第30話 地下世界の超特急
【地下を走る高速列車】
――この日は、疲れの極限状態だった。
目を閉じてまもなく、スーッと身体が降下していくように、異次元世界へ入っていった。
――ちょうど戦闘機が急降下する感じだ。
いつもより、かなり速いなと思った。
――ちょっと待てよ! 信じられないスピードだ!――
と思っているうちに――ガクンと足のほうに押しつけられるようなショックを受けた。
寝たままの状態にも関わらず、足の底にかなり強いGがかかった。
頭を前にして、ものすごいスピードで走っているようだ。
――飛行しているのか――
新幹線か、いやそれどころではない信じられない速さだ。
俺の身体は弾丸のように常識を越えたスピードで、どこかへ向かって走っていた。
機械的な手段を使わずに、こんなスピード感を味わったことは現実でもなかったことだ。
この前の〈東京霊界〉へ行ったときも凄いと思ったが――今度はあの時とは比べものにならない。
けっこう大きな「ゴオーッ」とか「ギューン」とか――まるでジェット機に乗っているような機械音も聞こえた。
ここは地下世界なのだから、この世界にはこういった乗り物があるのかと、推測しうる限りのことを考えていた。
身体はまったく動かず、自由がきかないので、考えるしかやることがない。
――かなり長いこと乗っていたので、その間現実に戻らないよう集中力を働かせながらも――ひょっとしたら本当に地下世界を行くジェット機なのだろうか――とも考えていた。
しかし実際のスピードはわからない。
乗っている感覚からいって、列車みたいでもある。
完全な軌道に乗っていて、トンネルの中を走っているようだった。
とりあえず体は動かないし真っ暗なので、外の様子などまるっきりわからない。
あれこれ想像するしかなかった。
――こんな高速でいったいどこへ連れて行く気なのだろう?――
そう思いながら、首を動かして周囲を見回してみた。
感じからして長細い容れ物に入れられているようでもある。
途中いくつかの分岐点があり――ちょっとスピードが緩められ――またガクンと急加速して発進したりした。
長い時間走っていたので――いったい何時になったら着くのだろうと思っていた。
そのうちやっと列車が駅に着くように……徐々に速度が落ちていき……目的地に着いたようだった。
時間を計ることが出来なかったので、推測ではあるが、一〇分弱かあるいは七・八分だったのかも知れない――。
――そろそろいいかな――
と思って立ち上がってみると――目の前にはぽっかりと大きな穴が空いていて――体育館でバスケットの練習をしている人たちの姿が見える。
こんな時はいつも同じパターンだ。
暗いタイムマシンの中から降り立つように――ソロリソロリと開口部から抜け出て――そしてきっと珍しそうにキョロキョロと、辺りを見回しているのだろう。
――しかし、そこはすぐに旅館へと切り替わった。
――すでに旅館のなかにいる――
大きな明るい部屋だ。これまた大きなガラスの窓越しに外の景色が見えた。
この旅館はかなり高いところにあるようだ。
夜の一二時は過ぎているというのに――夕方のような深夜とは思えない明るさだった。
取りあえずここが何処なのか知りたいので、ちょうど近くにいた、法被を着ている従業員らしき若い男をつかまえて聞いてみた。
「ねえねえ、ここは何処?」
「山口です」
「ヤ、ヤマグチ――?」
と言うことは、ここは山口県?
「そんな馬鹿な……!」
そんな遠いところまで、いったいどうやって……。
――10分やそこらで来れる場所ではない――カン違いで二〇分だとしても来れるわけがない。
――普通どこかと聞かれて、自分の名前を名乗る奴はいないだろう。
ヤマグチといえば山口県しかないはずだ。
その男は何も知らない外人に優しく教えるように、さりげなく答えたのだ。
にわかに今いるところが、恐ろしく遠いところのように思えてきた。
俺はただただあきれ返るしかなかった。
親切な男で何も聞いてはいないのに――窓の所まで案内して外の景色を指さしていった。
「あれが……です」 あまり良く聞き取れなかった。
目の前は深く切れこんだ谷になっていた。
山間部らしい。
向こう側に険しい山々が見えた。
――男が指さしたのは谷の下の方にあるクレーンのようなものだった。
彼が何を言いたかったのかはわからない。
――何軒か大きな今風の家もあった。
なんと驚いたことに――雪が降っているではないか。
――冬にはまだ遠い。
一体どうなっているのだろう。
――この世界ではまるで季節感がないらしい。
天候でさえどうなっているかわからない。あの雪でさえ寒くはないだろう。
これが異次元世界といわれる由縁だろうが――そこには無数の空間が存在し――それらが霊の手によって引っ張り出されたり――引き付けられたり離合集散を繰り返しているように思われる。
――空間自体が動いているのだ――
俺はその部屋を離れ、あちこち行ったらしいが、ハッキリ覚えてない。
不思議なのはあれほど高速で飛んできたのに、帰るときは一切高速移動はなかった。
一体、山口まで一〇分足らずで行けるだろうか?
本当だとするならよほどの高速である。
これが霊世界のスピードなのだろうか。
――その後、一度だけ高い山の上に下り立った。
しかし、すぐに消えたと思っているうちに、自分のベッドの上にいた。
【督促する霊】
もうすでに一〇月も半ばを過ぎている。
俺が一向に原稿を書かないので業を煮やしたのだろうか。
霊魂は不思議なものを見せてくれた。
――それは本格的なものではなく、断片的なものばかりだった。
依然として――扉が閉じられていることに変わりはなく――時折出し惜しみするように――チラリチラリと扉を開いて見せるだけだ。
今回は準備も何もしてなかったので、物音で起こされたり、何度も何度も寝ては覚め、覚めてはまた寝た。
そんなわけで全体の三割程度しか記憶してない断片的なものだが――覚えているだけを話してみよう。
ホールのような大きな部屋だった――。
それにしても暗い。
――目の前に大きなスクリーンがある。
右のほうにも二つか三つスクリーンがある。
――宇宙を飛行しているシーンが映し出されていた。
どうやら、シューティングゲームになっているらしい。
時おり発せられるブルーの光線や白い光が――部屋をパッパッと照らし出す。
誰かが俺にレーザーガンを手渡した。
形が普通の銃と違っているので、――どうやって操作していいのかわからない。
銃をよく見ると――悪戯〈いたずら〉っ子がよく使う――パチンコのような二またの突起があり、その間から放電しているような光線が見えた。
俺はここから破壊光線が出るのかと思って、試しに狙って撃ってみた。
――スクリーンには敵の戦闘艇が二・三機見え、適当に撃ってみたのだが、それが果たして、当たったのかどうかわからない――
――ほどなくしてその部屋は消え、また、暗い廊下を歩いていた。
――この世界も夜になっているらしい。どこへ行ってもまっ暗だ。
廊下を歩いていると外が見えた。
そこだけはやけに明るい――まるで日射しが射しているようだ。
しかし俺には行って見る気がしなかった。
――暗い部屋に何人か人がいたようだ。
女がいれば必ずちょっかい出したはずだから、たぶん――そこには居なかったのだろう。
ほかにもいろいろ行ったようだが――どうしても思い出せない。
歩いていると――一つの明るい部屋が見えてきた。
それもドア越しに見えるのではなく――丸い穴の中に見える。
何というのだろうか――もう一つの異次元空間がポッカリ開いている感じなのだ。
そこにはパジャマを着た女が二人いた。
一人は仰向けに寝ていて――もう一人のほうはその女におおい被さるように――うつ伏せになって寝ている。
かといって、二人が妖しい関係だというわけではないようだ。
この世界ではよく見かける光景で、霊体が軽いので、霊が折り重なって何人も寝ている時もあった。
――無重力空間に似ているのである――
――この二人は大の仲良しらしく、尽きることのない話に夢中になっているのだ。
当然、うつ伏せになっているほうの女の顔は見えなかったが――仰向けに寝ているほうは昔好きだった女にそっくりだった。
ただ実物よりも、こちらのほうが女としては完成の域に達しているように思えた。
目をパッチリと開け、上の方を見つめて何かを思っているようだった。
あとで考えてみると、この時に、
「あんた、○○ちゃんの背後霊だろう?」
と聞いておけば良かった。
しかし――たぶん間違いはないだろう。
俺はポッカリと空いた――明るい穴の中へと入っていった。
至極〈しごく〉当然に――俺は大好きな○○ちゃんに挑んでいくことになった。
――彼女のデルタ地帯の掃討作戦開始だ――
女は俺のことがわかるはずなのに――なぜか気づかないふりをしている。
――決して、視線を合わせようとはしない。
――俺はパジャマを着た女の子を――上から入念にマッサージした――
良いところまでいったのだが――またしても風の音に邪魔され目が醒めた。
――これが現実だ――
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