魔法少女は願わない

@Kinoshitataiti

第1話 アリスは魔法少女!?

 胸元に一つ煌めくのは、大粒の真珠。

 ネックレスとして、誇らしげにそれを首からぶら下げるのは金髪黒目の女の子。

 名をアリス。


 彼女が今立つのは、前人未到の不可思議な海域であった。

 立派な帆船は風を受けてぐんぐんと前へ進んでいく。


 帆船にアリス以外の船員はいない。

 道中嵐に襲われたこの船は、操舵手を残して壊滅していた。

 運命に導かれてか、彼女の好奇心に手を引かれてか、荒れ狂う海で彼女は一人、船の舵を取っている。

 否、一人ではない。

 彼女には勇気と希望と……


「俺がいる。忘れんなよ」


 跳ねた波に濡れた真珠のネックレスが、男性の声で流暢に言葉を話した。

 彼はマグナス。自称おしゃべりなネックレスである彼は、アリスの母の形見である。


 マグナスはアリスがどこに行こうとも、いつの間にか首にかかっている為、一時期は呪いのネックレスなのではないかと疑いもした。

 しかし、マグナスはアリスの孤独を紛らわしてくれる唯一の存在でもあった。


「分かってるよ、もう」


 興が削がれたとばかりに唇を尖らせて、アリスは舵を右に回した。

 船は大きく旋回して向きを整えると、真っ直ぐ目的地へ向かっていく。


「どこへ向かうんだ? 船長」


 マグナスの問いかけに、答えは分かりきっているとばかりにアリスは右手を天に掲げる。

 指差す先にあるのは巨大な一本の木。

 木にはオレンジ色に光る実がいくつも実っており、実から遠く離れている筈の付近の海も、その実の発する光でオレンジに染められていた。


「"太陽の実"! あれを持って帰れば大金持ちだよ!」


「そればっかだな、アリス」


 マグナスは呆れたようにため息をつくが、アリスの目は真剣そのものだ。


「あれを持って帰ったら美味しい物を食べて、新しいお洋服も買って、そして……」



「アリス」



 ハッ。と、私は後ろを振り返る。

 瞬間、世界が一気に色褪せていった。

 船は切り株に、荒波は陳腐な土に、巨大な木はアリスの三倍ほどの大きさに、"太陽の実"は柿に……。


「……ここから抜け出してやる」


 私は妄想の世界からのセリフを引き継いで、ようやく現実に戻ってきた。


「それはいただけないな。一応、お前は【陰陽師協会】の監視下におかれてるんだ」


 そう言ってため息をつくのは、戒田さんだ。

 私の言葉が冗談だと分かっているのか、お決まりの文句を言って気だるそうにしている。

 戒田さんは白髪交じりの、言葉を選ばず言うとおじさんで、いつもどこかくたびれた雰囲気を醸し出している。


 これでも【協会】に所属するちゃんとした陰陽師らしく(それらしい働きは見たことがない)、私と暮らしつつ私の事を監視しているらしい。

 いや、正確には私"たち"だ。


『相変わらず無気力な人だな。もっとシャキッとすれば男前だろうに』


 胸元に下がるネックレスから、呆れたような声が聞こえてくる。

 マグナスは、私が妄想の世界から持って帰ってきた、妄想ではない確かな現実である。


 自称おしゃべりで、お母さんの形見。そして大事な友達だ。勿論、呪いのネックレスの下りも本当だ。

 お母さんが亡くなった次の日、遺品として届いたそれを手に取ったその時から、マグナスは私の側にいてくれている。


「戒田さん、今日の晩御飯なにー?」


「カレーだ」


 戒田さんも、冷たいながら私を見捨てるようなことはしてくれない。

 ご飯は作ってくれるし、私の部屋も用意してくれた。

 私が父の日に書いてきた絵も丁寧に飾ってあって、仲良くしたいのかしたくないのかよく分からない。

 私は仲良くしたいけれど。


「楽しみ! 戒田さんもカレー好きだもんね!」


「……」


 今のところ、私からの歩み寄りは大体空ぶっている。


 ご飯を食べ終えて自分の部屋に戻った私は枕につっぷしながらため息をつく。


「は~……。どうやったら戒田さんと仲良くなれるかなぁ」


『それって、普通は戒田さんの方が頭を悩ませるもんじゃないのか?』


「私はもう戒田さんの事信用してるし」


 四年前。母のお葬式の後、戒田さんは私をこの家に連れてきた。

 お父さんすら知らない私は初めこそ大人の男の人である戒田さんを警戒していたけど、なんだかんだ優しい戒田さんを見て警戒するのがバカらしくなった。


「もう四年だし、家族だし、仲良くしたいんだけどなぁ」


『そりゃあ一応お前は戒田さんの養子だけどよ、監視されてるってことを忘れるな』


「なんで私なんか……」


 なんで私を監視しているのかは四年経った今でも検討もつかない。

 監視するにしても、私じゃなくてマグナスメインだろう。


「お母さんに会いたいな」


『アリス、それは……』


「分かってるよ、言ってみただけ」


 明日は私の誕生日で、そしてお母さんの命日だ。

 少しくらいお母さんを恋しがったって良いじゃないか。


「誕生日、戒田さんは祝ってくれるかな」


『今までだって、ケーキは買ってもらってただろ』


「歌くらい歌ってくれても良いじゃん」


 ケーキは買ってくれるのに、お祝いの言葉は言ってくれない。

 このチグハグな戒田さんの行動に私はほとほと困り果てていた。


「いい加減諦めて仲良くしてくれたら良いのに」


『どこの悪役のセリフだよ……』


 マグナスの冷静な指摘を受け流して、私は目を閉じる。

 誕生日はきっと、良い日になると信じて。







 ーーリリリリリリ!


 目覚まし時計とは違う甲高い音で、んー。と目を開ける。

 何だろう。聞いたことあるけど……。


『アリス、居間の固定電話だ』


 ぼんやりと目を擦っていたけど、マグナスに言われてパッ。と目が覚めた。


「電話!? か、戒田さんは?」


 枕元の目覚まし時計を見るとまだ朝5時。戒田さんが家にいてもおかしくない時間だが……。


『今日はもう出掛けたようだな』


「間が悪い!」


 急いでベッドから飛び起きて、居間の受話器を耳に当てる。


「はい! 鴫山しぎやま アリスです!」


「……」


「あ、あれ?」


 電話を取ったのに、向こうからは何も聞こえてこない。もしかして切れてしまったのかと思ったけど、固定電話の液晶には『通話中』の文字が浮かんでいる。


「あのー、もしもし?」


 学校で習った通りに電話を取ったけど、まさか何か失礼な事をしてしまったのかと恐る恐る電話口に話しかける。


「アリス……?」


 すると、弱々しい女性の声が聞こえてきた。


「はい! アリスです! どちら様ですか?」


「アリス……アリス、アリス。アリスアリスアリスアリスアリス……」


「な、なんですか? あの……」


『アリス!? 何だこれは!』


「え? 何?」


 マグナスの声に首を傾げて、電話から胸元に視線を移すと、何やら黒いモヤの様なものが私の体に巻き付いていた。


「きゃぁぁぁあああ!? 何これ!」


 全然気付かなかった。

 いつの間にかマグナスがすっかり黒いモヤに隠れてしまってるし、電話からの声も止まらない。


「アリスアリスアリスアリスアリスアリス……」


『アリス! アリス!? 前が見えないんだが!』


「ちょちょ、ちょっと待って!? 二人で話しかけないで!」


 脳が混乱する。

 電話の先の声は誰のものなのかとか、この黒いモヤは何なのかとか、マグナスに視界があったのかとか。

 マグナスに視界?


「マグナスって目あるんだ」


 四年越しの新発見だ。


『今気にするのはそこじゃないだろ! この黒いモヤモヤはどこから出てる!?』


「え? えーと……」


 体に巻き付いている黒いモヤを辿ってみると、それが受話器から漏れだしているのに気付いた。

 受話器の、相手の声が出る部分からモクモクと黒いモヤが溢れだしている。


「で、電話から出てるみたい」


『電話を切れ! 直ぐに!』


「う、うん!」


 ガチャリと受話器を置くと、黒いモヤもたちどころに消えてしまった。


『ふぅ。前が見えるようになった。大丈夫か? アリス』


「大丈夫だと思うけど……」


 体を見渡すが、特におかしい所は無さそうだ。

 あの黒いモヤも、纏わりついてくるだけで特に締め付けてきたりはしていなかった。


「何なんだろ……」


『……【ワーム】かもな』


「え? 何?」


 聞き慣れない言葉が、マグナスから飛び出した。


「【ワーム】って……ミミズとか?」


『どっちかと言うと、芋虫だ。まだ幼虫だと良いが』


「ねぇ、何の話? 芋虫とさっきの電話、何か関係があるの?」


『あぁ、そうだ。関係がある。そして、俺たちが隠してきた事にもな……』


「隠してきた事……」


 ドキッ。と胸が跳ねた。

 そうだ、さっきの黒いモヤはまるで漫画やアニメみたいな、現実味の無い不思議なものだった。

 電話から聞こえてきた声と言い、まるでホラー映画だ。

 そして、戒田さんは陰陽師……。


『偶然とは言え関わっちまったんだ。隠す方が危ない。だろ? 戒田さん』


「へ?」


 私が辺りを見渡すと、居間に、息を切らした戒田さんが佇んでいた。

 そして少し苦しそうな顔をした後、はぁ……。と息を吐いた。


「間に合わなかったか」


「あの、戒田さん……きゃっ!?」


 私がおずおずと近付くと、戒田さんはその大きな手で私の頭をワシワシと撫でた。

 初めての事に、思わず声が出てしまう。


「【ワーム】の反応があったから慌てて戻ってきたが……まぁ、無事で良かった。マグナスからどこまで聞いた?」


 今までのつっけんどんな態度とは違う、優しい声。


「え? えっと……その【ワーム】? のせいかもって」


「そうか。まぁ、座れ」


 促されて椅子に座ると、戒田さんも向かいの椅子に座る。

 ご飯を食べる時のように対面する形になって直ぐに、戒田さんは、またため息をついた。


「そうだな……じゃあ、【ワーム】の話からするか」


「教えてくれるの?」


「あぁ……」


 観念したように、戒田さんは項垂れている。

 私があの電話を取った事で、事情が大きく変わってしまったみたいだ。それで直ぐにすんなりと教えてくれるのに違和感はあるけど。


「【ワーム】は人間の『願望』から産み出される怨霊だ」


「怨霊……あ、だから電話から出てきてたんだ」


 何かのホラー映画で見たことのあるシチュエーションだ。


「大分偏った知識だが……まぁ、そんなイメージで良い。【ワーム】は自分を産み出した人間や執着のある物体に取り憑き、元になった『願望』の為に周りに害を及ぼし始める」


「害……」


 呟きながら、私は先ほどの黒いモヤを思い出していた。

 あれはどんな『願望』から産まれたんだろう。

 あれも放っておいたら、私やマグナスを傷つけたりしてたのかな。


「奴らは自分の願いを叶える為なら何でもする。そして願いを叶え続けた【ワーム】は成虫になり、取り憑いていた人間や物体から独立する」


「独立? 成虫って事はチョウチョになるのかな」


「確かに【ワーム】は芋虫って意味だが……成虫は色んな姿をとる。熊とかトンボとか……とにかく、そうなったらもう手が付けられない。『願望』の為に、それまで以上に暴れ始める」


「何だか危ないんだね」


 となると戒田さんたち陰陽師はそれを倒すのがお仕事と言ったところなのだろう。

 怨霊を退治する陰陽師。

 それっぽい。


「他人事みたいだがな、アリス。マグナスはその首飾りに取り憑いた【ワーム】だぞ」


「え!?」


『おい、そこまでバラさなくても良いだろ』


 驚いてマグナスに目を向けると、正体をバラされたマグナスが気まずそうに唸っている。


「え、でもマグナスは危なくないよ! だから退治しないで!」


「分かってる。異例なんだ、マグナスは。周りに危害を加えない上、アリスにしか声が聞こえない。だから今のところ退治するのは保留されている」


「よ、良かった……あ、もしかして私たちを監視してるのってそれが原因? マグナスが私から離れないから私も一緒にとか……」


『それは違うぞ、アリス』


「そうだったら良かったんだが……」


 意志疎通が出来ない筈の二人から、息ぴったりに否定された。

 我ながら中々な閃きだったと思うのだが、どうやら違うみたいだ。


「陰陽師たちが警戒しているのはな……アリス、お前なんだ」


「え! 私!? でもほら、私は普通のかわいい女の子だよ?」


『かわいい、て』


 マグナスの小声は無視して、うーん。と唸る戒田さんを見つめる。

 きっと戒田さんも他の陰陽師も何か誤解してる。

 魔法少女でもあるまいし、私にそんな不思議な力はない筈だ。


「アリス。俺たちがお前を警戒しているのは、お前が世界で唯一のかわいい魔法少女だからだ」


「ん?」


 まさか戒田さんが『かわいい』に乗ってくれるとは思っていなかったが、問題は戒田さんのノリの良さじゃない。

 マグナス風に言うなら『そこじゃないだろ』だ。

 困惑する私に、戒田さんは念押しするようにもう一度言った。


「お前が、世界で唯一、魔法少女になれる人間だからだ」
















 むかしむかし、あるところに。ひとりのまほうしょうじょがいました。


 かのじょはじひぶかく、あいらしく、そしてとてもつよかったそうです。


 かのじょはわるいひとをゆるせませんでした。


 かのじょはかぞくのためにたたかいました。


 かのじょはともだちのためにたたかいました。


 かのじょはてきのためにたたかいました。


 かのじょはせかいのためにたたかいました。


 そしてついに、かのじょはせかいをこわそうとする"まおう"とたたかい、しょうりをおさめました。


 せかいはへいわになったのです。





 あるとき、だれかがいいました。


 かのじょがおとなになったとき、せかいをしったとき、ぜつぼうしたとき、しつぼうしたとき、かのじょはそれでも、せかいのためにたたかえるのかと。


 かのじょがせかいのてきになったとき、いったいだれがとめられるのかと。


 かのじょはいつまで、まほうしょうじょでいられるのかと。





 そしてかのじょはころされました。


 かのじょはかぞくにころされました。


 かのじょはともだちにころされました。


 かのじょはてきにころされました。


 かのじょはせかいにころされました。



 かのじょはせかいをにくみました。



 だれかがいったとおりに。


 だれかのことばどおりに。


 だれかのけねんどおりに。


 だれかのぎねんどおりに。


 かのじょはせかいのてきになりました。


 でも、かのじょはせかいをこわせませんでした。


 もうあがらないじぶんのうでをながめながら、かのじょはしんでいたのです。



 せかいはへいわになったのです。


 めでたし、めでたし。




 陰陽師協会 大図書館 『魔法少女大全』

 ~魔法少女【望郷】の口伝~  より

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