第7話 姉貴襲来
ゴールデンウィーク初日。バイトが休みなのもあり愛が家デートをしたいと言ってきた。休みはどこも混むから2人きりでゆっくり過ごしたいとの事だった。俺はその気持ちを汲み取り部屋へと招いた。
「道長君とならこの部屋で見る映画は特別だよ」
「愛は俺の事好き過ぎだろ。俺も愛の事好き過ぎるけどな」
「もう道長君ったら」
そんな感じでいつもの様にイチャイチャしていると気を使って父親と一緒に家を出ていた母親から電話がかかってきた。楽しい雰囲気を邪魔しやがってと内心悪態をつきながら電話をでる。
『あーごめん道長』
「なんだよ」
『もうそんなに不機嫌にならないの。愛ちゃんが嫌な顔しちゃうでしょ。そんな事より言い忘れてた事があって』
「言い忘れた事?」
『そうそう。今日お姉ちゃん帰ってくるから愛ちゃん紹介しときなさいよ。それじゃあね』
「は? 姉貴帰ってくるなんて聞いて、切りやがった」
「どうしたの道長君?」
心配そうに俺を見る愛に残酷な事を言わねば行けない。
「愛、悪いけど今日はここで解散にしよう。姉貴が帰ってくるって―」
愛に帰って貰う様にお願いしようとした瞬間音を立てて俺の部屋が勢いよく開かれる。
「よう帰ったぞ愚弟! 大好きなお姉様だぞー!ってあれ?」
姉貴と愛が目をぱちくりさせて固まってしまった。
× × × ×
「なんだよ道長。いっちょ前に彼女と乳くりあってるなら言えよな〜」
「姉貴が勝手に入って来たんだろうが。後姉貴帰ってくるの今知ったし」
「まじか。1週間前には決まってたんだけど。そういう所母ちゃん変わってねぇよな」
男口調のこの女は俺の姉貴、
「おいそろそろ紹介しろよ。お前がなんでそんな可愛い子引っ掛けられたんだよ」
「紹介しろって言っても姉貴もあった事あるだろ。末永愛だよ」
「お姉さんお久しぶりです」
「え―」
姉貴はまじまじと愛を見て言葉を失っていた。無理もない。姉貴の記憶にある愛は黒髪の地味な女の子の面影だけだろう。
「愛ちゃんってあのおとなしかった子だよな? 髪もピンクに染めて高校デビューにしても変わりすぎじゃねぇか?」
「道長君がピンク色がいいんじゃないかって言ってくれたんで染めて見たんです」
俺はうっすらとある記憶を辿る。ふとおぼろげにあるのは中学卒業の日、高校で髪染めようか悩んでるけど何色にしようかななんて悩んでいたので覚えて貰える様にピンクなんか良いんじゃねぇかと適当に答えた次に会った頃に桃色に染められた髪を見て驚いたのを覚えている。その時はイメチェンのアドバイスくらいにしか思っていなかったが、今にして思えば俺の好みにしようと努力してくれてたみたいだ。鈍すぎるだろ俺⋯⋯。
「重!」
「言うな姉貴!」
お気づきだろうが所謂姉貴はノンデリ界隈で思った事を口に出すタイプ。しかも悪びれもしないからタチが悪い。正直、愛が姉貴に言われた言葉で心を痛めないか心配だった。しかし愛はにこにことしていていつもと変わらない。
「未来さんと久しぶりに会えて嬉しいです」
「いやーまさかアタシもこんな所で再会するとは思わなかったよ。愛ちゃんこいつに嫌な事されたらすぐに言えよ。締めるから」
「じゃあ道長君が浮気した時に相談しますね」
にこにこと、とんでもない事を姉貴に頼んでいてぞっとしてしまう。仮にそんな事があったとして本当に姉貴は俺を締める為に遠方からやってくるに違いないから俺は乾いた笑いしかでなかった。
× × × ×
「春休み帰れなかったからどっか外で飯でも食いたいんだけど2人も付き合ってよ」
「いや俺は部屋で愛とイチャイチャしたいんだが」
「ほう、彼女が出来て随分偉そうになったな。よほど大好きなお姉様からの熱いハグが欲しいと見れる」
「行きます! 愛、付き合わせて悪いな」
「ううん。私もお姉さんとお話したいから誘って貰えて嬉しい」
「愛ちゃんは凄く良い子だね。この愚弟には勿体ないよほんと」
「そんな事ないですよ。凄く道長君は優しいので」
姉貴と俺を両方立ててくれるなんてとてもできた彼女過ぎる。俺は絶対に愛と幸せになると心に刻んだ。
「つってもどこも混んでるだろ。何食いに行くんだ?」
「ん? 知り合いの店。電話しといたから予約みたいなん出来てるよ」
「そういう段取り相変わらずすげぇよな」
「アタシ待ちたくないもん」
× × × ×
「姉貴ここって」
「後輩の店」
「ここ、私達のバイト先です」
「まじ?」
着いたのは喫茶ヒトトキだった。何となく方向で察したがまさか本当にヒトトキとは。それにしても後輩の店ってことは―
「いらっしゃいませ! 未来先輩超久しぶりです!」
「好美は相変わらずエロい身体してるよな〜」
「もう未来先輩が女の子じゃなかったらセクハラで口聞いてないですからね。ん? 此崎君と愛ちゃん?」
「ああ。アタシの愚弟と可愛い妹だ」
「此崎って名字でもしかしたらって思ったけどやっぱり未来先輩の弟だったんだね。言われて見れば目元とか似てるかも」
「やめろよ好美。アタシがブスみたいに聞こえるぞ」
「弟に厳し過ぎるよ未来先輩」
好美先輩と姉貴は談笑しながら席へと案内される。ゴールデンウィークなのもあってそれなりにお客さんが入っている。それなのに2人とも休みをくれるマスター優し過ぎる。本当は猫の手も借りたいだろうに。マスターは奥でコーヒー豆を挽いていた。
「アタシの奢りだ。好きな物頼みな」
喫茶ヒトトキではメニューに豊富ではないが洋食がいくつかある。俺はいつも運んでいて美味しそうだと思ったオムライスを注文した。愛も同じ物を頼もうとした時だ。
「愛ちゃん一緒の物頼むと
「じゃあこのハンバーグにします」
「じゃあアタシはカレーで」
「はぁ〜忙しいの頼むね君達。かしこまりました」
ほぼ身内の卓なのもあって本音を漏らしながら好美先輩はキッチンへ向かった。
「で、どこまでやったんだ?」
「姉貴、人がいる所でそんな事聞くなよ」
「別にキス以上の事とか聞かないから安心しろよ。てかそれ以上の話されてもアタシが吐いちまうよ」
「じゃあ聞くなよ」
「してません」
ボソッと愛の口から言葉が漏れた。店内の気温が少し下がった気がする。
「キスもしてません」
「お、おお。プラトニックってやつか。良いんじゃねぇか? 大事にしてるじゃねぇか」
流石の姉貴も愛の空気に当てられ気を使い始めた。この愛の言葉を俺はどう受け取れば良いんだろう。そういう身体の関係じゃないと言う意味なのか、まだ俺がキスすらも出来ないでいるヘタレだと言う意味だろうか。どちらにせよ今の愛は機嫌が悪そうだ。
「あ、来たぞ。さっそく食おうぜ、腹減っちまったよ」
「いただきます」
愛は笑顔で手を合わせナイフで肉厚なハンバーグを切る。抑えたフォークの下に肉汁が溢れている。俺は生唾を呑む。ハンバーグが食べたいんじゃない。このフォークの様にいつか串刺しにされてしまうんじゃないかと脳裏を過ったからだ。俺の中で愛は姉貴以上に怒らせたら怖いかもしれないとランキング更新も検討し始めた。
× × × ×
会計の時、何やら好美先輩と姉貴は話ていた。話は終わったのかレジから離れ店を出る。
「何話てたんだ?」
「ん? ああ。今度車出すからどっか遊びに行こうぜって誘ったんだ」
「姉貴が男だったらめちゃくちゃモテてたろうな」
「馬鹿。女でもめちゃくちゃモテてるっつーの」
「はぁ? こんなゴリラみたいなの誘う男がどこにいんだよ」
「お前と違って女の子にモテモテだって話だバーカ」
「まじか姉貴⋯⋯。まさかそっちとは」
「冗談通じねぇのホント馬鹿だなお前」
姉貴と話ているのをにこにこと愛は眺めていた。こんな会話楽しくもないだろうがと思いそっと手を握った。
「お前らも来るか?」
「え?」
「金はアタシが出すから気にすんな。温泉でもプールでも連れてってやるよ。可愛い妹の為にな」
「お姉さん、良いんですか?」
「おう。アタシに二言はないよ」
こうしてゴールデンウィークの予定が1つ出来た。
× × × ×
「え? その日店やばくない?」
「おじぃちゃん頑張って!」
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