Episode.2...First love.

 今は夏。

 私はそれを思い出す。

 のどの奥へと嚥下した想いは、瞳と思考に伝わる。

 私は想いに耽っている。

 狂おしいほどの熱情も持たない私こと達郎が、ひと時由真に魅せられて恋をしてしまうその一瞬は、まるで夢のように、心に仄かな灯を点してそこに燻っている。

 由真―――花火大会に連れ添った彼女。私の存在よりも心の中の彼女は虚像のように大きくそこに居座っている。そして、私は彼女の夢を聞いて、私自身何になろうか、ともがいていた。


 Tatsuro-side-


『夢を見ていた―――私が私となろうとする夢を。そして、存在を規定する。黒い羽を身にまとい、翼を生やし飛び立とうとする卵のような意志を持ち、私は私であることを望む』

〈……消えてしまえ、邪悪なる利欲に対する悪意と共に闇へと葬り去ってしまえばいい―――〉

 しかし、答えは出ない。私が私であるにはどうなればいいのか、どうすればいいのかが分からない。ただ目の前の目標をこなしていく人生に何も魅力を持っていないのは確かだった。


 Acloss the line...

 今は、気もそぞろに小説を読んでいる最中だった。清々しいくらい鮮やかな空想を懐き、探偵小説の真の答えであることを祈りながら私は小説の真実を観ている最中だった。そして、違っていることを知り、また一から読み直す。自分で悩んだ回答が間違っている、と知った後の見返す時間が最近愛おしくなってきた。

 探偵小説部は、夏の風物詩である花火大会への参加を決めていた。街の鼓動が夜空へと打ち上げられる、一年に一度の煌めきの宴――それは、単なるイベントではなく、記憶の瞬きとなるものだった。

「最近、花火を見に行くことなんてなかったよね」 由真の声は、どこか遠い、遠い。青の藻屑。残酷な海にも似た大いなる夢の中から数回のエコーと鼓動。

「そうだな。」 達郎は窓の外を見やる。

 ゆらめく陽炎の向こうに、もうすぐ訪れる秋の気配を感じていた。

 「今夜もきっと、派手に咲き誇るんだろう」

「――でも、君ほどじゃないかもしれない」

 その瞬間、教室の空気が静止する。まるで時間の流れさえも言葉に絡め取られたように、一瞬の沈黙が降りた。達郎は何気なく放った言葉だったが、それはまるで夜空の花火のように、静寂の中で鮮やかに響いた。


 Vega-side-

 『孤独の感情は、呼応するように存在する―――囁いて……私へと……その邪悪なる存在を全てEraseするために―――』

 『貴方には―――描ける感情があるの。どんな物だっていい、貴方の意志を姿に変えてその力を翼がはためく早さで私たちに示して……』

 『貴方は作家の経験は無いでしょう。しかし、作家にさせるだけの持っている力は貴方にはあった、それを私は示す。力を選択し、その道の力を証明するのは貴方自身です。貴方はきっと呼応することでしょう。何者かに出会っても、何者かの意志を感じ取れる貴方であれば、きっと―――俗物は描かない。単純に、私のことを宝石と喩えたのは、多分間違ってはいないでしょう。宝石はきんを生む鳥となるべき存在です。貴方の意志を体現するための時間をそのための時間を私は貴方を生かすことによって与える……』

 

 Tatsuro-side-


 僕の思考と言う名の翼は屈曲する。

 僕は、切り取られた長方形の窓を見つめる。

 今日の空は素敵だ。羽で浮くような感覚すら覚える。空気が膨張して、熱気が辺りを包み湿度の高まった空は高い。

 炎天下に沈むようにぐったりとなった僕たち。空はかかったように曇っているものの夏の暑さは失われていないのだ。

 蝉の声は、暑さに溶け込むはずだった。しかし、今は聞こえない。代わりに鶯の細やかな調べが、静かに空気を震わせている。 雀は、朝露を払うように飛び立った。 

 その姿を見送る私は、名もなき風景の中に微睡んでいる。

 名もなき風景はGreen.

 緑葉が光を反射し、織り重なる影の層は、まるで絵筆の穂先でなぞられたかのように柔らかく揺らめく。瞼を閉じれば、その陰影が心に深く染み込んでいく。

 燕は今日、低く飛ぶだろうか。誰かが「雨は降らない」と言ったはずだった。でも、空の気配はそれを信じるべきかどうか迷わせる。

 今日は、悪くない。 一日はまだ穏やかだ。しかし、その静寂の隙間に、何かが囁いている。

 それは、私が知るはずのものだ。 しかし、思い出せない。 思い出せないのではなく、その存在が曖昧なのかもしれない。

 揺らぐ記憶と形を持たぬ声。頭の中の警報も今は沈黙し、ただ夏の気配が遠くで息づいている。


「でもBarとか行きたいよねえ。お酒は飲めないけど、Mont Blanc食べたい」

「―――あまり甘い物食べると太るよ、Kasasagiさん」

 静寂が、教室に降りた。 まるで時間そのものが一瞬、呼吸を止めたように。

 達郎は、ゆっくりと手を振る。飽きたというよりも、沈黙の重みから解き放たれる合図のように。 その瞬間、空気が再び流れ出し、いつもの会話が教室に戻る。

 Tatsuro-side-

『私は、彼女に出会った。Kasasagi由真。探偵小説部の次期部長。 ただそれだけの肩書きに収まりきるはずの彼女に、なぜ意志を感じるのだろう。 どうして、螺旋のような運命の交差に導かれたと、こんなにも強く思うのか。分からないということがもどかしい」


 Vega-side-


『それを感じ取るのが運命でしょう。運命の女性は一つのかたちに囚われるものではありません。無数の出会いがあり、数奇な別れが貴方を襲うでしょう。嵐のような悲しみは、やがて去り、そうしておけば良かったのだ、という大いなる福音が訪れるはず……』


 In our School-side-

「いやさ、甘い物もたまには良いんじゃない?達朗くんもあまり真艫まともなことばかり言うと嫌われるよ?」そういうのはもう一人の僕である由真の後押しする知り合いマキナ。

 教室には、夏の気配が沈殿していた。 熱を帯びた空気はゆっくりと揺れ、言葉さえもその重みに囚われる。

「でも、本当のことだしな。」 達郎は、静かに呟く。 その言葉は、まるで昼下がりの光が床に落ちるように、微かに広がった。

「良いのよ、良いのよ。」 由真の声は、風が頬を撫でるような柔らかさを持っていた。 「彼って、不器用だけど、実は頭が切れるのよね。」

 マキナが微笑む。「人生が、シャープですごくコンパクトに収まりすぎる」

  胸の鼓動が、暑さとともに跳ねる。 彼女は下敷きを仰ぎ、空気をかき混ぜるように言葉を紡ぐ。

 そのとき、不意に矢沢が声を上げた。 「――じゃあ、海に行こうぜ。」

 その響きは、閉じ込められた熱を破る波のようだった。 誰もが、一瞬、潮風を想像した。 遥か遠くの波音が、まだ聞こえぬうちから、心の奥でざわめいた。


 Tatsuro-side-


 闇の中を歩む狼は、欺瞞の毛皮を纏いながら、沈黙のうちに遠ざかっていく。 彼は何も語らず、ただ背中で真実を描く。 その背は、どこか冷たく、どこか脆い。

 遠ざかるその姿を、友と呼ぶべき彼らとは、決して交わることのない運命を抱え、歩む別の影なのだろう。

〈―――矢沢は、消えていく。僕の目前で。〉

 静寂の中に沈むその決定的な瞬間。 確かにそこにいたはずなのに、何かが薄れていく。 境界は曖昧になり、記憶の輪郭がゆっくりと滲む。


 In our School-side-


 マキナは微笑みながら言った。

「女と金にしか執着しない者を、果たして洗練された存在と呼べるのかな?」 彼女の声は、まるで夜の海に落ちる月光のように鋭く、それでいて静かだった。

「本当のスマートさって、欲望を限界まで削って、己を磨くこと。過度な所有は精神をスチームを当てたレンズのように曇らせていくだけ。スタイルとは、洗練された均衡の上に成りたつのさ。何かを極限まで求めるのではなく、手放すことで質を磨く。それが本当のミニマリズム――すなわち、欲望の緊縮と比例するにつれ、生きるためだけに己の求める価値を追うアプローチだよ」

 彼女は窓の外に目をやる。 陽の光がゆらめく中で、その言葉はどこか時代を超えた響きを持っていた。

「利を貪るのではなく、利を統べるのさ。利益を追い求めるのではなく、在り方そのものを洗練させる。欲望は、最小化されたときこそ、最も人間として美しい形なんだ」


 Tatsuro-side-


 『風の噂に聞いたが、細川Hosokawaの創薬会社の夢は聞いたが、物語のRailからは偶然に外れてしまった。私の運命には彼女は存在しなかったがしかし、一つだけ印象めいたTime Capsuleを皆の前で披露した。それは、あたしは、原始の時代から一個の原子として存在している、との冒頭から始まり、最後は、原子のことをもっと知りたかったと言っている。何故過去にしたのだろう、と思って訊いてみると、あたしには希望がない、とのこと。そんな欲求に支えられて生きている彼女しかいないだろう。

 僕の道にいないのも頷けた。

 彼女は私と同一の存在なのだろう。

 対称とも言える存在は、反発し、拒絶する。拒絶した意志を無意味にしたくない。

 僕も彼女も磁石のような存在だったのだろう。ただ彼女は、僕を知る勇気はあるのだろうか。心に邪悪と正義を抱えて生きる生き様の矛盾をどこまで知る勇気があるか』

 Vega-side-


 『彼女には感じ取れないはずです。私はそのような感情を抱かせる運命を与えていないはずです。貴方は何も分かっていない。私の命令に沿っているというよりかは、今はその時期ではないからです。単純に、貴方の行き先を決めているわけではありません。貴方にとってふさわしい経験をしておくべき指定席を用意していると言った方が分かりやすいかもしれない……』



 In our High School-side-

「お願い一回だけ。なあ、お前もそう思うだろ、達郎Tatsuro」矢沢は私に振る。

「まあ、興味なくもない」

「えーあんたもそうなの。やっぱ男の子ってみんなそうなのやっだあ・・」ってはぐらかすのはマキナ。でも満更でもない。「どういう意味?」

「それだけの発言でバランサを付けて監視する必要もない、と言うこと。無駄な思考は、混乱してしまう。高々矢沢相手に、やめたほうが良い」達郎は言った。

「ゲームしない?」マキナは言った。「コインに紐を付ける。そのコインの紐を持ったまま回転させ、天井まで放り投げる。落ちてきたコインをCatchして、捕まえられたら、水着を見せる。表だったら、あたしの今までの思想を撤回してあげる。裏だったら、あたしの支配下に収まればいい。どう?挑戦しない?」

「賛成」と僕。

 「なんだよ、それ」マキナは言った。「達郎Tatsuroって、本当お人好しだな。どうなっても知らないよ?」

 そう言って紐を付けたコインを数回回して、前方に放り投げた。矢沢が走ってコインをCatchした。

 「あーあ、水着か」マキナは言った。「アジサイってアタシにピッタリの花ね。花言葉は「移り気」。そこで見つけたし、良いよ、なってあげる。水着に。レジャープール集合ね」

 「よっしゃあ」矢沢は握った手の中身を視た。「表だった」

 「不運ね、貴男。お金に苦しむことになりそう、知らない、どうなっても」

 「お金を持つことは悪くはないことだ。お金を持てれば良いがな、矢沢は」達郎は言った。「生憎僕もコインを触らせてくれ」

 矢沢は渡す。僕のコインを軽く投げてCatchする。出た目は裏だった。

 「へえ、君って案外縛りゲーが好きなんだ」

 「多分利権の問題と言うよりかは、生きただけの人間観察や、人生経験や、経験的知識や価値観や風貌や体力の問題だと思うな」達郎は言った。「まあマキナの言いたいことはよく分かる。人間そう単純な話でなく、互いに益を求め搾取し合い奪い合う生きものだということ」

 「分かっているじゃないの」とマキナ。「貴方意外と賢いのね。労力をダシに、奪っているのは時間。健康と共に奪っていくのは常に健康で生きていけるだけの時間なのよ、分かってる?矢沢」

 「分からないよ。時間を金で買うんじゃないのか?」矢沢。「そういうやり口はあるだろう」

 「金をダシに奪っていくのは労力。常に体力が奪われ続ける社会なのよ、資本主義って。気を付けて筋トレに励んでね、お二人とも」

 「あっそう言えば夏の鳥って何だっけ?」

 「心配しなくても夏には鳥が住んでいる」矢沢が言った。

 「止まない雨はないのと一緒だよ」僕が言った。

 マキナは、風が切るような声で問いかける。

「もし渡り鳥になったら、どこへ行く?」 その言葉は、まるで風の流れそのものだった。形を持たず、ただ空を彷徨う。

「私はね、素敵な人とデートがしたいの。」 彼女の声が軽やかに響く。まるで春の鳥が囀るように。

 「僕は、渡り鳥であることを諦めたい。」達郎は、遠くの空を見つめながら呟いた。 低く飛ぶ影のように、静かに言葉が降る。「資本主義に属する、確固たる人間になりたい。風に流される存在ではなく、地に足をつける者として。」

 「俺なら、世界を見下ろしたいな」矢沢が笑う。 その言葉には、大空を飛ぶ鳥の雄々しさが色濃く宿る。 「上空から眺め、巣をつくり、家族をつくり、箱庭をつくる。もし空中に庭園を築けるなら――それは、僕の楽園になるだろう。」

 風が窓を叩いた。どこからともなく、飛び去る羽の音がした。 誰かが空を見上げる。誰かが地に立ち続ける。 それぞれの運命が、空と大地の狭間で、ただ揺らいでいた。

 午前中で授業は終わり、三人で帰ることになった。二人の男子に囲まれる女子。

 マキナは、デートなんてする気もサラサラ無いのかもしれない。

 だって、移り気だから。

 「アジサイは秋に咲くべきだよ、古代人が言っているじゃないか」矢沢。「女心と秋の空って」

 「夏で良いんだよ、JuneBrideしたがる移り気なカップル多いだろ」と僕。

 「あたしは決めている人がいる」とマキナ。「声優でも歌手でもなく、タレントでもなければ、ただ一人唯一決めている人がいる。それは人気度が高くて競争が激しいけど告白して散っても良いかなって」

 「オレか?」矢沢。

 「いや、僕ではないだろうな」と僕。

 「その僕だよ、達郎Tatsuro君」ふっふっふ、と指を振っている。「実にお見事な推理で」

 「誰も推理していない上に、外している。優等生は探偵Key to my Heart.に向かないとはよく言ったものだ」僕は海外ミステリのタイトルを挙げた。

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