第2週【香】


「私が……小学生の時の写真……」


真白が震える手で手に取ったのは、黄ばんだ一枚の写真だった。



休みの日に部屋の掃除をしていたが、ふと寝室のシーリングの中を掃除しようとした時に優馬が挟まっていたのを見つけた。


埃をかぶったそれは、写真の真白がランドセルを背負い。こちらをみて笑っている。だが真白は少し違和感を覚えた。



「こんなランドセル……使ってない」


冗談交じりに優馬が言うと、真白は少しだけ黙り込み、そしてぽつりと答えた。


それからは忙しかった。


警察への通報、状況の説明。


だが、捜査しようにも証拠がいまいち出てこない。指紋も出るのは2人のだけなのだから。


刑事は言った。

「いやね、ストーカーの可能性はあるとは思うんだが、こうもわからないとなぁ」


合わせて歯の件も話し、これが異常な事態だと必死に伝えたがこれもどうしようもなかった。


2人はどこか諦めみたいなものもあった。


逆の証拠に、時間が起きる前にはカメラを設置し何か起きれば録画と通知がいくのだから。


「うーん…我々も見回りは強化しますが、状況を聞くに正直外部の人間からでは不可能ですな」


無責任な刑事の発言ではあったが、この異常な事態では2人は納得せざるを得なかった。


早い事に、もう鍵が開く事に気づいてからはや二週間が経過していた。



その数日後、真白の知り合いを通じて紹介された寺に、二人は足を運ぶことになった。


この寺は円護寺といい、古くから除霊を依頼されたり、呪われた曰く付きの品を供養するために持ち込む人が多い寺との事だった。


様々な友人に相談し、あまりにも現実感のない内容に答えが見つからずにいた。


その中で親身に聞いてくれた友人が紹介してくれたのだ。


異変が続き、あれから何通も届く「歯」の件で、真白の顔色は日に日に悪くなっていた。


優馬は霊的なものには懐疑的だったが、真白のためになればと同行を決めた。


寺は郊外の古びた場所にあった。


苔むした石段を登りきると、僧衣を着た住職が迎えてくれた。


やせ細ったその男は、目の奥に奇妙な静けさを湛えていた。応接間に通されると、住職は優しく語り始めた。


「ご友人から話は聞いております。いくつか気になる点がありますが……はっきり申しますと私の方では“何に”憑かれているのかわらかない状態にあります」


住職は続けた


「“穢れ”ではあるのはわかるのですが、それの特定が難しいです。ただ、それを緩和する方法はあります」


そう言って、住職は奥から小さな布袋を取り出した。その中には香が二種類、そして小瓶に入った透明な液体が入っていた。


「このお香は、何か不安な夜に寝る前に焚いてみてください。こちらの液体は、霊的なものを遠ざける作用があるとされています。これは明らかな異変が生じた際に“飲んで”ください」


「ええ!?」


成分の説明は一切なかった。優馬は少し違和感を覚えたし“飲む”となれば驚いてしまったが、真白の様子を見て、それ以上詮索しなかった。帰りの車の中で、真白はどこか安心したような表情を浮かべていた。


「……ちゃんと対応してくれた。よかった」


「でもさ、本当に効くのかな、これ」


「信じることが大事だよ。気持ちが少しでも落ち着けば、それでいいの」


真白の言葉には力があったが、その目の奥にはわずかに不安の色が残っていた。優馬は気づかぬふりをした。


その夜、言われたとおりお香を焚いた部屋には、柔らかくも薬草めいた香りが広がった。どこか病院を思わせるような、清潔でいて無機質な香りだった。


そして深夜。優馬は眠りの中で、ふと耳元でかすかな声を聞いた気がした。


――たすけて


しかし、振り返ってもそこには誰もいなかった。ただ、薄暗い部屋の中で、焚き終わったお香の煙が、まるで誰かの形を描くように揺れていた。

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