【PV 1263 回突破】テイスティア:君の味を教えて
Algo Lighter アルゴライター
🌸【Prologue】
🌸 焦げたパンケーキの記憶
君は「おいしい」って、わかる?
その一言だけで、顔をくしゃっとして笑う。
目を細めて、何かを思い出すような、そんな笑い方。
それが、ずっと僕には——わからなかった。
* * *
僕の名前は久遠 響(くおん ひびき)。十五歳。味覚ゼロ。
医療データは正確だった。舌にあるべき味蕾は極端に退化していて、どんな食品を摂っても、脳に伝わる「味覚信号」がほぼ皆無。
この体質のせいで、学校の給食も、家庭の料理も、全部“無地の画用紙”だった。
食事は、栄養を満たす作業に過ぎなかった。——はず、だった。
ある春の日、倉庫を整理していたときのこと。ダンボールの隙間から、古びたノートが一冊出てきた。
表紙には、油染みのような小さな跡と、鉛筆で書かれた手書きの文字。
《ひびき用 たまごのレシピ》
その瞬間、何の前触れもなく、僕の頭にふわりとした香りがよみがえった。
鼻の奥に、すこし焦げた匂いが入り込み、なぜか胸がぎゅっと締めつけられる。
どこか懐かしい。甘くて、ちょっと焦げくさくて……泣きそうになるような匂いだった。
ページをめくると、そこにはこんな文字があった。
《バナナと牛乳と、ホットケーキミックス。全部まぜて焼くだけ! 焦がしすぎ注意!》
思い出せない。けれど、その人が焼いてくれたのだと思った。
焦げたパンケーキ。唯一、僕の中に「味覚として残っていた」記憶。
その夜、母にそのノートのことを聞いた。
「あなたが小さい頃、よく熱を出してね。食欲がないときは、あの子がバナナパンケーキを作ってくれてたの。……あの子って言っても、もういないのよ」
あの子? 誰? 兄? 姉? それとも——
夜の台所で、僕はホットケーキミックスの封を切った。
古いレシピを真似て、バナナを潰し、牛乳を混ぜ、卵を割る。
初めて触る鉄板は、じんわりと熱く、油の匂いが立ち上ってくる。
じゅ……
最初の焼き目がついた瞬間、僕は驚いた。心臓が、ドン、と鳴った。
懐かしい——体が、覚えている。
目の前の鉄板から、まさにあの時と同じ匂いが立ち上っていた。
鼻の奥がつんとした。涙が出た。理由は、わからなかった。
焦げたパンケーキ。
僕にとって、それは“味”ではなく、“記憶”だった。
だからこそ、今でも忘れられない。
——この時、僕はまだ知らなかった。
この焦げたパンケーキの匂いが、未来の全てを変える出発点になることを。
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