第29話 夢を蹴っ飛ばす霊と外人の町
【夢を蹴っ飛ばす正体不明の霊】
同じ夜――異次元体験から帰ってきた爽快感に浸って休もうとしたところ――睡眠状態のうちに、知らず知らずのうちに異世界にまぎれ込んでいた。
――すると、ベランダに出ていた謎の霊が――窓側からすっ飛んできて、有無をいわさず俺に襲いかかってきた。
――その飛んでくることの速いことといったらない――
来るなり矢継ぎ早というか、執ように俺を攻め立ててくるのだ。
まるで何かにたいして怒っているみたいだった。
その何かがまったく見当もつかない。
――しかしこの霊はいったいなんなんだ――
俺はいつもの三十霊会のやつらだと思い――たちまち攻防が開始された。
相手の念力が強くて屈服できない。
こちらの念力は跳ね返され――俺のほうが押され気味だった。
霊は俺の腹の辺りを押さえつけてきたが、前のように手刀や指を差し込んで来るようなことはなかった。
〈相手が見えないので、どんな霊なのかまったくわからない〉
この世界にいると、どうしても次元の違いなのか――自分で勝手に思いこむことが多く――俺はホモ霊だとばかり思って、ひたすら念力を放出していた。
こちらの〈念〉では相手を押すことが出来ず、逆に霊の念力に押し戻され、圧迫されていった。
――力負けだった。強い……――
俺はもうかなわないと思って、逃げ帰るしかなかった。
ベッドの上で目が覚めた俺は――なぜ、何の目的で――奴らが来るのだろうと、訝〈いぶか〉しく考え込んだ。
――何を怒っているのだろうと、あれこれ思い当たることを考えていたが、どうしても納得のできる答えは見いだせなかった。
仕事も家庭のことも真面目にやっているのだから〈三十霊会といっても一応守護する立場にあるので〉つけ入るスキはないはずだ。
そのうち、眠りに就いたのだが――またまたやってきた!
夢を見ていると――その霊が俺の夢を蹴っ飛ばして入り込んできた。
心地よい夢が消し飛んで――霊が腹の上に乗っかって――グイグイと圧力をかけてくる。
――いいかげんにしてくれ――!
――何も寝ている人間を、起こさなくたっていいじゃないか!――
けっきょくまた虐められて――這々の体で現実に逃げ帰ったのだった。
明くる日は、一日中そればかり考えていた。
――霊の正体が気になる――
はじめは三十霊会だと思っていたのだが――彼らには来るべき動機がない。
それに姿は見えないし、やつらだと決めつけることも出来なかった。
何ともいえないが――まったく別の霊だという気がしてならない。
念力の強さが破格〈もしかして三十霊会よりも強い!〉だとすれば《姫》――。
――えっ! 姫……まさか……?――
――姫とは断定できないが〈この霊の場合〉明らかに感情的になっているのがわかる。
あのとんでもない凶暴な霊は――攻撃のテンポが異常に速く――矢継ぎ早に念力を放ってきた。
だが三十霊会の場合、もっと冷静で、冷酷・的確に技を放ってくるのだ。
一度来て苦しめてから――それでもまだ飽きたらず――夢の中にまで押し掛けてきて、さらに俺を虐〈いじ〉めまくったのだ。
――こんなことは今までに無かったことだ――
三十霊会の場合――長きに渡って――ずっと戦い続けているので、その気になればいつでも戦えるはずだ。
〈戦いの長さは年月を経てさらに数値が増大するのでここでは書けない〉
だいたいベトナム戦争のような泥沼の、新鮮味のない戦争をだらだらと続けている。
この霊は何かがちがっていた。
俺は正体がわからないまま、首をかしげるばかりだった。
――その夜もまた現れた。
〈えっ――これって執拗すぎない?〉
やっぱり一方的にやってきて――俺も理由のわからないうちに戦っていた。
――暗くて敵がまったくわからない――
また一方的に虐められて、現実に逃げ帰った。
二日連続――そして三日目の昼になり、また今晩も来るのかなと――さほど深刻ではないにしろ、霊の正体を突き止めるため、あれこれ考えていた。
たったひとつだけ思い当たる節があった――。
それは前述の「黒い女と妖精」の原稿である。
姫のことを『もうどうでもいい――過去の女だ!』と、挑発的な文章を書いたことだ。
姫はもう俺のことなど――とうに忘れているはずだと思っていた。
俺も彼女への思いを断ち切るつもりで書いたのだ。
もし仮に、この文章が彼女の目に止まることがあれば、きっと怒るだろうと、秘かな期待を抱いていた。
本当はその挑発に乗って彼女が来てくれるのを望んでいたのだ。
――ほんとうに来てくれたのか?――
しかし、どうあれ、二人の間にあの忌まわしい三十霊会の連中がいる以上どうしようもない。
――橋を架けてもことごとく壊されてしまうのだ――
ただ、もしもあの霊が姫ならば〈嬉しい〉という気持ちはある。
何らかの理由によって逢うことはできないが、俺への想いは続いているという証明なのだ。
――果たして、本当に姫なのだろうか?――
それはこの日の夜に見た夢で〈確実ではないが〉ようやく有力な手がかりを得ることが出来たのだ。
この晩、俺は、ある夢を見ていた――。
――夢だと思っていたのだが、それはR界での出来事だったように思われる。
夢と異次元世界はどこからどこまでと言う線を引くことが難しいが、今回のように睡眠のなかから、異次元世界へと入ることがあるのでわかりづらいのである。
――詳しい内容は忘れてしまったが、そのストーリーはこうだった――
俺と姫はともに手を取り合い、何者かから逃れて、やっと追っ手を振りきり、一息入れたところだった。
姫は急いでいて落ち着かないようすだった。
俺たちは何者かに追われている。
それが何なのかはわからないが、ここも危ないと、また手を取り合って走った。
――どこか隠れる場所はないのか――
町外れまで走っていくと――目の前に建物とトイレらしきものが見えた。
安全なところはもうトイレしかない――そこまで追い詰められていたのだ。
二人でいっしょに入ることにした。
〈笑うかも知れないが、本当に切迫していたのだ〉
一時の逢瀬を楽しめればそれで良かった。
やっと密室で二人きりになれたので、ともに裸になり抱き合った。
姫は俺に逢うことが出来たものの、――心は悲しみでいっぱいだったのだろうか。
やるせない気持ちを満面に表して、切なそうに俺に裸体を押しつけてきた。
元気がなく〈顔つきも〉いつもの溌らつとした姫ではなかった。
肌色も前に見たときのようなピンク色の美しい艶がない。
顔さえ色もなく――これが姫なのかと疑いたくなるほどであった。
かなり落ちこんでいるらしい。
〈霊魂はその時の心理状態で、霊体に反映して変化するらしい。元気なときは艶があるし、心が病んでいるときは、輝きがなくなりすすけて見える〉
――でも俺は嬉しかった。
愛しさがこみ上げてきて、姫をきつく抱きしめていた。
ところがその時――まだ何もしていない俺たちのところへ――とんだ邪魔者が入って来たのだ。
どこかのガキが、トイレのドアをいきなり開けたのだ。
〈その憎たらしいことと言ったらない〉
このガキは〈東京霊界〉にいた、あの野球帽のあいつにそっくりだ。
――この野郎! また邪魔するのか――?
すでに姫はどこへ消えたのか居なくなっていた――。
ガキも憎らしかったが、そんなことよりも、姫を捜すことのほうが先決だった。
外に出てみたものの、時すでに遅く、姫を探す手だてはまったくなかった。
姫は自分の気持ちを伝えたかったのだろう。
たぶん、二日続けて出てきた霊は、姫に違いない。
二日間現れた霊と――夢の中の女性が姫だとすれば――たぶん俺に気持ちを伝えて気が済んだはずだから、明日からはもう出てこないだろうと思った。
もし出てきたら〈姫ではない〉と言うことになるはずだ。
――はたしてその夜から霊は出てこなかった――
トイレを開けたガキは、三十霊会もしくはR界の回し者だろう。
彼らは絶対――俺たちを逢わせない腹だ。
憎いが仕方がない――相手が悪いのだ。
何れにしてもまた――血みどろの戦いが始まるだろう。
それを乗り越えなければ、姫に逢うことは出来ない。
俺はまた悪魔に変身するしかない――何千年でも戦ってやる。
【外人の子どもたちが遊ぶ街】
閉じられた扉が――また開かれ始めた。
まずは一安心だ――霊の活動も、昨日から活発になっている。
――翌朝、車に揺られながら、昨日の出来事を回想していた。
現場に着き――車中で仮眠体勢に入る。
――まさかとは思ったが、またあの村に行くことが出来た。
俺の大好きなあの村だ。
――すでに異界にはいっている――
俺は事務所の前の道路に出ていた。
〈あれ! ここは……?――
景色は現実とほとんど変わらなかった。
しかし、ここが異次元世界であることくらいはわかる。
何というのか――この世界は人間世界とちがって小綺麗にできているのだ。
〈芝居の舞台のなかによけいなゴミや小道具がないように〉
――全然気がつかないうちに入りこんでいたらしい――
ちょうど十字路の交差点をわたって、橋のあるほうへと行こうとしていた。
またこれは歩行するという感覚ではない――体がスーッと前方に移動している――幽霊のように。
十字路は村へ向かうほうだけ、斜めに折れている(四差路というのか?)。
まったく現実と同じだが――どこかちがっている。
今日は体育の日で〈現実世界の〉休日だけあって車の往来が少ない。
この世界でも一台も見かけなかった。
と、その時、一台の紺色のベンツが、市街地のある方角から走ってきた。
どこかの社長でも乗せているのか。ゆっくり威風堂々と走ってくる。
あまりにタイミングが良すぎる。俺を見に来たのだろうか。誰が乗っているのだろう。
それはともかく、あまりのゆっくりな走行に、俺は道路の真ん中で立ち往生した。早く行ってくれないと渡れないではないか。
俺はイライラしながら、手信号で――〈早く行け!〉と、追い払うようにベンツを促した。
ようやく行ってくれたので、反対がわに渡ったのだが、
〈待てよ? こっちへ行っても何にもないな〉と、もと来た道を引き返した。
やっぱり村に行くのが一番いい――俺は村に向かって入っていった。
いつもは来るたびに、村の景色が違っていたり、場所がずれていたりするが、今日は現実世界とそっくりだった。
あまりにそっくりだったので、しばらくは現実と錯覚していた。
そういえばこちらは〈音のない〉本当に静かな世界だ。
ベンツの走って来る音も聞こえなかったし、鳥のさえずりや、虫の声、雑音がいっさい聞こえてこないのだ。
考えてみると――今までに鳥や虫などは、まったく見たことがなかった。
幽界では犬や猫の霊〈死霊〉は何度も見かけた。
だが、あいつらは浮かばれない幽霊の類だ。
この世界には――人間の霊以外はいないのだろうか。
どこかで集中して管理されているのだろうか?
――さて、村に入っていったが、やはり現実と瓜二つだ。
俺は家の探索をしたかったので――村のメインストリートは通らず、民家の中を直接通り抜けて行くことにした。
霊ならでは出来る“住宅街すり抜け作戦”だ。
それというのも一番の目的は――この前の女性を捜し出すことだった。
あちらの家――こちらの家とくまなく回って歩いたので、けっこう時間がかかった。
あの黒い人にどうしても逢いたかった。
だが、探す相手はどこにも見あたらない――どの家も人っ子一人いない。
あまり、家具の置いてない閑散とした家ばかりだった。
やがて彼女がいた辺りの――一軒の家に目星をつけて入っていった。
適当に選んだので、たぶん一軒か二軒ずれているだろう。
中に入ってみると――何もない普通の家だった。
彼女を見かけた家とは造りが全然違う。
中も外も昔風に出来ていたが――この前の家ではない。
かなりせまく感じる家だった。
誰も居ないので――諦めて出ようとしたその時――なぜかお勝手(台所)のほうが気にかかった。
一応見てみるかと覗いてみると――予感が的中して、男の人がこちらに背を向けて立っていた。
――五〇を過ぎたくらいの人で白い着物を着て、しっかりと角帯を締めていた。
初老の恰幅のいい男性だった。
〈すみませーん〉
と、問いかけて見ると、少々迷惑そうな顔をしてこちらを向いた。
人の家に勝手に上がりこんで来やがって――礼儀をわきまえない奴だ――と思っているに違いない。
しかし俺の真剣な眼差しと、珍客への親切心で――見ず知らずの俺を許してくれたようだ。
〈この辺りに……顔の黒い女の人、いませんでしたか? ――切れ長で――涼しそうな目をしていて、結構綺麗な人なんです……歳は二〇代くらいで……〉
と、知っているかぎりの特徴を並べてみた。
同じ村の人なんだから、知っているはずだ。
男性は考えこんだ。
思い当たらないらしい。
が、心当たりがあるようで、すぐに顔を上げて、
〈それならば、向こうの街から来た人かも知れませんな。今度新しく出来たんですよ。外人の街なんですが……〉
といって、窓のほうに行き、カーテンを開けて、裏山の団地を指さした。
現実世界ではこの団地はないが――裏山が見事に切り取られ、すぐそこまで宅地が迫〈せ〉り出して来ていたのだ。
俺の頭の中にピンと来るものがあった。
それは、最近聞いた話だが――俺の見たものと同じく〈この裏山を削り取って〉団地を造成するという計画が進行しているということだった。
来年には着工ということらしい。
どちらが先だったかハッキリ覚えていないが、どちらもあい前後した話だった。
団地はこの村とはうって変わって――いかにも外人の好みそうなお洒落でハイセンスな家ばかりらしい。
ということは、彼女は外人なのだろうか。
まったくのニガーではないが――黒人と日本人のハーフのような顔立ちだった。
実に、不思議な雰囲気を持った女性で、今でも心ひかれているのである。
男性はなおも外人街の噂を話してくれた。
すでに迷惑そうな顔はなく、俺に好感を持ってくれたようだった。
話の内容は忘れてしまったが――変なクセのある外人たちが住んでいるらしいので気をつけなさい――などと言ったことだった。
「ガラが悪い」だとか「酔っぱらいが多い」だとか、あまり印象の良くない内容だったと思う。
男性の声はハッキリ聞こえたが、文章にしようとするとどうしても書けない。
本当かどうかはわからないが、ちょっと気味悪くなって、行こうかどうしようか、二の足を踏んでしまった。
それに今から行っても、途中で時間切れとなる可能性が大だった。
考えあぐねながら、何時〈いつ〉しか家を出て通りを歩いていた。
けっきょく、村の外れまで歩いてしまった。
通りは外人街から下りてくるストリートとぶつかってT字路になっていた。
その交差点には――白人の男の子が二人いた。
金髪の典型的な白人である。
――映画に出て来そうな、顔立ちの良い子供たちだった。
彼らが何をやっていたかというと――二人で何事かを言い合っては、路面に唾をペッと吐きかけ、また言っては路面に吐くという、育ちの良さそうな顔をしているわりには、汚らしい行為をしていた。
おかげでとうとう路面が唾だらけになってしまった。
俺の存在にはまったく気がつかないこの二人――仲がいいのか悪いのか、さっぱりわからない。
俺の見たのはここまでだった――。
――この村は何度来ても楽しい。
この村に縁を持ったのは単なるぐう然だったが、すでに俺の心の中には、深い愛着が生まれていた。
さて――今度行くときは外人街へ行こう。
面白い外人がいるかも知れない。
しかし、たぶん、今度来るときにはもう無いかも知れない。
――この村は、来るたび来るたび様子が違うのだ。
しばらくは残っていてもらいたいものだ。
ついでに話して置くと――この外人街から降りてくる道もそうだし――一番最初にこの村に来たとき――女の子が曲がり角から自転車を押して出て来て――すぐに路上で凹凸をしたのだが――この曲がり角はあとになって、これとそっくりの場所が、実際に存在していることがわかったのだ。
これは実に驚くべきことである。
団地造成の話も、外人街からの坂道もこれも、みな実際に体験するより早く、異次元世界で体験していたのだった。
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