第2話 牢獄の魔王様
「なぜこうなった……」
人助けから数刻。
魔王イヴの姿は、牢獄の鉄格子の中にあった。
(いったい何を間違えたのか……我が魔王であったときなど、オークゴブリン連中などほぼ全裸みたいな恰好であったというのに……)
石と鉄ばかりの牢屋の中で、唯一外に繋がる鉄格子の窓を見上げながら、寝転がった魔王は考える。
そもそも魔王は三千年前の存在である。しかも人間の国を悉く侵略した大敵だ。些かの価値観のずれがあったとして、仕方のない話である。
まあ、全裸のままというのはあまりにも非常識が過ぎるけれど。
(憲兵の奴らに同情されたのは気に食わんが、服を我に献上した以上は見逃してやろう)
なお、彼を牢屋へと連行した憲兵たちでは、イヴを追い剝ぎにあった被害者と勘違いしたようだ。
イヴが人間からしてみれば、比較的少年的に見えるのも、その勘違いに拍車をかけたことに違いない。
(ともかく、ここからどうするか)
同情の対価に安物の服一式を手に入れたイヴは、牢獄の中で胡坐をかいて考える。
(勇者にやられたとて、我が世界征服の野望が消えたわけではない。ここは当初の予定通り、人の世に溶け込み、仲間集めに励む)
人の世界に馴染み、仲間を探す。
そう目標を立てたところで――
「……おい、貴様。先ほどから我を好機の眼差しで観察しているようだが、何のつもりだ」
イヴは振り返ることなく、背後にある別の牢屋からこちらを見ている人物へと話しかけた。
「…………ごめんなさい」
「謝罪に何の意味がある。我が問いているのはその行動の意味一つ。答えぬのならば、その口をきけなくしてやってもいいのだぞ」
答えが気に入らなかった魔王は、睨みを利かせて振り返る。そして威圧的に、イヴの隣の牢屋に拘留されている人物へと語りかけた。
ただ、
「ふんっ、なんだ子供か」
目に入った人間の幼さを見て、興が冷めたように息を吐いた。
牢屋にとらわれていたのは、10歳ぐらいの少女だ。くすんだ赤い髪に、ボロボロの身なり。おそらくはどこぞの路地裏に捨てられたみなしごの類であろう。
「子供。なぜ我を見ていた」
「子供じゃない。私はメノウ。名前で呼んで」
「我に向かって名を名乗るか。ふはははは! 相当肝は据わっていると見えた」
メノウと名乗った少女は、イヴに子供と呼ばれたことに酷く腹を立てたようで、ぷっくりと頬を膨らませて抗議の返事をする。
ただし、その程度の怒りなど魔王出なくてもどこ吹く風。むしろ、自分に文句を言ってきた彼女に対して、イヴは腹を抱えて笑った。
「気に入った! その将来性を見越して貴様を、魔王直々に、この時代における最初の魔王軍の一人として迎えてやろう。どうだ? そそる話であろう?」
気に入った。手を叩いて少女を見物したイヴは、彼女に向けてそう言った。
「……ま、おう?」
ただしここは牢屋で、彼は獄中の人。魔王軍に迎えてやると言われたところで、メノウには冗談だとしか思えない。
というか、魔王軍ってなにそれおいしいの? というような状態である。
「……もしかして危ない人?」
もしかしなくても危ない人である。
まさかロリコンの罪で牢屋に繋がれたわけでもあるまいに、メノウの危険センサーがビンビンだ。
「む、気に入らぬか」
「い、いや。気に入る気に入らない以前の問題というか……そもそも魔王軍ってなに……です」
危険な相手は刺激しないに限る。とりあえず、牢屋の端から端へとできる限り距離を取ったメノウである。この自称魔王があまりにも胡散臭すぎるのが悪い。
そんな風に警戒されてるともつゆ知らず、一方的に魔王は語る。
「我が魔王軍に入った暁には、まず幹部の地位を約束しよう。自由気ままな気風にはすぐに気に入るに違いない。空には困らぬし、暇になれば人間狩りも自由に――」
あ、だめだこいつヤバイ。
迂闊にかかわってしまったメノウが後悔した瞬間である。
10歳の子供にここまで思わせるイヴの語りは続き、それが続くほどにドンドンとイヴとメノウの心の距離が離れていく。
おそらくこれは、誰かが止めるまで続くことだろう。
早く、早く誰かこいつを止めてくれ――!
メノウが心底祈るように目を閉じた……その瞬間に、それは起きた。
メノウの願いが叶った瞬間である。
――ズガァアアアアアン!!!!
ただし、最悪な形で。
「……え?」
激しい衝撃音と共に、牢屋全体が大きく揺れる。まるで何かが爆発でもしたかのような衝撃だ。
……いや、まるで、ではない。
まさしく牢屋が、外側から、爆発したように破壊されたのである。
「な、何が起きたの……」
破壊されたのは、メノウのすぐ隣の牢屋。ちょうどイヴが収容されていた場所である。そこの壁が弾けたと思ったら、牢屋そのものを巻き込む形ですべてがはじけ飛び、全てが破壊と土煙の中に隠された。
幸いなことにメノウは距離を取っていたからケガはない。ただしここは牢屋。逃げ場もない。
そんな中、何かが起きた。
恐ろしい何かが。
そしてその何かは、ほどなくして土煙の中から姿を現した。
――MOOOOOOO!!!
「ま、魔物……!!」
牛柄の表皮に二メートルを超える体躯。人型ながらも、牛に似た角と蹄を持ち、ボディビルダーが裸足で逃げだすような筋肉を誇る怪物が、そこには居た。
「なんでこんなところに……なんで……嫌、私、わた……し、まだ、やらないといけないことが……」
その怪物は魔物と呼ばれ、人間たちを殺戮する恐怖の象徴である。
そんな魔物が目の前に現れた以上、メノウの未来に待っているのは死だけ。
「わ、わた……私、まだ死にたくない……!!」
恐怖で縮こまるメノウは、顔いっぱいの涙を流してそう叫ぶが、助けてくれる人などたかが知れている。何せここは牢屋。自分以外に居たのは、よくわからない妄想を語る狂人だけ。
そんな狂人も、牢屋をぶち破った魔物の一撃で、牢屋ごと吹き飛んでしまっている。
誰も、助けてなんか、くれない――
「……こんな時ぐらいさ……誰か、助けてよ……」
――もしも今までに一度でも、誰かに助けてもらえたら。こんな結末を迎えることはなかったのかも――
そんな思いがメノウの脳裏に過りながら、泣き崩れた彼女の体めがけて、魔物の巨体が襲い掛かった。
万事休す――
「――ハッハァ!!」
けれど運命は、彼女を見放さなかった。
「案ずるなよ子供よ! 貴様はこの時代における最初の魔王軍候補なのだから、その才能、開花するまで我が守り通して見せよう!!」
死んだとばかり思っていたイヴが、魔物の一撃を止めたのである。
「我は魔王! 亜人の王ぞ! どこの馬の骨かは知らぬが、闇討ちなど不敬千万! 直々に処刑してくれよう!!」
そして魔王の拳が握られる。
「食らうがいい!!」
それは何でもないただのパンチである。
けれどひとたび魔王が振れば、ただそれだけで紛うことなき必殺の一撃なのだ。
――MOOOOO!?!?!?
そして吹き飛ばされた魔物は空の彼方へ。
(ま、まも……え? 空に飛んで……えぇ……?)
あれだけ恐怖した魔物が吹き飛ばされた姿には、流石のメノウも口を開けて呆然とするばかり。
「爽快だな!」
そして飛んでいった魔物を見上げて、イヴはそう叫んだ。
それからぐるりと振り返り、彼はメノウへと訊ねる。
「それで、子供。魔王軍に入らぬか?」
その答えは――
「子供じゃない。私はメノウ……私を助けてくれたら、考えなくもない……です」
「そうかメノウ! ならば契約成立だな。申してみろ、我が貴様を助けてやる」
魔王イヴ。
第一の配下候補獲得――
けれど、魔王軍にはまだ遠い。
つづく。
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