魔王様の人助け~活躍してるはずなのに全然評価されないのはなぜなのか~

第1話 魔王復活


「ふ……ふふふっ……ふはははははははは!!」


 どこかの影の中、男の高笑いが鳴り響く。


「馬鹿め勇者が! 我は魔王、たとえその身を粉々にされようとも、魂さえ残れば塵から復活することだってできるのだ!!」


 彼の名はイヴ。

 かつて大魔王と恐れられ、世界を恐怖に陥れた存在である。

 彼が率いる魔王軍は世界各地を次々と侵略していくが、ある日現れた勇者によって、彼は討伐されてしまった。 


 けれど、そこはやはり魔王。ただで滅びるはずもなく、時を経て見事復活を遂げたのである。


「さぁて、この恨みはどうやって晴らしてやろうか……まずは一人一人磔にしてから、じっくり考えるとするか――」


 勇者への復讐を計画する魔王は、復活したそのままの足で、闇の外へと歩いて行き――そこで息を呑んだ。


「なんだ……?」


 光だ。

 闇から出てすぐ、彼の目に光が飛び込んだ。そして次に見えたのは大海のような青空を行く飛行船。その下に赤レンガの住宅や、巨大な風車が立ち並ぶ都が映り、その合間に溢れる人、人、人――


「な、なんだここは! 我は、我の魔王城はどこに行った!!」


 彼が蘇ったのは勇者との決戦の地。魔王城最上階にあたる場所だったのだが――


「ここはいったいどこなのだァァァアアアアア!!」


 しかしそれは、遥か昔の話。


 魔王討伐より三千年。

 魔王城跡地は、人間たちの街へと姿を変えて、復活した魔王を出迎えたのであった――



 ◆



「どういうことだ!」


 魔王は今、ひどく混乱していた。

 なにしろここは。間違いなく我が魔王城があった場所であり、その荘厳にして偉大なる居城の真上にて、荒廃した大地のすべてを見下ろすことのできる場所だったはず。


 だというのに、どういうわけか人間の蔓延る地へと変わり果ててしまっている。その事実に、更に魔王は冷静さを欠いてしまう。


「……ジョゼフ! ジョゼフはどこだ!」


 こういうときは、執事のジョゼフが何とかしてくれていたはず……だったのだけれど、呼んだところで返事もなし。


「マリアンヌ! ブーチェ! ギルドベルド! 誰か、誰か居らぬのか!!」


 その他、魔王軍幹部の名を呼ぶけれど、これらもやはり反応はない。皆、勇者にやられてしまったとでもいうのだろうか――


 となると、もしかせずとも彼が魔王軍最後の生き残り。

 そうなれば、嫌でも冷静になってしまう。


「……そうか。我は負けたのか」


 勇者に敗北した。

 今の状況がいくら意味不明だろうと、それだけは変わらない事実。


 けれど魔王はこうも思う。


「それで納得できるかは別問題だな」


 彼の領地に居た亜人族たちは、いずれも人間世界に馴染めぬ者ばかり。彼らにとっての理想郷と作るという約束は果たせないままで、潔く負けを認めるわけにもいかないのである。


「覚えていろよ勇者……我は必ず貴様を打倒し、再びこの地に魔王城を築き上げてやる」


 そう覚悟するが、たった一人で何かができると思いあがるほど、彼は愚かではない。ひとまずは人間社会に溶け込んで、仲間を集め、気を見計らうしかあるまい。


 ……そのためには、まず人助けから始めるべきか?


 そんな風に魔王が悩んでいれば、どこからともなく女の悲鳴が聞こえてきた。


「キャー!!」


 とここで聞こえてくる女性の悲鳴。


(なんと都合がいい悲鳴か! 普段ならば無視するところだが、今は好都合。ここは一つ助けに行ってやろうではないか!)


 人助けを画策する魔王にとって、この展開はあまりにも渡りに船。好機を逃すまいと、彼は光のような速さで悲鳴のした方へと駆けだした。


 そしたたどり着いたのは街の路地裏。魔王が蘇った闇のように暗いその場所には、女が一人、男が二人いた。


「おいおい嬢ちゃん。ちょっと俺らとお茶してくれるだけでいいんだよ~」

「は、放してください!」

「うるせぇぞ女! お前はさっさと兄貴についてこればいいんだよ!」


 どうやら現場は、女が悪漢二人に襲われているところらしい。ならばここは人助けとして、是非とも悪漢を追い払い、女を助けるべきだろう。


 その意思の下、走る我はその勢いのまま、男二人へと体当たりをぶちかま――


――ドゴォオオオオン!!


 ぶちかまそうとしたその瞬間、あろうことか悪漢の背後にある壁へと彼は思いっきり突っ込んだ。そのあまりにも見事な激突は、突撃先を間違えたとは思えないほどに芸術的に壁を粉砕した。


「なっ……だ、誰だ!」

「ふっ……ふははははは! 貴様ら、その女から手を離すのだな!」


 とはいえ流石は魔王。どれだけ間抜けな姿を晒そうとも、かっこつけることは忘れない。彼の威風堂々たる様は、まさしく魔王の威厳そのものである。


「はっ、なんだ大したことなさそうな奴だな」

「そうっすね兄貴! ここは一つ、立場の違いってものをわからせてやっちゃってくださいよ!」


 兄貴と呼ばれた大賀なら悪漢は、にやにやと下卑た笑みを浮かべながら魔王の方へと近づいてきた。


 続けて繰り出されるのはお決まりのセリフ。


「謝るのは今の内だぜ」


 もしもこれが、一般人であったのならば、その迫力から尻尾を巻いて逃げだすこと間違いなしの脅迫だったが――相手は魔王である。


「泣くのなら今の内だぞ」


 血も涙も。

 もちろん慈悲もない魔王である。


「ふざけたこと言ってんじゃ――ぐぇらぼぁ!!!???」

「ふん、雑魚が」


 彼の拳を前にすれば、大の男だろうと木の葉の如く空に舞い散るが定めである。そして吹き飛んだ兄貴分を見た子分もまた、同じ運命をたどるのだ――


「ぎゃぁ!!!」

「我が前で不埒を働くなど笑止千万。一度空でも飛んで、頭を冷やすがいいわ」


 何はともあれ人助け完了である。

 して、悪漢から助けた以上は、感謝の言葉もあるはずだ。そんな期待に胸を膨らませて、魔王は今か今かと女の感謝を待ちわびた。


「へ……変態だー!!!!」

「……なに?」


 変態と言われた魔王は、今一度自分の姿を確認した。

 そして気づく。全裸であったことに――


 それもそのはず、塵から復活した魔王である。まさか肉体と一緒に服まで復活するだなんて都合のいいことがあるはずもなく、彼は全裸のまま女性の前に飛び出したということになる。


 このようにして。


「我は変態ではない!! 断じて違う!」

「憲兵さーん!! この人変態ですー!!」

「なぜだ……なぜ人助けをしたというのに、なぜ憲兵を呼ばれなくてはならぬのだァ!!」


 三千年の時を経て復活した古の魔王。

 新たなる時代で始まった彼の第一歩は、変態の烙印と共に牢獄から始まるのであった――




 つづく。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る