第2話
澄夫の教師としての給与は 手取りで二十八万円だった。私立なので公立の教師よりも少し高かった。入居している部屋は電化製品付のワンル-ムタイプの集合住宅だった。二階建てのハ-モニカ長屋で上下合わせて二十室あった。一階は大手のドラッグストアが借り上げて独身寮として使っていた。
彼の部屋は右側の階段を上がって直ぐの201号室だった。
澄夫は今後の事を考えた。彼は倹約家だった。
毎月の家賃が六万円、水光熱費を一万円に抑えて、生活費としては月々十万円で賄っていたのである。そして、毎月十万円は貯金していた。十万円の貯金はノルマとして、厳しく自分に課したのである。その努力の甲斐があって、現在の預金高はボーナスも加えて三百万円を少し超えていたのである。
彼は一年間、仕事をせずに暮らしてみることにしたのである。彼の実家は大分県の中津市であった。家族は両親と澄夫の三人家族である。兄弟は居なくて一人っ子であった。両親はどちらも五十代である。父親の武夫は農協に勤めていた。農家であったので米も作っていた。
両親もそのように考えていた。両親は澄夫の援助を必要とはしなかったし、また、澄夫を援助する気もなかったのである。それぞれ互いに自立していく事にしていたのだった。
八月になった。今までは、夏休み中でも、十日くらいは学校に出ていたのだが、もうその必要も無くなった。
彼は、月単位で、今後の自分の行動予定表を作成した。彼のアパ-トは福岡市の博多区の店屋町にあった。
澄夫は今月は福岡市の各地を観て廻る月間に決めたのである。
自分で計画して自分で行動する。自由気ままで楽しかった。
博多駅の筑紫口を出て、右側の路地を歩いていくと飲み屋街が片方にあり、さらに先へ進むと左側に公園があった。公園の名前は知らない。どこかに表示しているかも知れないが、そんな事は澄夫にとっては、どうでも良い事であった。
駅の構内のファミリーマートで買った500mlの『麦とホップ』の発泡酒とつまみのスルメを持って公園に入って行った。近くにあった石で造られたベンチに腰を下ろした。そして、公園内の様子を観ながら飲み始めた。
夏の陽射しが結構きつかった。でも、時々、涼しい風が顔を横切って行った。
公園内を一通り眺めまわしていると、澄夫の対角線上の向こう側にテントが二面張られているのが目に入った。
「ホ-ムレスかな?」と思って、暫く観察していた。「それにしても、ちゃんとしたテントを所有してるなあ」と感心した。普通はダンボ-ルで小屋を造っているのが相場なのに『もしかして金でも拾ったかな?』などと勝手な想像をしながら発泡酒を飲んでいた。その一方で、
『あの場所はテントの撤去を命じられないのだろうか?』とも考えた。
少し、興味を持って、更に観察していると、中から男が出て来た。そして、公園の様子を眺め廻したのである。
男は澄夫の存在に気がついたようだ。50メートルくらいの距離があったので年恰好や顔の表情は見えなかった。
すると、その男は、出て来た自分のテントの隣のテントに向かって何か声を掛けたのである。澄夫には当然聞き取れなかった。さらに、男はテントの中に一旦戻ったのである。そのすぐ後に隣のテントからも別の男が出て来たのである。さらに続いて先ほどの男も出て来た。
二人の男たちは、それぞれ手に何かを握っている。彼らは喋りながら澄夫の方へ近づいてきたのである。澄夫は焦った。でも逃げはしなかった。男たちが手に持っていたのはワンカップ大関の大瓶のカップだった。
「やあ、こんにちわ」と第二テントの男が澄夫に声を掛けてきた。第一テントの男は微笑みながら軽く頭を下げた。
「こんにちわ」と澄夫もオーム返しに応えた。
「学生さん?」と第二テントの男が訊いてきた。
「いえ、違います。教師です!」と澄夫は応えた。その後一瞬、『あっ、しまった間違った!』と思ったが訂正しなかった。
二人の男たちは大声で笑いだしたのである。
「へえ、学校の先生が昼間から飲酒ですか。何か面白くない事でもあったのですか?」とすかさず訊いてきた。
「先月まで教師だったのです」と澄夫は訂正した。
一体、この男たちは何者なのだ?それにしても言葉使いは丁寧である。
二人の男たちは、澄夫が腰かけているベンチに並んで腰かけた。
澄夫は不思議に何故か親しみを感じて、スルメを出して一緒に飲みだしたのだった。そして、三人は夕方から場所を駅前の居酒屋に移して飲んで語った。
第一テントの男は
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