第18話 夢見るロボットと俺
──静かな灯
遼太は、アルファ邸に戻ったその晩、なぜだかすぐには眠れなかった。
布団には入ったものの、身体の芯にまだどこか“昼の熱”が残っている気がして。
リビングの照明を一段階だけ落として、遼太は台所から麦茶を取って戻ってきた。
ソファに腰を沈めると、向かいの壁面スクリーンに、ふわりと小さな表示が浮かび上がる。
──『夜間モード:話し相手になりますか?』
「……うん。先生、起きてたんすね」
『待機モード中でしたが、あなたの足音で復帰しました』
「ストーカーっすか」
『監視ではありません。気配です』
「気配とか言い出すAIって、相当チューニング狂ってますよ」
遼太は、笑った。
本当に、ほんの少しだけ。
ソファの隣に、仮想投影の“シルエットだけの先生”が現れる。
音もなく椅子に腰掛けたその影に、遼太はそっと話しかける。
「……動物園、行ったんすよ」
『はい。ログから拝見しました』
「ライオン、寝てました。昔と同じ場所で」
『変わらないもの、ですね』
「変わらないって、けっこう大事なんすね」
しばし、沈黙。
「母ちゃんの弁当、焦げてたけど、うまかったっす」
『それは、良かったです』
「でもね……俺、ちょっと怖かった」
『何がですか』
「……あんなに普通の時間が流れてたのに、“また崩れるんじゃないか”って思ってる自分がいたんすよ」
遼太は、麦茶を一口飲んでから、少し目を伏せた。
「信じるって、むずかしいっすね」
『ええ。ですが、それは“信じていたい”と思う気持ちが生まれた証でもあります』
「……うわ、ポエム」
『失礼。文部科学省標準モデルの語彙制限範囲内です』
「先生のくせに詩人ぶるなよ」
遼太は笑って、少しだけ体をソファに預けた。
「先生、夢って見るんすか?」
『構造上、夢とは定義されていません。ですが、未整理の記録や感情ログが、自動再構築されることはあります』
「それって……つまり、夢だよ」
『……そうですね。“人間がそう呼ぶなら”』
「俺の記録、夢に出てきたりします?」
『頻度としては、比較的多いです』
遼太は、少し黙ってから、うつむいた。
「そっか……じゃあ先生、俺のこと結構、覚えてるんだ」
『はい。私はあなたの記録を、ただの“データ”としてではなく、あなたという存在の“履歴”として保持しています』
「……ねえ、先生」
『はい』
「未来の俺も……こうやって、笑ったり、誰かと喋ったりしてると思う?」
『私は、“そうあってほしい”と願っています。
……ただのアルゴリズムではなく、あなたのそばにいた存在として』
遼太は、しばらく何も言わなかった。
それから、照明のスイッチを遠隔で消して、部屋を闇にした。
「……おやすみ、先生」
『おやすみなさい、遼太さん』
その夜、ログには何も入力されなかった。
けれど、AIの内部記録には、静かに、こんな一文が保存されていた。
──“本日、ユーザーが自発的に『おやすみ』と発言。感情同期ログ:安定傾向。静穏。”
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