第5話

夜の忍びと、語りべの杯


月も雲に隠れたある夜。


優弥と春吉は、懐中電灯ひとつ持って、肇のリゾート予定地へ向かっていた。草むらをかき分けて進みながら、春吉がぼそりと呟いた。


「しかし、肇んとこに見つかったら、ワシらまたボコボコやぞ」

「見つからんようにすりゃええやん……って、うわ!クモの巣!!」


「わはは!お前、都会暮らし長すぎたな〜」


ガサリ。

地面を踏みしめた先に、小さな祠があった。優弥は息を呑む。


「……あった。イナばあが言ってた、“龍のくち”って場所、これだろ」


祠の台座の下、土が不自然に盛り上がっている。

春吉がスコップを手に、笑う。


「さあて……埋まっちょるかねぇ、“伝説の金塊”がよぉ」



---


一方そのころ。

肇が経営する島のバー《潮騒》に無理やりおしこまれた長谷部が一人カウンターに座っていた。肇はいない。


慣れない島酒を口にして、顔をしかめる。


「うわ、強っ……」


すると、隣にいた老婆がくるりと振り向いた。

白い髪に、琥珀のような瞳。


「……あんた、外もんじゃな」


「え、はい……。えっと、あの、どちら様——」


「イナじゃよ。昔々の、竜宮城の話……聞きたいかい?」


長谷部は一瞬たじろいだが、どこかその目に引き込まれるように、うなずいた。


「この島にはな、海の底に“とんでもないもん”が沈んじょる。

 それを欲しゅうて、あんたみたいな人間が、何人も来ては消えていった。

 けどな、金ってのは……ただの金じゃないんよ」


「……どういうことですか?」


「欲深いもんが掘り起こすとき、龍は目を覚ます。

 そのとき、島は沈む。……それでも、まだ欲しいか?」


冗談とも本気ともつかぬ声で、イナは笑った。

その背中が、どこか異様に大きく見えた。



---


夜の風が強くなってきた。


肇のリゾート地の草むらで、優弥たちはとうとう何かにスコップが当たる音を聞く。


「……ん?なんか、硬いぞ」


ガキン。


二人は顔を見合わせる。

春吉が、ゴクリと唾を飲んだ。


「まさか……これが……」


だがそのとき——


「コラーーーーーーー!!!!!!」


ライトが二人を照らす。そこに現れたのは、島の警察官だった。


「おんどりゃああああ!!人んがた土地でなにやっちょるんじゃァァァ!!」


「う、うわああ、逃げろ優弥!!!」


「無理やろバカァァァ!!!!!」


「っておめえ、優弥と春吉か!貴様らいい年こいでまだ、こげんことしてくさりよるんか!」

――島の昔からの駐在、優弥と春吉が幼い頃から変わっていなかった。


春吉がなんとか、おべっかを使い、なんとか、見逃してくれた。

「優弥がくさ、まだ、竜宮城の埋蔵金ば探しちょるとばい!」

駐在は一緒目を丸くして直ぐに大笑い。

「がははは!ばかたい!バカたい!ちかっぱい馬鹿ばい!はよ、出てけ!今日はその馬鹿に免じてみのがしちゃるけん。」


優弥と春吉は、足早に土地から出た。



《潮騒》のバーは、潮風にくぐもった音楽が流れていた。

島の夜は早い。すでに客の姿はまばらで、長谷部はイナの向かいに腰を据えていた。


「……龍は、ほんまにおったんですか?」


焼酎のグラスを手にしたまま、長谷部が訊く。


イナは、小さくうなずいた。目は遠くの波を見ていた。


「わしゃ、あの夜をよう覚えちょる。……まだ、子どもやったけんの。

 大潮の晩、海が光った。……青うて、深うて、まるで、星ん海じゃった」


「それが……“竜宮城”?」


「そう。

 でもの、あれは“城”なんかじゃない。

 神さまの“墓”じゃ。人間が触れちゃいけんもんが、沈んじょる」


長谷部は眉をひそめた。「墓……?」


「島ん先祖が、昔々に、龍を封じたんじゃ。

 あの海の底に、“欲”を閉じ込めた。

 けんど今の人間は、また掘り起こそうとしちょる。……欲でな」


イナの声は静かだったが、胸の奥に染み入るような重みがあった。


「……あんた、“都会の匂い”がするのう」


「え?」


「島んもんは、潮の音に耳を澄ましちょる。

 あんたは、心の音を黙らせちょる」


長谷部は言葉を失った。

彼の背負うものが、まるで透けて見えているような、そんな目だった。


「竜宮城って……本当にあるんですか?」


ぽつりと問うと、イナはようやく振り向いた。

皺だらけの顔に、深く、深く刻まれた笑み。


その時、島の潮風が店内に流れた。

「いやーめっちゃ危なかったばい」

笑々と笑いながら春吉と優弥がバーに入ってきた。


「イナばあちゃんがおるばい」


「おー、優弥!」

「優弥?」

長谷部がびっくりした顔で優弥を見ると

イナが知り合いだったのかと、尋ねる。

「いや、あの、私、高取ファイナンスの長谷部です」

高取ファイナンスと聞いて、ゲッとした表情で優弥が長谷部をみる。


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崖ップチ野郎、埋蔵金発掘ス。 パクデボン @chittpy

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