第18話
それから、数日後。
アルカノ=レギオス魔導学院は、懸命な復興作業が進められ、少しずつだが、以前の活気を取り戻しつつあった。
ゼファルという狂気の指導者を失い、今回の事件でその非道な内情が白日の下に晒された魔導師会は、その権威を大きく失墜させた。
学園に対する強硬な姿勢も、さすがに維持できなくなり、大幅な軟化を余儀なくされたらしい。
学園のトップには、暫定的にではあるが、あのチャラい担任、ニコル先生が就任した。
彼はリュシアや、彼女と共に最後まで戦った生徒会のメンバーたちと協力し、これまでの魔法能力だけで生徒を一方的に評価する体制を改め、より自由で、多様な価値観を認める学園へと、力強く改革を進め始めていた。
俺が起こした、ただの個人的な騒動は、結果的に、この魔法至上主義の学園に、大きな“革命”をもたらしたのだ。
ミユは、俺や仲間たちの献身的なケアと、リュシアが手配してくれた学園の最新鋭の魔導医療技術のおかげで、心身ともに驚くほどのスピードで回復していた。
ゼファルによる精神的な呪縛からも完全に解放され、力の暴走の危険も、もうほとんどない。
今は、少し人見知りな面は残るものの、普通の生徒として、クレアたちと一緒に学園生活を送り始めている。
時折、彼女の未来視は、俺たちがくだらないことで笑い合っている、幸せな未来の光景を垣間見せてくれるらしい。
アイゼルは、ゼファルが倒れ、彼自身の忌まわしい過去(彼もまた、ゼファルによって作られた研究体の一人だったことが、後に判明した)に一つの区切りがついたとして、一度は学園を去ろうとしていた。
だが、学園のゲートの前で、俺とユウトに「おい、どこ行くんだよ!」「まさか黙っていなくなる気か? 水臭いじゃねぇか!」と全力で引き止められ、さらにリュシアからも「貴方には、まだ監視すべき対象(主にイオリ)がいるでしょう? 生徒会特別顧問として、学園に残るように」という、半ば強引な要請(?)を受け、結局、なんだかんだで彼はしばらくの間、この学園に籍を置くことになった。
口では文句を言っているが、彼も、この騒がしくて居心地のいい日常が、案外気に入っているのかもしれない。
そして。
平穏な日常が戻ってきても、俺を巡るヒロインたちの仁義なき戦いは、残念ながら終わる気配が全くなかった。
エミリアは風紀委員長の権限を最大限に(というか、明らかに乱用して)活用し、「風紀指導」という名目で四六時中俺に付きまとい、事あるごとに「ば、馬鹿! 勘違いするな!」を連発している。
クレアは相変わらずの天然ドジを発揮しながらも、毎日手作りのお弁当(たまに爆発する)を持ってきたり、不意打ちで抱きついてきたりする。
リュシアは生徒会長(改革派リーダー)としての多忙な仕事の合間を縫って、何かと理由をつけては俺に相談を持ちかけ(という名の個人的な接触を図り)、時折、以前の彼女からは考えられないような、穏やかな笑顔を見せるようになった。
そしてミユは、兄のように慕ってくれるのは嬉しいのだが、四六時中俺のそばを離れようとせず、他のヒロインたちに対して「イオリくんは私のお兄ちゃんなんです!」と、無邪気に牽制している。
「なんで俺ばっかり、こんな目に遭うんだよ」
俺は、今日も今日とて、彼女たちの終わらないラブコメ(?)戦争に頭を抱える日々を送っている。
俺の受難は、どうやらまだまだ続きそうだ。
◇
俺自身の身体から、存在が消えかけるような兆候は、あの日以来、完全に消え失せていた。
仲間たちとの強い絆、特にリュシアが施してくれた「存在固定式」と、ヒロインたちの(ちょっと重すぎる)想いが、俺という存在を、この世界にガッチリと繋ぎ止めてくれているらしい。
俺の“理不尽フィールド”をはじめとする超能力もなくなることはなく、むしろ以前よりも安定し、自分の意志でかなり精密に制御できるようになっていた。
まあ、無意識に魔法を阻害しちまう体質は、相変わらずみたいだけど。
俺はもう、自分の力を無理に隠そうとはしなくなった。
学園内で起きる様々な小さなトラブル(その原因の9割くらいは、俺を巡るラブコメ騒動なのだが)を解決するために、(相変わらず、心底面倒くさそうにしながらも)その力を使うようになる。
俺がこの学園にとって“異端”であることは変わらない。
だが、それが俺の個性として、ここにいる仲間たちには、当たり前のように受け入れられている。
それが、少しだけくすぐったくて、そして、どうしようもなく嬉しかった。
◇
ある日の放課後。
俺はいつものように、学園の屋上にいた。ここが一番落ち着く。夕陽が校庭を綺麗なオレンジ色に染め上げている。
フェンスに寄りかかって、ぼんやりと空を眺めている俺の周りには、いつの間にか、いつもの騒がしいメンバーが集まっていた。
「イオリ! 今日の夕食当番はあなたですよ!」エミリアが腕を組んで怒鳴っている。
「イオリくん、あの、これ新作なんですけど、試食してください!」クレアが、見た目が完全にアウトな紫色のクッキーを差し出してくる。
「明日の生徒評議会の資料なのだが、少し意見を聞かせてほしい」リュシアが、分厚いファイルを持って隣に立つ。
「ねぇねぇ、イオリくん、見て見て! 私、魔法で小さなお花、出せるようになったんだよ!」ミユが手のひらに咲かせた小さな光の花を、嬉しそうに見せてくる。
「お前ら、ホント仲良いよなー! 青春だねぇ!」ユウトがニヤニヤしながら茶々を入れる。
「フン」アイゼルは、少し離れた場所で、黙って缶ジュースを飲んでいる。
騒がしくて、くだらなくて、どうしようもなく面倒くさい。
でも、かけがえのない、俺の日常。俺の、大切な居場所。
俺は、仲間たちの喧騒を背中で聞きながら、ゆっくりと夕焼け空を見上げる。
(魔法が全て? 超能力が異端? そんなこと、もう、どうだっていいか)
俺の心は、以前にはなかった、穏やかな満足感で満たされていた。
(俺には、こいつらがいて、俺が帰る場所が、ちゃんとここにある。俺が、俺のままでいられる場所が)
俺は、小さく、本当に小さく笑みを浮かべる。
(ま、どうせ、これからも色々あって、死ぬほど面倒くさいことばっかりなんだろうけどな)
俺は、茜色に染まる空に向かって、あるいは、この物語を読んでくれた誰かに向かって、少しだけ得意げに、そして、やっぱり少しだけ面倒くさそうに、こう呟くのだった。
「――なんとかなるだろ、俺がいるんだからさ」
魔法至上主義の学園で、超能力者の俺が全員を黙らせるまで。 暁ノ鳥 @toritake_1
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