第2話 本気の引きこもり

 俺のご都合主義つごうしゅぎな妄想も虚しく、接近戦の実践は散々だった。

 まず、俺と組もうとする奴がいない。


 覚醒してジョブが判明しているクラスメイトは、基本のチーム編成に従ってそいつらで固まる。


 魔力を操れるクラスメイトは、各々の得意分野に沿ってうまくハマるようなチーム編成で固まる。


 最後に残るのは俺のような魔力ナシか、友達のいない陰キャみたいな奴らだけ。


 そいつらでチームを組んだところでうまくいくハズもなく。

 頭陀袋ずだぶくろもびっくりなボロボロな連携と、ありえないほど低い個々の能力によって、チーム対抗の実践では他のチームから袋だたきにあった。


東條とうじょうもよくやるよな。」

「俺だったら恥ずかしくてムリムリ。」

「元“学園の王子様”、だろ?笑えるわ~。」

「今じゃ見る影もないな。晴れて陰キャの仲間入りか?」


 砂だらけになった俺と俺のチームメイトを横目に、クラスメイトたちが次々と教室に帰る。


「あの…」

 チームメイトのひとりが話しかけてきた。俺より砂だらけなのは、元々の運動神経の差なのかもしれない。

 彼の肘は擦りむけて血が滲んできていた。

「僕のせいで、ごめんなさい。東條くんに迷惑かけて…」


 こういう奴らは今でも俺をカースト上位だと思ってるのか?

 とにかくビクついて、まわりの機嫌をとろうとする様子は正直俺には分からない気の使い方だった。


「いや、君のせいではないだろ。俺も弱かったしお前らも弱い。」


 ひと昔前ならもう少し優しい言い方もしていただろうが、今の俺には守るべき体裁もなければ、気遣いに割くエネルギーもない。


 直球な俺の言葉に驚いているチームメイトにポケットから出したティッシュを渡す。


「ちょっとぐちゃぐちゃだけど。肘、おさえとけば。」


 ありがとう、と小さい声で言った彼の言葉は、教室に向けてひとりで歩き出した俺には届いていなかった。



 〜 ・ ~ ・ 〜 ・ 〜



 あの『散々実戦』からはや1ヶ月。

 俺の『散々学校生活』は日々更新中だ。


 1.2ヶ月に1回言っていたはずの美容院にはもう半年近く行っておらず、好きに伸びてきた髪。


 家事をしてくれるお手伝いさんなど居なくなり、自分で洗濯からアイロンまでかけたヨレヨレの制服。


 成績上位50名までのテスト結果に張り出されなくなった俺の名前。


 話す友人もいなくなったぼっち飯。


 まぁ、直接的な嫌がらせやイジメがないだけ大分マシなんだろうな、とつぶやきながら帰路についていると、


「おい、お前が白台門はくたいもん高校の東條律だな?」

「え、どちらさま?」


 俺よりひと回り、身長も体格もでかい男たちに囲まれた。


「お前が友達欲しがってるって聞いてよ、オトモダチになってやりに来たぜ。」


 その中でもひときわでかい男が俺の肩に手をまわしてきた。


 制服を着ているから男子高校生だろうか。が、ウチの制服ではない。


「どこ高の誰だ?」


 肩にずしりとのっかる腕をなんとか持ち上げようとしながら聞く。


「ギャハハハ!」か

「どこ高?だってよ!」

「おぼっちゃんには分からないかな~?」

「あ、“元”おぼっちゃんか!」


 必要ないほどでかい声で下品に笑いながら男子高校生達がはやし立てる。


 これは…カツアゲ、というやつなのか?


 ふと思い当たった俺が

「金ならもってないぞ」

 と告げると

「はぁ?いくらなんでもゼロ円はねぇだろ。

 嘘つくな…よッ…!」


 ───バキィ


 宙に浮く感覚があってから、顎関節がくかんせつへの衝撃。


 俺が尻もちをつく頃に、顔面の左半分がとてつもない痛みに襲われた。


 殴られた。

 殴られて吹っ飛んだ。


「…ってぇ!」


 状況を数秒遅れて理解した俺が目をぱちくりさせていると


「これ以上殴られたくなければ金出せ、カネ。」


 と、俺を殴ったらしき男子生徒の隣に立つ奴が手を差し出して、俺の前でグーパーと催促する。


「いや、ほんとに持ち合わせがな…ぁッ…」


 ───ドゴッ


 宙に浮く感覚と、脇腹に何かがめりこむ感触。


 次いで下腹部に鈍痛どんつうがはしり、息がつまる。


「か…はっ…」


 生まれて初めて受けた圧倒的な暴力と痛みに動けないでいる俺の前髪を誰かが鷲掴わしづかみにして持ち上げる。


 そこには1番体格の良かった男子生徒の顔があり、


「四の五の言わずにサイフ出せよ、オトモダチになりたいって言ってんだからよ、」


 とすごまれた俺は、残金1080円と学生証だけが入ったサイフを通学カバンのポケットから取り出した。


「オイオイ、話とちげーじゃねーかよ」

「ホントにコイツ、白台門高校に通ってんのか?」

「俺らよりビンボー人かよ。カワイソー」


 1000円札を抜いて、俺の足元に投げて返却されたサイフをそそくさと拾い帰ろうとする。


 しかし、誰かが言った、


「ま、しょーがねーから、腹いせにオトモダチ可愛がって帰ろうぜ」


 というセリフを皮切りに、俺はしばらくサンドバッグにされ、目が覚めると家のベットではなく、病室のベットの上にいたのだった。


 それから1週間ほどで退院となったものの、登下校の道がすっかりトラウマになった俺は今度こそ本当の“引きこもり”になってしまった。


 ───そうして寮部屋に引きこもって1年弱。季節はすっかり春になっていた。

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