ヤンデレ少女の恋人に愛は在るか

7しあ

甘い拷問の時間

 ……。


 ……暗い。


 ……頭が痛い。お腹がすいた。


 ……。

 一分ほどボーっとしていると、身体のほどんどの部位の感覚がはっきりとしてきた。そろそろ目が慣れてくるはずなのに、ずっと暗いのはなぜだろうと思っていたが、目元に当たる柔らかな触感から、目隠し的な何かをされているのだと分かった。

 そろそろ動いてみようかと手足に力を入れてみたが、うまく動かせないのに加えて手首足首に細い痛みが走った。それと同時にジャラジャラと音が鳴り、私が今置かれている状況を悟る。

 一度深く深呼吸し、この状況を打破する策を考える……訳でもなく、私はただ時間が過ぎていくのをゆっくりと待つことにした。

 正直、工夫すれば目隠しなんて簡単に取ることができるし、たった少しの痛みを堪えれば立ち上がることすらできる。でもしない。そんなことをする意味なんてない。なぜなら——


「おはよう」


「——っ!?……痛っ」


 耳への鋭い奇襲で肩が跳ね、小うるさい音と共に手足に痛みが走る。


「ふふ、びっくりした?……ちょっといじわるしてみたくなっちゃった」


 耳元でこしょこしょと囁かれて少しくすぐったい。


あかねちゃんが悪いんだからね……男と二人きりで遊びに行くとか……普通にあり得ないと思うなぁ」


 そう言いながら私の頬に優しく触れ、ゆっくりと耳元までなぞっていく。そして手が離れたと思ったら突然視界が眩んだ。どうやら目隠しを外されたらしい。目を慣らすためにゆっくり瞬きを繰り返していると、額に軽く口付けをされる。


「ふふ、困ってる茜ちゃんの顔、かわいいね……」


 ようやく目が慣れると、私の視界は鮮やかな赤色に包まれた。それは恐らく人生で一番見た色。そして見慣れすぎた部屋。

 そういえば前よりも赤が増えてる気が……


「ふふ、よく分かったね……実は茜ちゃんが男と会話するたびに小物を増やしてたんだぁ。……因みに何度も言うんだけどね、赤色じゃないよ。茜色。最近思いついたの……そのはずなんだけど、多いね~」


「……これほんとに茜色なの?」


「そうだよぉ。見つけるの大変なんだから……ふふ、小言が言えるくらいには意識が戻ってきたみたいだね」


「あの……そろそろ、コレ、外してくれない?」


 私が目配せした銀色のそれは、反射でほぼ赤色もとい茜色?に染まっている。


「うふふ……もっと可愛くお願いしてくれたら考えるかも、ね」


「……嫌」


 私が目を逸らしてそうつぶやくと、彼女はしばらく恍惚とした表情を見せたのちに、私の真正面まで移動して私の目をじっと見つめ、奇妙な笑みを向ける。私が、こうした態度を取るといつもこうだ。そしてこの後には十中八九、良くないことが起こる……


「ふふ……これ、見て」


 彼女は背中の後ろに手を持っていき、ごそごそと何かを取り出した。その間にも絶対に目を逸らさずに「ふふ……」といつものように余裕そうに笑う。取り出された物を見ると、それは透明の箱と二つのカギだった。


「え、珍しい……ね。普通に許してくれるなんて」


 私は呆気にとられてしまった。何もされない事に安堵する前に。まあ、いつもがおかしいのだから、おかしな反応ではないよね。


「ふふ…………もしかして、いじわるして欲しかった?」


「いやそんなわけないでしょ……はい、早く鍵開けて」


「は~い。じゃあ手と足を前に出してね」


 少しの痛みが生じたが、呆れ半分で言われた通りに手と足を出した。そして私が顔を上げると、何故か彼女は鍵ではなくスマホを両手で持っていた。私が困惑した表情を作った瞬間、スマホがパシャリと音を立ててフラッシュを焚いた。


「ふふ、情けない表情とポーズ……あぁ、これは今年一かも」


「な、なに?何なの……か、鍵は?」


「あ~ごめん、間違えちゃった。はい」


 彼女はスマホを透明な箱の近くに仰向けに置いて、次は確かに鍵を指先で摘まんだ。スマホには先ほどの私の写真が写されていて、ご丁寧に私が見やすい方向に写真を向けている。もう、少し諦めているけれど、私は彼女が本当に間違えて行動したのだと信じて、驚いて少し引っ込めてしまった手足を前に出す。


「じゃあ、開けるね……あ、あ~!」


 少し笑いの混ざった声に何かを察して、私は瞬時に彼女の指先に目を向けた。すると、彼女の指先は私の手元から離れ、ゆっくりと、わざとらしく、透明な箱へ向かっていく。そして、箱に鍵をさっと投げ入れ、蓋をしてしまった。加えて、箱の上部で何かの操作を始める。


「なんてことだ~。手が滑って、偶然ここにあった箱に鍵が入っちゃったみたい……それに、偶然ここにあった箱にタイマー機能がついてたみたいで、間違えて押しちゃって二十分に設定しちゃったぁ…………ふふ」


「……最後、もう笑っちゃってるじゃん」


「あ~、余計な事言われたから、手が滑っちゃう……くそ~、十分じゅっぷんプラスしちゃったぁ……ふふ」


「最初から三十分にするつもりだったでしょ。キリが悪いと思った」


「お~?なんだ~?手、また滑っちゃうかもしれないな~」


 やはり、彼女があの表情を見せた時点でこうなることは避けられないらしい。一回安心させてくるパターンは初めてで、いつもより少しだけ不安だけどまあ何とかなるだろう。


「……はぁ、今回はやけに凝ってるね」


「ふふ……なんでなのか、それは茜ちゃんが一番わかってるでしょ?」


「まったく」


「ふふ、そう言うと思った。…………では、これより待望の、茜ちゃんへの拷問を始めたいと思います」


「……え……ごう、もん?」


 目の前にいる可愛い女の子の口から、あまりに可愛くない言葉が出てきたので、頭が理解を拒んでしまったようだ。


「はいじゃあ、まず質問一」


「ちょっと待——」


「昨日いっしょに遊んでた男とはどんな関係?」


「ねえ、ご、拷問って」


「ふふ……質問に答えないと、拷問、しちゃうよ」


「あの、拷問て何するの」


「焦っちゃっててかわいいね。まあ、まず手始めに……歯、抜いちゃおうか。その次は、爪を剥いじゃおう」


「……はあ、心配して損した。三十分ぼーっとしとく」


 私はゆっくりと体を倒して仰向けになる。どんなことされるのかなと思ったけど、策はここで尽きたみたい。数十秒、手足が痛くない程度にゴロゴロしていると、突然影が降ってきた。


「うふふ……ねぇ、偶然。私のポケットにこんなものが入ってたの」


「……え」


 私と彼女の顔の間を、銀色に光る何かが遮った。ペンチだ。手錠同様にペンチは茜色を写している。そのせいで一層不気味に見える。


「なんて偶然なんだ〜。……さぁ、話しちゃおうか」


 怖っ!


「……分かった。まぁ全然隠すことでもないし。というか、まさかここまでするとは……」


「早くっ」


「ほんとにいいの?聞いたら面白くなくなっちゃうけど」


「はっやっくっ」


 ニコニコしながらペンチを振り回すなっ。ただの脅しの可能性があるけど、この人なら本当にやりかねない、と私の植え付けられた過去の記憶が言っている。


「あの人には、誕生日プレゼント選びを手伝ってもらってたの。あなたの。友達に、良いプレゼントってどんなのか聞いてたら、会話に入ってきて、一緒に選ぼうかって。友達がすごく多い人だから、安心かなって」


「嘘はない…………あ〜」


「ほらね、聞かないほうが良かったでしょ。まあ、来週楽しみにしといて」


「いやぁ、そういう意味じゃあ……」


「あっ、アドバイスはもらったけど、最終的には私が選んだからね」


「……う〜ん、そこは心配してなくてぇ」


「……?嘘はついてないでしょ。……あなた、何故か私が嘘ついてるの分かるし、ほら……それ、怖いし」


 ペンチを指差した私に、彼女は何故か困ったような表情を向ける。


「ふふ……茜ちゃん、相変わらずモテるね」


「はぁ、違うよ。その人彼女いるし……知らないの?あなたと同じクラスだけど」


「……興味なーい。よし、この話題終わりね……ふふ、さぁ本題に行こう!」


 先ほどまでのつまらなそうな様子から打って変わって、あり得ないほどの目の輝きを見せた。私が男と遊んでいたのを彼女が知って、今の状況になったのかと思ったけれど、何故かあっさりと終わってしまった。なんかもう、嫌な予感しかしない。


「ふふ……浮気あれこれは建前なの。手錠をかけるための真っ当な理由?ってやつ。茜ちゃんが私から離れることはないって分かってるからね」


「そんなの分かんないでしょ」


「私から離れたくないくせに。頭の中が私でいっぱいなくせに」


「そんな訳ないでしょ」


「はいはい。それでは、これより甘い拷問を始めたいと思いますっ」


「甘いと拷問がくっつくことってあるんだ」


「ふふ、無駄口叩いてる暇あるのかな?では、質問二!」


「はい、どうぞ」


 彼女の息遣いが少しだけ荒く、明らかに興奮しているのが伝わってくる。四つん這いになってトコトコと私の膝もとまで顔を近づいてきた彼女は、上目遣いで私の目を見つめながら人差し指で私の足首付近をちょんちょん触れてくる。私の心臓の鼓動が少しだけ速まったけれど、きっとそれは触れてくる手の反対の手に持っているペンチの恐怖のせいに違いない。


「私のこと……好き?」


「はいはい、好き好き」


「ふふ……ベタな展開だね。私のこと、好き?」


「……はいはい、好きです」


「私のこと、好き?」


「何回言うの。好きよ、好き」


 甘いセリフが飛び交っているはずの空間なのに、空気は明らかに苦い。


「私のこと、好き?」


「はい、好きで——」


 その時、私の足の親指の爪に何かが触れているのを感じた。足の指先は彼女の体で死角になっていて確認することができないが、流石に察してしまった。


「ふふ……」


「……ど、どうすればいいの?」


「茜ちゃんが、私に抱いてる莫大な気持ちをありのまま伝えるだけでいいんだよ」


「莫大って、そんなわ——ちょっ」


 爪に力が伝わる。このまま続ける気だ。私のことが好きなはずの恋人なのだから、途中で辞めてくれるのではないかという楽観的な思考が一瞬よぎったが、この人は絶対にやる。辞めることなんて絶対にしない。


「は、恥ずかしい」


「ふふ…………特別に十秒待ってあげる」


 私の足首から片手を離し、指折り的確な感覚で数え出した。彼女に嘘は絶対に通用しない。今までについた大きな嘘から小さい嘘まで、バレなかったことなど一度たりともない。


「す………………」


 さっさと言って楽になってしまおうと思ったが、声が出なかった。なんでなのかは分からない。普段言ってこなかった弊害からの恥ずかしさからなのか、体験したことのない恐怖からなのか。意識があやふやになってきたけれど、体全体が熱くなっているのだけは分かる。涙のせいか視界はぼやけ、脳は全く働かず、五感全てが弱まっている気がする。

 私は、加速していく心臓の鼓動の波に身を任せ、そして自分の本能のままに、脳を占めているあの二文字を精一杯口から吐き出す。


「……………………好き」


「……ぁ………………………………」


 ……。


 …………。


 ……………………。


 恥ずかしすぎて視線を逸らしたいはずなのに、吸い込まれるように見入ってしまった。普段、照れの表情一つも見せない彼女が、耳の先まで顔を真っ赤にして、口をポカンと開き硬直している。彼女の瞳に自分だけが映っている。

 二人だけの世界が長い間停止した。本当に止まってしまったように思えたが、一定に鳴り続ける極小の電子音が時間の存在を知らせてくれた。


「……音が鳴ってたら、勉強とか集中できなそうじゃない?本来スマホ入れる箱なんでしょ?あれ」


「無音よりは、小さく何かが聞こえてたほうが心地よくて集中できるんじゃない。……知らないけど」


 数秒がたった後、何故か分からないけれど二人同時に笑ってしまった。確かに、耳をすませば聞こえる小さな電子音は、少し落ち着いてきた心臓の鼓動と調和してすごく心地が良かった。この時間が一生続けばいいのに、とベタで幸せな考えが頭を巡——


「——質問三っ!」


「えっ、続くの!?終わる雰囲気だったじゃん……」

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