第6話 “S級ハンター叶邦俊”


 迎えた約束の金曜日。


「…………起き上がれない。ムリだ……。」


 ───見事に俺はダウンしていた。


 2日前、家に帰宅するところまでは良かった。


 次の日、目を覚ますと、体中の骨という骨、筋肉という筋肉が悲鳴をあげていたのだ。


「まぁ、ろくに運動もしてなかったからなぁ。」


 久しぶりに登校して日中、活動しただけでなく、測定検査の数々。

 突然の運動量に身体が驚くのも無理はない話だろう。


「今日は、休息日!だな!……今日“も”か……。」


 そして昨日一日中ベットの上ですごした俺は、測定結果をぐるぐると頭の中で考えてしまったのだ。


 太陽が昇ってから沈むまでの間、うつらうつらしながら“覚醒者”について、根拠のない妄想をとめどなく頭の中でシュミレーションした。


 ジョブホルダーとして訓練する俺。


 スキルに覚醒する俺。


 魔物をバッサバッサと討伐する俺。


 そして、S級ハンターまで登りつめる俺。


 そこまでの希望的観測の未来を描いた結果───


(無理に決まってんだろぉぉ!!)


 父親の会社が倒産してからというもの、家族でさえ顔を合わせなくなり、人と話す事も極端に減った。


 気分が陰鬱とする日が多く、外出すらままならなくなって不登校にもなった。


“学園の王子様”なんて言われていた面影はなく、色素の薄い茶髪は、もう2年も伸ばしっぱなしで視界不良。人の顔もまともに見れない。


「こんな、陰キャ引きこもりになった俺がハンター活動!?健全な社会生活!?どうやるんだよ!」



 結論、無理。



 世界の真理を悟ったようにアルカイックスマイルを浮かべながら、俺の心の中は涙の洪水だった。


 そして迎えた金曜日。


「叶先生には、謝って帰ってもらおう……。外出できる気分でもない。ましてや学校見学で人と話すなんて、ありえない。」


 あー、俺ってなんでこうなんだろ。


 ぼそぼそと呟きながら、枕元の時計を確認した。


 時刻は8時をすぎた頃。


「あと1時間くらいは寝れるな。叶先生がきたら、どう謝るか考えよう。」


 俺は1時間後の“謝罪”イベントに心拍数をあげながら、もう一度まぶたを閉じて四肢ししの力をぬいた。


 ───ピーンポーン


 ───ピーンポーン


 ───トントントン


「律くーん。起きてますかー?」


 ───ピーンポーン


「んぅ。」


 意識の遥か先でチャイムの鳴る音がして、浅い眠りから現実へと引き戻される。


 ───ピーンポーン


「律くーん。」


 9時か。もう少し前に起きて着替えるつもりだったが、二度寝の悪魔に捕まってしまったようだ。


「律くーん。まだ寝てますかー?」


 叶先生がドア越しに呼びかけるのが聞こえる。


「やべ、」


 まだ筋肉痛でじくじくとする足を引きずって玄関へと向かう。


「律くーん。ドア、壊していいですかぁー?」


(……ん?)

「……ん?」


 あの温厚な叶先生が発したとは思えないセリフに、思ったことが脳みそで思考されることなく口から漏れ出る。


 叶先生、だよな?


「……っぁあのっ!いま!あけますっ!」


 とにかく壊されてはたまらない。

 大慌てで声を振り絞って大声でドアに呼びかけた。


 ───ガチャ。


「あ……すみません。その、遅くなりました。」


 そこに立っていたのは、やはり、叶先生だった。


 一昨日と変わらない穏やかな笑顔。


(まさかな……。さすがに聞き間違えか。)


「律くん!よかったです。中で倒れてたりしないかと……ドアを壊すところでしたよ~!」


「ぅえ゛」


 聞き間違いではなかったようだ。

 およそ俺の知る叶先生が言ったとは思えないセリフは、たしかに叶先生の口から放たれていた。


 その事実を理解した瞬間、優しくて暖かみのある、司祭のような笑顔だと思っていたその顔は、なにか壮大な悪だくみをしている魔王の参謀の笑顔のように見え始めた。


「ひ……。すすすすみません!でもおれきょう元気でないっていうか!外にでられないっていうか!スミマセン!」


 すっかり蛇ににらまれた蛙のように縮こまった俺は、早口で「今日は行けませんよ~」と暗に伝えてみる。


「ふむ。」


 叶先生は笑顔のまま、こてん、と小首をかしげると、


「それは仕方ありませんね。律くんに心のケアが必要な状態なのも分かっていたことですし。」


 引きこもりの俺へ理解を示すことばにホッと安堵する。


「しかし今日は、ハンター管理局の職員として来ていますから。

 こちらも、将来有望なハンターをみすみす逃すワケにはいかないんです。」


「え。」


 言うが早いが、叶先生の右手は玄関ラックにある俺の家の鍵をつかみ、左手は俺のお腹に回され……


「ぎゃあっ」


 そのまま俺の身体はふわりと宙に浮いた。


「出歩けないなら、僕が運びますから。律くんは無理せず自然体でいてくれて大丈夫ですよ。」


 こうして叶先生の肩に洗濯物よろしく担がれた俺は、“S級ハンターの叶邦俊かのうくにとし”というサイコパスモンスターとの初対面を終えたのだった。


(生きて帰れますように……。)


 諦めた俺を見送ったのは、ガチャン、という鍵の閉まる無機質な音だけだった。


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引きこもりの俺が最強ハンターってマジですか? タナカタロウ @kch_kch_bo

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