第2話 ハロー!愉快な仲間たち!

 朝、登校している皆に紛れながら、はぁ~。と白い息を吐く。

 秋も早々に終わり、冬に移ろうかと徐々に冷たい空気が辺りに充満し始めている。

 学校があるからと戒田さんとのお話は放課後に後回しにされ、私は何とも言えない心持ちで小学校への道を歩いていた。


「アリスさん、何だか浮かない顔だね」


 背中から話しかけられ、私は、んっ。と身を固める。

 別にやましい事があるわけではないけれど、今朝『お前は魔法少女だ』と言われたばかりなので、どんなトンチンカンな事が起こるのかと思わず警戒してしまった。


 振り返ると、そこにいるのはいつも通りの薄い笑みを浮かべる深山みやま 雪吹ふぶき君だった。


 雪みたいに色白なお肌に、水色のフレームの丸メガネ。パーカーの付いた服も白から薄い水色で統一していて、そのファッションの徹底ぶりには思わずため息が出てしまう。

 少し伸びた黒い髪が無ければ、雪が降ったらその中に見失ってしまいそうだ。


「何かあったのかい?」


「別に、何もないよ?」


 誤魔化す様に高い声を出して、そっぽを向く。

 雪吹君はその端正な顔立ちから、年齢を問わず女の子に人気だ。

 登下校が同じ道だから話す事は多いけど、私は別に何とも思ってないし、変な噂を立てられても困るのであまり話したくはない。

 一々名も知らない女の子たちに睨まれるこっちの気にもなって欲しい。


『また話しかけられてるのか。仕方ない、アリスはかわいいからな』


 胸元から、マグナスが冗談めかしてそんなことを言う。

 そりゃ、私は外国人とのハーフで見た目も目立つけれど、『かわいい』だなんて普段は言わない事を言ってくるのは、明らかに朝の会話の当て擦りだ。


『かわいいのは間違いない。それはそうと、どうだ? 魔法少女と言われて』


 マグナスの声は私の以外の人には聞こえない。

 だから幾ら話しかけられようと今答える訳にはいかないのだが、マグナスはそんなことお構い無しだ。

 これが自称おしゃべりなネックレスの本領と言うことだろうか。


『とは言え、会話もそこそこに学校の時間になっちまったからな。戒田さんはまた放課後に話してくれるらしいが、今のうちに俺からも少し話しておくか?』


 周りに気付かれないように頷くと、マグナスは、よし。と呟いて、続きを話し始める。


『先ず、基本的に【ワーム】は魔法少女や陰陽師の様に霊力が高い人間にしか見えない。あ、霊力ってのは人間に宿るエネルギーだ。ガソリンとか、スマホの充電みたいなイメージで良い』


「ねぇ、アリスさん」


 ちょい待ち。

 マグナスの説明が始まる筈だったのに、雪吹君が横から加わってきてしまった。

 いや、雪吹君にマグナスの声は聞こえないから横からも何もないのだが。


「な、なに? 雪吹……さん」


 先生から『さん付けで』と口酸っぱく言われてるのを失念していて間が空いてしまったが、何とか笑顔を張り付けて雪吹君の方に振り返る。


「いや、いつもより元気が無いし俯いてるから……風邪でもひいてるんじゃないかって」


『風邪と言えば、体調が悪いときは霊力がかなり弱くなる。霊力は人の生命力そのものだからな、急に全部使ったりしたら死んじゃうかもしれないから気を付けろ』


 今その説明続けなきゃダメかな!?

 別にマグナスとはいつでも話せるんだから後でも良いじゃん!

 て言うか、死んじゃうって!

 ホントに今言わなくて良いじゃんそれ!


「あの、大丈夫? 顔が青白くなってるけど……あいや。僕が言えたことじゃないけどさ」


『霊力はそうそう無くならない。だからそんなに青い顔しなくても良いぜ、アリス』


 同じ励ましの筈なのに何故こうも違うのだろう。

 引いた血の気が、マグナスへの呆れで舞い戻ってきた。


「うぅん、大丈夫。ちょっと、ほら。最近寒いから」


「そう?」


「そうそう! いやー寒いなー。息も顔も白いなー」


『大根役者かよ……いてっ』


 一々茶々を入れてくるマグナスをデコピンで小突きつつ、雪吹君から距離を取る。

 いつも通り振る舞っているつもりでも、多少顔に出てしまっているらしい。このまま追求されても上手く言い訳出来る自信が無いし、ここは無視を決め込む事にする。


『俺も雪吹とは顔を合わせない方が良いと思うぞ。やけに勘が良い。下手に【ワーム】について知られても困るからな』


 勘が良いだけで魔法少女や【ワーム】の話に行き着くだろうか。いや、私がぽろっ。と言っちゃう可能性はあるけど……。


『それで、霊力については話したな』


 あぁ、そうだ。今はマグナスの説明を聞いてる最中だった。私が黙っていると、マグナスは話を再開した。


『霊力は実に色んなものに使える。陰陽師たちの使う『妖術』、魔法使いや魔女たちが使う『魔術』、霊能力者たちが使う『霊術』、後は呪いとかか。細かい違いはあるが、全てに共通するのは霊力を消費して使ってるところだ。さっき霊力は充電って言ったろ? そう言う大雑把なイメージで良い』


 ふーん。と心の中で感心する。

 マグナスがまさかそんなに色んな事を知っているとは思っていなかった。

 『妖術』に『魔術』……。と言うことは魔法少女も魔法使いと同じように『魔術』を使うんだろうか。


『残念ながら、アリス。魔法少女が使うのは『魔術』じゃない』


 心を読まれた。

 マグナスにそんな力は無い筈なのに。

 怖い。


『魔法少女が使うのは『魔法』だ。魔法少女は一人につき一つ、特殊な『魔法』を持つ。この『魔法』が実に強力で、だからこそ魔法少女であるアリスが監視されているとも言える』


 そうだ、私は一応陰陽師である戒田さんから監視される身だった。

 しかし言うほど危険なんだろうか。


『とある魔法少女の『魔法』は山を消し飛ばしたらしい』


「山!?」


「え! 何!?」


 思わず言葉が飛び出た口を必死に抑えて、私は雪吹君の方に振り返る。

 まさか聞こえてない訳はなかったけど、確認せざるを得なかった。


「い、今の聞いてた?」


「えっと……川?」


「え、何それ?」


「あ、いや。『山と言えば川と返す』って言って、武士がお互いが仲間だって確認する暗号みたいな……」


「へ~。よく知ってるね」


「あ、あはは……」


『なんてトンチンカンな会話……』


 トンチンカンな事は起こらなかったけど、トンチンカンな会話は起こってしまった。

 しかし生憎、マグナスのツッコミは私以外には聞こえない。そしてトンチンカンとは言え、私が叫んだ事については誤魔化せた筈。

 けっかおーらい。だ。


「それで、山がどうしたの?」


 全然誤魔化せてなかった。

 雪吹君はニコニコと笑いながら、こちらの言葉を待っている。別にスルーしてくれたって良いのに……。そう言うところは意地が悪いと言うか、容赦がないと言うか……。


「山……あ! 山上先生! 山上先生がこの前、発表会の為に班を作ってねって言ってたでしょ? 今日までだけど私まだ班を組んでくれる人探してなくてさ~。誰かいないかなって」


 よし、これは上手く誤魔化せたと心の中でガッツポーズを作ったが、雪吹君が、パアッ。と顔を明るくさせたのを見て、ん?と首を傾げる。


『おい、雪吹は女子の誰と班を組むかで揉めて、まだフリーだろ。誘うような事言ってどうすんだ』


「あ、そっか……! あ、あのね雪吹さん……」


 訂正しようとしたが時既に遅し。

 雪吹君は満面の人懐っこい笑みで、私の手を握ってきた。


「じゃあ一緒に班を組まない? 実は一人だけ他にあてがあるんだ!」


「あ、はい。ヨロシクオネガイシマス」


『断れよ。また女の子たちからすごい目で見られるぞ』


 無理だよ~。あんな笑顔向けられたら断れない……。と言うか誘われといて断った方が他の女の子たちに対して角が立つ気がする。


「それじゃ、僕は先にもう一人の子に言ってくるね。班は四人だから女子を一人誘って欲しいな。また学校で!」


「あ、ちょっと……」


 もう少し相談したかったのに、雪吹君は言うだけ言って走り去ってしまった。

 ただでさえ女の子の中で孤立しているのに、一体誰を呼べと言うのか。


『誘えるのは一人しかいないだろ?』


「そりゃそうだけど……」


 雪吹君が居なくなって、ようやくマグナスと声で会話する。

 余り仲の良い女の子が多くない私にも、唯一親友と呼べる子がいる。その子を誘うしかないだろう。


「でもどうかな~。美姫みきちゃん雪吹君の事嫌いだからなぁ……」


 椎良しいら 美姫ちゃん。快活で、何事もハキハキとこなす明るい子だ。

 美姫ちゃんは母子家庭で、境遇が似ているのも私との仲のよさに拍車をかけていた。

 しかしどうにも雪吹君とは馬が合わないらしく、いつも雪吹君の話をすると嫌そうな顔をする。

 そんな美姫ちゃんにどう説明しようかと悩んでいる間に、小学校が直ぐ近くに見えてきた。


「あ、美姫ちゃん!」


 丁度校門の前に美姫ちゃんを見つけて、私は手を振って駆け寄る。


「アリー! おはよう! そして誕生日おめでとう! 10歳だっけ?」


 美姫ちゃんは私の方を見て、私の愛称と共に嬉しそうな笑顔を弾けさせる。

 短く切り揃えたボブカットに、茶色がかった透き通る様な目。明るい笑顔まで加われば、それは正に私の親友である美姫ちゃんだった。


「そう! これで美姫ちゃんと同い年だね」


「身長はまだ私のが上だけどね~」


「そのうち追い抜くもん!」


「抜かれるもんですか」


 相変わらず、眩しい程の笑顔だ。

 雪吹君のぼんやりとした薄い笑みとは正反対。比べるような事を言ったら、美姫ちゃんは嫌がるだろうけど……。


「ねぇ、今度の発表会の班だけど……」


 代わりに早速、班についての相談を持ちかけると


「うん? 一緒の班だよね。良いけど、後二人はどうするの?」


 この親友はまさか別の班になることなど微塵も考えていなかったようで、残りの二人について聞いてきた。

 話が早い。世の中の人たち皆とこのくらいサクサク話せたら良いのに。

 雪吹君はどうにもこっちのペースが乱される。

 ひょっとすると、美姫ちゃんが嫌っているのはそういうところなのかもしれない。


「えっとね……さっき雪吹君から誘われて」


「えぇ?」


 まさか受けたのかとでも言いたげに顔を歪められた。分かりやすすぎる。


「でも、ほら。もう皆班を組んじゃって人がいなさそうだったからさ。雪吹君がもう一人連れてきてくれるって言うし……」


「ふーん。ま、アリーが良いなら良いけど」


 美姫ちゃんは唇を尖らせながら、渋々了承してくれた。

 私たちは教室に向かいながら、早速発表会について話し合う。


「期間は一週間だっけ……さっさと終わらせましょ」


「そうだね。『街の名所』だよね、発表のお題。どこが良いかな~。神社? それとも図書館とか……」


「やっぱ今はあれでしょ。電話ボックス」


「電話ボックス?」


 なにそれ?と私は首を傾げる。


「赤い屋根のケーキ屋さんの前の電話ボックス、知らない?」


「赤い屋根? そんなケーキ屋さんあるんだ」


「街の端っこだけどね。アリー、チョコケーキとか好きなのに知らないなんて珍しいね。変なところにあるお菓子屋さんもめざとく見つけてくるのに」


「えへへ、ありがとう」


「や、褒めてはないけど……」


 ガーン。


「そ、そんな顔しないでよ……とにかく! その電話ボックス、変な噂があるの」


「もしかして怖い話?」


「そうそう。こわーい話」


 美姫ちゃんは恐ろしげに声を潜めて、ヒヒヒ。といじらしく笑う。

 電話で怖い話とくれば、どうしても今朝の騒動を思い出さずにいられない。


 電話から飛び出る黒いモヤ……マグナスと戒田さんはあれは【ワーム】の仕業だと言うけれど、私にはまだいまいちピンと来ない。

 まさか、今回の噂とその【ワーム】に関係は無いだろうけど……。


「何でも、その電話ボックスから夜な夜なすすり泣く声が聞こえるんだってさ」


「えー? それホント?」


「ホントだって! 本当に聞いたって人結構いるんだから!」


「ん~」


 疑わしい。

 とっても疑わしい。


「それに名所とはちょっと違うんじゃ……」


「ま、そりゃそうだけどさ。他の人たちと被るのも嫌じゃない?」


「それもそうだね~……」


 ただでさえ雪吹君の件で反感を買うだろうから、変にパクリだの何だの言われたくない。

 おりじなりてぃーという意味なら一番なのかもしれない。


「まぁ取り敢えず雪吹君ともう一人にも聞いてみて……」


 言いながら、美姫ちゃんが教室のドアをスライドさせると、ジッ。とクラス中の視線が私たちに集まった。

 もしかしてもう雪吹君と同じ班になったという話が広がってしまったのだろうか。

 私が思わずドアの影に隠れると、美姫ちゃんがギロッ。と教室を睨む。


「……何よ」


 その迫力に押されたのか、生徒たちが慌てて視線を剃らす中、雪吹君だけが相変わらずの薄い笑みを浮かべながら、こちらに近づいてきた。


「美姫さん、もしかして一緒の班になってくれるの?」


「アリーの頼みだからね。それで? あんたがもう一人連れてくるんでしょ? 一体誰よ」


「俺だ」


 私の横、つまり美姫ちゃんの後ろから、野太い声が聞こえてきた。

 この年には少し珍しい、声変わりした声と、ぬぅんと言う効果音でも付きそうな位大きな影。

 間違いない、佐久名さくな 創哉そうや君だ。


「さ、佐久名さんだったんだ……」


「文句あっかよ?」


「いや、別に……」


 佐久名君はとにかく大きい。肩幅も身長も、ついでに態度も。

 高校生と言われても思わず頷いてしまう程の威圧感を放ちながら、着ている服には『Love & Peace』の文字。

 怖がれば良いのか笑えば良いのか……今のところ、笑った人を見たことはないけれど。


「ちょっと、アリーにガン飛ばさないでよね!」


「そんなつもりはねーよ。それと、あー……鴫山と椎良が一緒の班であってるよな?」


「あ、あってるよ!」


 何とか声を出すと、佐久名君は私をのっそりと上から見下ろす。


「そうか、よろしく」


 ぬっ。と差し出された手に少しびくびくしながら、両手で握り返す。

 これで皆が私たちに視線を向けてきた理由が分かった。人気者の雪吹君と組むことへのやっかみと、何かと恐れられる佐久名君と組むことへの同情。

 そういうことらしかった。


「……どいてくれるか」


「あ、ごめん」


 入り口を塞いでいたことを思い出して、佐久名君に道を譲る。

 のっしのっしと、自分の席に向かう佐久名君へ視線を向ける人は一人もいない。

 元々その小学生離れした体格から遠巻きに見られがちだったのが、四年生になったばかりの時に怖い大人と喧嘩したという話が広がり、すっかり恐れられる存在になってしまった。

 かく言う私も、目を合わせられる自信がない。


『険悪だな』


 シン。と静まり返った教室に、マグナスの聞こえない声だけが響いていた。

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