第1章2節:冒険者の愚痴と黄金色の衣
ユウナギはまず、冷えたエールを石製のジョッキに注ぎ、ライラの前にそっと置いた。きめ細かな泡がこんもりと盛り上がっている。
「へへ、これだよこれ!」
ライラは待ちかねたようにジョッキを掴むと、ぐびりと喉を鳴らして半分ほど一気に飲み干した。
「ぷはーっ! 生き返るぜ! やっぱ仕事終わりの一杯は『縁』のエールに限るね!」
「お口に合って何よりですわ」
ユウナギは微笑ましそうに相槌を打ちながら、厨房へと向かう。カウンターの向こうでは、すでに下味をつけられた鶏肉が用意されていた。ユウナギが特製の粉を軽くまぶし、油の入った鍋に投入すると、ぱちぱちと心地よい音が響き始める。香ばしい匂いが店内にふわりと広がった。
「あー、今日も疲れたぜ……」
エールで一息ついたライラが、早速、堰を切ったように愚痴をこぼし始めた。
「聞いてくれよ、ユウナギさん! うちのパーティリーダー、また無茶な指示ばっかりでさ! ゴブリンの巣穴だって聞いてたのに、奥にオーガが いやがったんだぜ!? 危うく死ぬかと思ったよ!」
「まあ、それは大変でしたね。オーガですか……お怪我はありませんでしたの?」
ユウナギは唐揚げを揚げながらも、ライラの話に耳を傾け、心配そうな表情を見せる。その声は、ただ聞いているだけでなく、ライラの苦労を心から労っているように響いた。
「怪我はなんとかしなかったけどさ! 事前調査が甘いんだよ、あの石頭! もっと慎重に行くべきだって言ったのに、『大丈夫だ、問題ない』の一点張りで……! 結局、撤退する羽目になったし、報酬も減らされちまった。やってらんないよ、まったく!」
ライラはジョッキに残ったエールを呷り、ぷりぷりと怒っている。冒険者の仕事は常に危険と隣り合わせだが、人間関係のストレスもまた、大きな悩みの種なのだろう。
ユウナギは、時折「あらあら」「それはお困りですね」と相槌を打ちながら、静かにライラの言葉を受け止める。無理にアドバイスをしたり、意見をしたりはしない。ただ、彼女が抱える不満や疲れを、吐き出すがままにさせている。それだけで、ライラの表情が少しずつ和らいでいくのが分かった。
やがて、鍋の中の鶏肉が、食欲をそそる黄金色に揚がった。
「はい、お待たせいたしました。鶏の唐揚げ、大盛りでございます」
油をよく切った熱々の唐揚げが、山のように皿に盛られてライラの前に置かれる。湯気とともに、ニンニクと生姜、そして数種類の香草が織りなす複雑で芳醇な香りが立ち上った。衣は見るからにカリッとしており、中の肉はジューシーなのが想像できる。
「うぉーっ! これこれ! この香りだよ!」
ライラの目が輝き、さっきまでの不機嫌はどこかへ吹き飛んでしまったようだ。
「さあ、熱いうちにどうぞ。火傷にはお気をつけて」
ユウナギは、そっと小皿と、レモンを添えてくれる。
ライラは早速、一番大きな塊に手を伸ばし、はふはふと息を吹きかけながら、思い切りかぶりついた。
サクッ! と小気味よい音。
カリカリの衣の下から、熱い肉汁がじゅわっと溢れ出す。絶妙な塩加減と、スパイスの効いた下味。噛むほどに鶏肉の旨味が口の中に広がり、エールとの相性は抜群だ。
「んんーっ! うまーいっ!」
ライラは目を閉じて、しばし至福の表情を浮かべた。
「やっぱり『縁』の唐揚げは最高だぜ……! これ食ったら、リーダーの石頭のことなんて、どうでもよくなっちまうな!」
「ふふ、それはよろしゅうございました」
ユウナギは、心底美味しそうに唐揚げを頬張るライラの姿を、嬉しそうに見守っていた。彼女の料理が、こうして誰かの心を少しでも軽くできるのなら、それ以上の喜びはない。今日もまた、この小さな店で、ささやかな癒やしの時間が流れていく。
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