第27話『平和な街』
宿に戻る頃には、街に夕暮れの空気が満ちていた。坂道を登り切った風は暗く涼しい。
「ふー……やっと一段落っすね!」
部屋に入るなり、リペルは藁編みの床にごろりと寝転がった。髪がふわりと広がり、表情はどこか幸せそうだった。
「三日後に刀が仕上がる。それまでやることは……特にないな」
「つまり休めるってことっすね!」
リペルは自分のカバンを枕代わりに寝ころび、ふにゃりと笑った。
俺は窓辺に腰を下ろし、街の広場を見下ろす。人々の行き交うざわめきと、屋台から漂う香ばしい匂いが心地いい。
「腹も減ったな。あの屋台で焼いてた串魚、旨そうだった」
「食べたいっす! あと甘いやつも!」
笑い合ううちに、張り詰めていた心が少しずつほぐれていく。
剣の依頼も済んだ。しばらくは休息の時間――この世界に来て以来、ようやく訪れた小さな安らぎだった。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――
日に変わり月と松明が街を照らし始めた頃、俺とリペルは宿を出て、坂を下り橋を渡り広場へと向かった。
「わー、灯りがいっぱいっす! お祭りみたいっすね!」
リペルの瞳は、宵闇に灯る橙の明かりを映して輝いていた。屋台からは香ばしい煙が立ちのぼり、多くの人々が酒を飲み飯を食らい笑みを浮かべている。
俺達はその屋台で食事をいくつか選び、道に置かれていた長椅子に座って飯を食う事にした。
「じゃ、……食うか!」
「はいっ! いただきまーす」
「いただきます……んっく、んん――ぷはぁ! 美味い!」
三日ぶりの酒が体に染みわたる。屋台で買った安いひょうたん酒のはずなのだが、久しぶりの酒という事を抜いてもやたらと美味い。
一緒に勝った鳥胸の串焼きも食む。ほどほどの塩味と鳥の旨みが酒をより進ませてくれる。
「むふー! 久し振りの新鮮な野菜……! 美味しいっす!」
リペルは幸せそうな顔でキュウリの一本漬けを齧っていた。ポリッと言う新鮮そうな良い音が聞こえてくる。
「んー、いいなあ、にぎやかな場所で飲む酒は」
リペルは満腹で頬を緩ませながら、俺の酒を取り酒を一滴舌に乗せた。すぐに顔が赤らむ。
「……っ、こ、これが酒なんすか……」
「無理すんな。これ結構強いし……」
屋台のざわめきが心地よい。酒の匂い、炭の煙、人々の笑い声。――平和だ。
――その時、ひゅる、と夜風が吹き抜けた。
燈籠の灯がかすかに揺らぎ、影が長く伸びる。広場を取り囲む家屋の屋根の上……一瞬だけ、黒い影がよぎったように見えた。
「……?」
思わず顔を上げる。だが人混みと灯りに紛れ、影はすぐに消えた。
ピチョンと、小さな音が聞こえた。
音の先の地面を見る。暗く、見ずらいが……どうも、血に見える。
「ステインさん?」
「……いや、大丈夫だ」
そう呟いて酒を煽る。
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