い霊導石が必要となりますが」
「霊導石……?」
「おや知りませんでしたか,つまるところ量産には至っていません,それ故に少数精鋭…今後の課題とも呼べるべきものですね」
「…随分と話してくれるのね」
「私は貴女を仲間だと思っていますから,わざわざ情報を隠す必要もないでしょう?」
「そう言って貰えるとありがたいわね」
怪異と戦える存在は八咫烏や民間の対魔師
しかし八咫烏はテロリストとされ,自由に動く事もままならない
言い方を変えれば既に排除された組織
民間の対魔師だけでは手に余るのには麗も予想はついていた
だが政府は準備していたのだ
ずっと前から…八咫烏に代わる力を持った存在を
八咫烏をいつ消しても問題がないように
怪異の力を持たない,人間の力だけで怪異と戦える様に
現在の法律では彼女達…八咫烏の様な半妖となった者を裁く事が難しい
異端な存在だ
(…異端な存在…その最も核とも呼べる八咫烏,政府は消すつもりだった…という訳ね)
新しく半妖の存在を定義するよりも
消してしまった方が容易い
その結果が今回の事なのだろうと推測出来る
恐らくは麗が人間ではなく半妖だったら投降したとしても命は無かっただろう
「…課長は?」
「津守 義孝の事ですか?」
「えぇ,捕えたの?」
「いえ,彼には逃げられました,神山アイリ含め優先的に確保には動いていますが足取りが不明でしてね」
「…………」
「どこか行きそうな場所等の情報があれば良いのですが…ね」
「悪いけど私は知らないわよ,けど八咫烏は彼の作った組織,行きそうな場所は知らないけど行き着く先は予想出来る」
「彼女達の元…ですか」
「情報をちょうだい,貴方達がどうやって追跡していたのかを知らないとやれる事がないわ」
主な情報源は監視カメラによる監視
現在はそれらの情報を頼りに八咫烏の隊員達を追跡している
だが捕らえるまでには至ってはいない
一筋縄ではいかないことは麗もよく知っている
「…恐らく何名かは既に合流して動いてる筈,直近で発生した怪異事件とその地域の情報は?」
「無論それはこちらでも確認済みですが」
「言ったでしょ?正直な事を言わせて貰えれば貴方の部隊がどれだけの力を持っていても怪異事件の歴は短い,私と違ってね」
「ふむ…まぁいいでしょう」
怪異事件の数はあの時よりは多くはないが少なくはない
意図的に霊力が歪められた影響で他の場所も連鎖的に不安定になっているのだろう
怪異事件の発生場所は都内各地に分散しているがそれら全てを解決するのには必然的に部隊,組織としての動きが必要不可欠
大きく分けて4箇所の地域ごとに分ける
この4箇所の範囲内
その中でも発生数の多い場所の情報を照らし合わせる
「…………」
「何か分かりますか?」
「もしかして…触穢区を利用してるの……?」
「あの様な場所を?それはいくらなんでも…」
「可能性としては十分あり得る話,特に人間ではない彼女達なら…ね」
触穢区
かつて大厄災の際に出現した超級の怪異
八十禍津日神
その際に放出された不浄は通常のものよりも濃度が非常に高い
人間のみならず大地をも侵し危険な場所となっている
それが触穢区だ
「しかしそうなると非常に厄介ですね,あの場所へ向かうには我々の戦力の大部分を集結させる必要が出てきます」
「…正気?はっきり言うけれどあの場所にいるのならこっちから手出しは出来ないわよ」
「おや,それは何故です?」
「彼女達がいる場所が触穢区だとしてもそれは表層の話,深層はまずあり得ない」
「深層にはより強力な怪異が存在している…と聞いていますが…」
「そう,深層は八咫烏さえも知り得ない程強力な怪異が存在している,苦肉の策として八咫烏は表層にいる怪異に自治権を与えて安定を図った,とは言えそれも不安定な事には変わりない」
「では纏めて掃討してしまえばいい話では?」
「これだから何も知らない上の人間は無能だってよく言われるのよ,はっきり言うわ,仮に深層の怪異が結託して触穢区以外にも現れる様になったら八咫烏でも止められない,日本は終わりよ」
「………それはそれは…貴重なお話をありがとうございました」
何故わざわざ表層の怪異に自治権を与えたのか
答えは単純で今の八咫烏でさえ掃討する準備が整っていないからである
唯一の救いは怪異側がそれを受け入れて自分達の縄張りとする事で余計な争いが起こっていないからである
しかしその中でも権力争い自体はあるらしくいつこちら側へと牙を剥くかは分からない
そんな場所へ行き戦いなんかしようものなら深層にいる怪異を刺激して最悪の状況に陥るだろう
「表層にいる怪異は中立,もしくは友好的な怪異が多い,匿って貰うにはうってつけの場所…けどずっとそこへ隠れられる訳じゃない,貴方も言った通り彼女達の存在そのものが深層にいる怪異を刺激する,潜伏していたとしても短期間…いずれ私達の前に出てくる」
「では我々の前に姿を現すのを待つとしましょう」
「問題なのは触穢区に潜伏している隊員の数とそれ以外の隊員,恐らく潜伏している隊員を束ねているのは神山アイリ…あの状況だから全員を招集して潜伏したとは考え難い」
「確かに神山アイリの情報は全く出ていない,他に目撃情報がないのは…」
「目撃情報なんかはあてにならない,叩き潰すなら個を狙う,今でもまだ合流出来ていない孤立した隊員がいる筈」
触穢区以外の他3つの地域
いずれも怪異事件は発生しているが大事にならずに解決されている
民間の対魔師だけによるものではない筈だ
必ず八咫烏が関与している
「………カテゴリーBの出現情報は?」
「……それだったらこの地区で二件発生していますが…それが何か?」
「……カテゴリーBの怪異は基本的に部隊での鎮圧にあたるのが原則,けれど今の状況では部隊で動いている可能性は限りなく低い…となれば他の可能性は私の様に単独での戦闘に長けた隊員の存在」
「ふむ…確かにその可能性も無くはない,それにそんな隊員が合流するとなると面倒な事になりかねませんね」
「でしょ?それなら今の段階で叩き潰す,相手は私がする」
「…貴女なら倒せる自信があると?」
「私が八咫烏を裏切った事はまだ誰も知らない,不意打ちを使えるのは今だけ,それに何人かで集まっている隊員を相手にしたらすぐに私が裏切った事が知れ渡るでしょうね,そうなったら捜索はより一層困難になる」
「つまり?」
「私一人でやる…とは言わない,けど少人数でやるわ,二人程借りるわよ」
「えぇ構いませんよ」
「東雲班長,本日はどこを?」
「指示は後で出します,下がれ」
「…はっ!」
「…班長?」
「おや…私が統括してるのはあくまでも部隊とこの場所だけです,言ったでしょう?私も駒の様な人間だと,それに貴女が仕事をするのに私以上の人間の事を知る必要も会う必要もありませんよ,不都合な事でもありますか?」
「いえ,私は私の仕事をするだけ,ただ貴方がトップだと思ってただけよ」
「…そうですか」
組織というものは必ず上下関係が存在する
下の者はより上の者から命令を与えられ実行する
上の人間は更に上の立場から…
この東雲という男は謂わば中間管理職という立場だ
しかし上の立場にいる事は変わらない
麗は与えられた命令には逆らえない
八咫烏の隊員を捕縛する事
そして…抵抗するのであれば生死は問わない…と
(カテゴリーBを単独で撃破出来る存在…恐らくは…)
麗はその場所に潜伏しているであろう隊員の正体があらかた予測出来ていた
自分と同じく刀を使う者
朝比奈 麻白だ
幾度となく共に刀を振い怪異を退けて来た
心強い仲間だった隊員
だが心強かったという事は敵にした時にそれだけ脅威となる
真っ向からの戦いでは苦戦する事は間違いない
だが不意打ちならば急所を一撃で貫く事も可能だ
いずれにせよ勝負は一瞬で決まる
「…車輌と使っていい二人を寄越して,あとはこっちで何とかする」
「くれぐれも間違いのない様に…お願いしますよ?」
「間違い?」
「いえいえ…まさかとは思いますが合流した途端に裏切る…という事はこちらも遠慮してもらいたいものですから」
「……何を言っても無駄ね,それなら行動で分からせるわ」
深夜零時
既に街は静まり返っている
今の都内はテロリストとなった八咫烏の存在がいる所為で店も人も全てがまるで止まっているかの様だ
こんな場所を彷徨うとすればバケモノとそれを屠るバケモノの存在のみ
「……………」
装甲車の中もまた静まり返っていた
麗と他二人の隊員
目を合わせず,会話も無かったが…
「……ちっ…どうして俺らが…」
「よせよ,仕事だからしょうがない」
「…………」
協力を申し出たとしても麗は元八咫烏
信用も信頼も皆無だった
そんな彼女に指示を出されて従う隊員達は文句の一つも出るだろう
「見つけられそうな場所の目処はついている…って話だけど具体的にどうやって予測しているの?」
「……奴等は怪異のいる場所に現れる,だから怪異を発生させているだけだ」
「呪力で…ね,けど上の連中も危険な橋を渡るわね」
「はぁ?」
「呪力で霊力を歪めれば確かにその場所には怪異が発生する,けど人為的に霊力を歪めてその後どういう事態になるかを分かっていないわね」
「はっ…何も知らないんだな,あの人は」
「おい,喋りすぎだ,こいつには教えなくていい情報だ」
「……………」
一見すると知っている様で知らない事の方が多い
東雲が言っていた通り彼もまた駒の様な存在
という事は今回の全てを指揮している人物が何らかの手段を使い怪異を発生させているのだろう
だが色々と説明のつかない部分もある
目的が八咫烏…半妖の抹殺であるのなら上層部は人間である可能性が高い
それを踏まえて霊力を歪められるほどの呪力を持っている
民間の対魔師でもそれくらいは出来るだろう
だが規模が規模だ
都内全域でそれらを行えるという事は複数か…個人であったら既に人間であるとは考え難い
そして先程隊員が言いかけた言葉から察するに万が一にも問題が発生した場合,それらを鎮圧する作戦もありそうだった
(人為的に霊力を歪めているとは言え確実にその場所に怪異が現れる訳ではない…ましてやそんな場所に他の怪異が来る事だってある筈…だというのに…)
不可解なのは発生している怪異が霊力を歪められた場所からのみである事
そう…他の強力な怪異は今回の騒動を傍観しているだけだ
裏で何者かが怪異の手引きをしているんじゃないかとすら思える
(何者かの目的が半妖を抹殺ではなく…八咫烏と成り代わる事だとしたら…?)
依然として麗は思考を巡らせる
八咫烏が敵となった今
次に自分が置かれる場所
その場所は本当に白なのか
八咫烏…いや,神祇省そのものと成り代わる事が目的であるとするのなら…
(目的は冥界…か…)
この世とは隔絶されたもう一つの世界である冥界
古くから妖怪と共存してきた日本は冥界と取り引きを行ってきた
だがその事を知っている人間は少ない
八咫烏であった麗ですらも冥界について知っている事は少なく,冥界という存在を認識しているだけに過ぎなかった
八咫烏隊員にも冥界についての事は機密事項であり,それを知っているのは一部の人間と神祇省のみだった
冥界という存在は確かに実在している
冥界と何の取引をしているのか
冥界には一体どの様な存在がいるのか
そして何故その地位を欲しがっているのかは不明だ
「…この辺りだな」
「…私一人でいい,貴方達はここにいて」
「「…………」」
返答はない
表面上は同じ組織の仲間
だと言うのにここまで徹底的に彼女を目の敵にしているのは元八咫烏である事
そして…他の隊員同様に彼女もまたバケモノだと見ている目のせいだろう
(認められてはいない…か…)
馴染むにはまだ時間がかかる
しかしそんな事は些細な事で麗は自らの命令を遂行する
静まり返った街
けれど静かな訳ではない
「この霊力の奔流は…」
荒れ狂う波の様に
とある一点からとてつもなく強い霊力が発せられている
間違いない
この独特の霊力は麗と共に長く戦ってきた朝比奈 麻白のものだ
(……………)
違和感
それは長く共にいたからこそ気付けるものだろう
以前に比べて霊力の反応が弱い
かと思えば時折今までとは比べ物にならない霊力の流れすらもある
不規則で…不安定
それは以前の朝比奈 麻白とはまるで別人にさえ思える
その中心部
そこに彼女は立っていた
「……………」
「…お久しぶりです麻白先輩,先を越されてしまいましたね」
「……麗か?」
「えぇ,こんな状況ですしこうして会えたのも……!?」
一目で見る程の変わり様
彼女は麗と同じ刀を使う隊員だった
しかしその手に握られているのは刀ではなかった
それだけではない
右腕は痛々しくも無くなっており
右眼が白く濁っていて視力も無くなっている
何かがあったのは明らかだった
「…色々とあったみたいですね」
「…あぁ,互いにな」
「…………」
「…………」
空気が重い
再会を喜べる状況では無かった
ましてや麗は尚更…
「…一先ず身を隠しましょう,隠れ家はありますか?」
「とりあえずの場所はな,こっちだ,着いてこい」
「麻白先輩は一人ですか?」
「俺が誰かと動いてると思ったか?」
「…確かに私達は一人の方が動きやすいですからね」
刀に手を掛ける
一瞬で済む
背後から急所を貫けば抵抗する事も出来ない
「ツッ!?」
「なぁ…片目が潰れて感謝する事もあんだ,特に気配を感じやすくなったからな…ッ!」
背後からの不意打ち
それよりも先に麻白が攻撃を仕掛けた
「くっ……」
「はっ…最初から急所を狙ってくると分かってれば避ける事も出来たが…しゃらくせぇ」
大型のパイプレンチ
刀の代わりであろうとも人を殺すには十分過ぎる得物だ
「どうして…」
「あ?知ってんだよ,裏切り者」
互いに距離を離す
「…そっ…バレてるなら仕方がないわね,悪いけれど…私にも成すべき事があるだけのこと」
「その為に俺らを…八咫烏を裏切ったか,ならケジメのつけ方くらい分かってんだろうなぁッ!!」
お互いの武器がぶつかり合う
大きな轟音を立てて衝撃波すらも起こる程に強く,ぶつかり合っていた
「…流石に半妖,力は強いですね」
「喋ってる暇があんのかよぉッ!!」
激しい連撃が麗を襲う
麗はそれを受けるのではなく弾き返す
受け流せばその隙に次の一撃が襲ってくる
唯一の救いは相手が刀ではなかった事
技は無い
ただ力のみだ
「…………」
「なぁ麗…遊んでんのか?てめぇなんか刀じゃなくても殺せんだよッ!!」
「…珍しくおしゃべりですね麻白先輩,寡黙な方が私は好きですよ」
「ほざけッ!!裏切り者ッ!!」
麗は明らかに手を抜いていた
遊んでいる訳では無い
己の弱点は相手も同じだったからだ
刀を使うという事は必然的に近接戦に限られる
非常に強烈な攻撃を行う反面体力の消費は激しい
「……飛雨」
広範囲への斬撃による衝撃波
「ちっ……」
仕留める事は出来ずとも当たればダメージになる
もしくは回避すれば体力を削ぐ事が出来る
「遊んでいる訳じゃありませんよ,力押しの麻白先輩と違って私には私の戦い方がありますから」
麗の狙いは体力を消耗させる事
殺すよりも捕らえた方が簡単だと判断したからだ
「叢雨」
タイミングをずらした斬撃波
速い斬撃の初撃が襲い,緩やかな斬撃がその隙に襲いかかる
いくら半妖と言えど持っているのは刀では無い
武器ですらないもので防げはしなかった
「ぐっ……」
「幸運でした,何があったのかは知りませんが腕も刀もない麻白先輩なら余力を残して戦えます,その玩具を下ろしてくれれば私の仕事も簡単になるんですけどね」
半妖と人間の力の差は大きい
八咫烏隊員時代
二人の刀使いは屈指の実力を誇っていたがそれを比べる事はなかった
それは何故か
一つは互いに実力を認め合い研鑽する為
もう一つは技の違いにあった
麻白は半妖である事を活かした力を重点的に置いた戦い方
それに反して麗の戦い方は力では無く速度を重視した戦い方だった
力と速さ
剛と柔
それらは強さの方向性が違う
その為厳密にはどちらが強いかというくだらない比べ合いというものが存在しなかった
そんな二人がこうして対峙している
実力差ははっきりとしていた
負傷した麻白と万全な麗
勝負は目に見えていた
「…せめてもの情けです,次の一撃で終わらせましょう」
刀を納め身を屈める
戦いを辞めた訳ではない
更なる一撃を生む為だった
居合
麗は速度を重視している
極めた一撃は半妖である麻白にも通用する
「…篠突雨」
「が……はっ……!?」
麗の放った一撃は腹部を貫く
振り下ろすのではなく受ける事が難しい突き
更に速度が加われば避ける事も容易ではない
だが半妖
ギリギリのところで急所だけは外したのだった
「終わりですね,これ以上の戦いは無意味です,大人し…ツッ!?」
「舐めんなよ…麗ッ!!!」
あの一撃で倒した…と油断だった
強烈な蹴りが麗の体を吹き飛ばす
いくら負傷していようと
麗が万全の状態であろうと
相手は半妖
人間の理屈が通じる相手ではない
「くっ………」
「はぁっ……はぁっ………手ぇ…離したな…?」
腹部に突き刺さる刀を引き抜く
刀は既に麗から離れている
その刀を麻白が構えた
「…………」
「天泣…こうして手に取るのは初めてだな」
「麻白先輩……」
「どのみちこれで……ツッ!?」
「…………」
麻白が刀を構えたまま止まる
「お前………」
「……………」
沈黙
だがその沈黙はすぐに破られた
「朝比奈 麻白,標的確認」
「武器を捨てろ,さもなくば発報する」
「……貴方達…」
「ちっ……他にもいたとはな……」
麻白が武器を下ろす
「…返して貰うわね,私の刀」
「…麗……何で俺が裏切り者か知ってたか分かるか?」
「………!!」
「松葉ァッ!!撤退だ!!!」
煙幕が一気に広がり視認が困難になる
「くそっ!」
「待て撃つな,奴に当たる」
「ちっ……命令さえ無ければ…」
煙幕が消えた頃にはもう既に麻白の姿はなかった
「…逃したか」
「……相当な深傷を負ってる筈,隠れていてもあれじゃ戦闘は無理ね」
「捕らえるのが命令だった筈だぞ?」
「なら貴方達が戦って捕えれば?」
「んだと…」
「やめろ,バケモノにはバケモノを使えが上の方針だ」
「…………」
八咫烏である彼女達を捕らえるのは一筋縄ではいかない
かと言って大きな戦力を大々的に動かす訳にもいかない現状で麗は貴重な人材だ
「…本部へ帰投する」
麗も予測していた
麻白との戦闘は楽ではないと
ましてや自分が裏切っていた事が既に知られていた
あの時松葉を殺しきれていなかった
だから麗が八咫烏を裏切った事が麻白へと伝わっていたのだ
そしてそれは麻白だけではなく既に八咫烏全員に知れ渡っているだろう
敵として
「…………」
こうなる事は分かっていた
自分が裏切り者であると知られるのは時間の問題だと
だが…
それでも理解していたとは言えかつての仲間に裏切り者と呼ばれるのは気持ちがいいものではなかった
恐らくあそこで急所が外れたのは麗の迷いもあったのだろう
無意識に急所を外していたのだと
口ではいくら否定しても体は嘘をつけない
迷いは自らの刃を鈍らせる
「……まだまだね」
麗自身も自らの違和感に気が付いていた
力の差は歴然としていたのにそれでも不覚をとってしまった
『死に物狂いってのは恐ろしいわよ,どんな奴にも緩む瞬間がある,そこを突かれればどんな奴だって一気に崩れる』
橘の言葉が重くのしかかる
迷い
油断
一瞬の判断が戦闘では致命的になり得る
その事を痛感させられていた
「おや…ご苦労様です,取り逃したのは痛いですが深傷を与えただけでも十分な働きとも呼べます」
「…次は確実に捕らえるわ」
本部へと帰投した麗は東雲へと報告する
居場所が変わろうとも組織である以上そこは変わらない
「東雲班長,こちらも終わりました」
「何か進展は?」
「何も,得られた情報はありませんでした,既に処理してあります」
「ご苦労様です,別命あるまで待機を」
「はっ!」
「…そっちもそっちで何かしてた様ね」
「えぇ,これに関しては麗さんのお陰でもありますからねぇ」
「私の…?」
「あぁせっかくだから最後にお別れの言葉でもかけますか?台車をこちらへ」
運ばれてきたのはストレッチャー
そしてその上には…
「…………」
誰が見てもその中には何が入っているのか分かる
これは遺体を入れておく為のものだ
「いやはや…私の部下も相当の手練なので何かしら聞き出せると思っていたのですが…流石は顧問と言ったところですかね」
袋が開けられる
そこには…
「!!!!!!」
「………………………」
既に息絶えた橘の遺体だった
「敵になったとは言え恩師なのでしょう?それならば別れの言葉くらいは出てくると思いますからね,なに…私個人の心遣いですよ」
「…あ………ッ………」
戦闘顧問
通常の隊員よりも立場が上
それならば知っている情報も通常の隊員よりも多い
そしてそれを聞き出そうとしたのだろう
痛々しいまでの拷問の傷がそれを物語っていた
「おや…どうしましたか?」
「………かける言葉はない,私にとって…もう敵よ」
「…そうですか,貴女達,死体の処理を」
「………少し疲れたわ,一服してくる」
「えぇ,私は未成年喫煙を注意する程心は狭くないですからご自由に」
深夜の屋上
吹き抜ける風は地上よりも強く
痛いくらいに肌に突き刺さる
火をつけたタバコの灰も風に靡かれてどこかへと飛んでいく
散った灰は戻る事はない
橘の命と同様に
「ッ……ごめん…なさぃ……ごめんなさい…………」
涙混じりに麗は言葉を漏らす
それは死んだ橘へと向けたものなのか
それとも自分の行いを悔いたことなのか
その両方か
答えを知るのはただ一人
麗だけだ
しかし今の彼女に…
その答えを出すだけの余裕は残されていなかった
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