第24話 シリアスになりがちな夏祭り回をぶっ壊す!(後編)

 夏祭りに来た私とあおい。しかし夏祭り回はシリアスでなければいけないと言わんばかりに、急な雨が降ってきたのだが、


「はい葵、こんなこともあろうかと折りたたみ傘を2本持ってきたよ」

「すっご……」


 ちょいちょい影が薄くなる、私が未来人であるという事実。それもそのはずで、会話とか人間関係みたいなものは、一周目の世界なんてなかったかのように、複雑に変化していくのだった。


 しかし天気とかなら、私たちが何をしてもほとんど変わらない、と思う。そして私は一周目の世界で結愛ゆあとこの夏祭りに来ており、この時間に雨が降ることを知っていたのだった。


 またこの雨がただの通り雨で、すぐにやむことも知っている。さすがに雨が降り出す具体的な時間までは覚えていなかったが、準備が出来ていれば対処はたやすい。私は焦ることなく葵に折りたたみ傘を渡して、近くの喫茶店まで歩く。駅前のマックに行かないのは、雨宿りで駆け込んできた客で混むからだ。


「ん……」

「葵、どうかした?」

「いや……なんでもない」


 本当に? それは本当に「なんでもない」やつ? なんだかどれもこれもシリアス展開のフラグに見えてくる。私は絶対に、夏祭り回特有のシリアスなんかには屈しない!


…………

……


 すぐに雨が上がって、私たちは喫茶店を出る。路面が濡れた駅前のロータリーを見ていると、葵と初めて一緒に帰った時のことを少し思い出した。そういえばあの時も雨が降っていたな。葵は雨女なのかもしれない。


 ともかく、突然のにわか雨には完璧に対処出来た。この雨で花火大会が中止になるようなことも、私の記憶では無い。そう安心しかけた私は、葵の歩き方が少し変なことに気付いた。


「もしかして葵、靴擦れした?」

「え? あ、あの……ちょっとだけ。でも全然大丈夫だよ!」


 なるほど、次はそうきました、か。浴衣ではないため鼻緒ぶち切れイベントは回避出来ると安心しきっていたからか、葵のスニーカーが新しいものだったことに気付けなかった。私の落ち度だ。


 私は近くの公園のベンチに葵を座らせ、スニーカーと靴下を脱がせた。葵の小さな足の踵の部分が、赤くなっていた。でも良かった。早く気付けたからか、まだ軽傷だ。そして私は夏祭り中の負傷イベントにも対応出来るようにするため、色々な便利グッズを持って来ていた。


 まずキズパ○ーパッドを葵の踵に貼り、剥がれないように軽くテーピングをする。あと一応、葵のスニーカーの踵の部分にワセリンも塗っておいた。ちなみにこれらの対処方法はちゃんとした医師の監修を受けた訳ではないので、真似をする際は自己責任でお願いします。


 唐突な靴擦れイベントが発生した時は少し焦ったが、これも何とかなりそうだ。私がほっとしていると、


「みーちゃん…… ごめんね。わたしのせいで、花火間に合わないかも……」


 アカン! どこまでもシリアスが追いかけてくる!


 これ葵が責任を感じて落ち込んで、私が口先で「全然気にしなくてもいいよ! 大丈夫だよ!」って元気付けても響かなくて、次に会う時まで微妙な感じになるやつだ! それで後日ヒロインに、主人公が「だから俺にはもっと迷惑をかけてくれてもいいんだぜ!」みたいな、なんかいいことを言って逆に仲が深まるみたいな。


 でもそれはダメだ。私は今の、この夏祭りを最高のものにしたい。そのためには…… そうだ、靴擦れのことなんかどうでも良くなるような衝撃インパクトで、シリアスになりそうな流れを吹っ飛ばすんだ。そう心に決めて、私は近くの駐輪場から、普段は通学で使っているマイ自転車を引っ張り出した。


 令和のみなさん、ごめんなさい。これより私は平成の倫理観で動く!


「葵、後ろに乗って!」

「えぇっ!」


 自転車の二人乗りだ。もしこれが令和の時代なら、即炎上して死刑になるだろう。


 もちろん平成の時代でも、決して許されている訳ではなかった。普通に違反だし、警察に止められたら怒られるし、平成でも人を轢いたら負傷したり死んだりするし、葵が荷台から落っこちたら靴擦れどころの怪我じゃ済まない。


 でもやるんだ。もしハンドルの操作を誤って誰かを吹っ飛ばしたり、葵を落っことしたりしたら、ガチで腹を切る覚悟で。自転車二人乗りは、やってみると意外と難しい。自転車を漕ぐ方だけじゃなくて、後ろに乗ってバランスを取る人も。私が自転車を走らせ始めると、葵は私のお腹に手を回して、落ちないようにしっかりとしがみついた。


 確かに葵が言っていた通り、今からでは自転車でも花火大会の会場には間に合わないだろう。葵の靴擦れの処置をしているうちに、あたりはどんどん暗くなってきていた。だから今私が向かっているのは、会場ではない、花火がよく見える別のスポット。


 駅からならショートカットを駆使してバスやタクシーよりも早く到着する、普段私たちが通っている私立誠林せいりん高校だった。


…………

……


「なんか夜の教室にいるのって、すごいいけないことをしてるみたいだね……」


 葵がそんなことを言う。「みたい」ではない、いけないことだ。私たちは偶然鍵がかかっていなかった1年7組の窓から、学校に侵入した。


 いや鍵がかかっていなかったのは偶然ではあるけれど、私はそれを知っていた。私は一周目の世界で、夏祭りの途中にばったり会ったクラスメイトから、「学校に忍び込んで持ち帰り忘れた宿題を取ってきちゃった」みたいなことを聞いていたからだ。


「大丈夫かな…… もしバレたら……」

「大丈夫。ハルヒの主人公だってしょっちゅう夜の校舎に出入りしてるじゃん」

「それフィクション……」


 自転車に二人乗りして、夏休みの夜の高校に忍び込むのなんて、常識的に考えて凶行のたぐいだ。だけど半ばショック療法みたいな感じにはなっちゃうけど、靴擦れで花火会場に行けなかったことへの葵の罪悪感は、うまく吹っ飛ばせたようだ。


 自分たちの靴を持って昇降口に行き、律儀に上履きに履き替える。そして私たちは、最上階にある3年生の教室のベランダを目指した。


 尚も不安な様子の、葵の手を握る。誰もいない、月明かりだけの夜の廊下を、私たち2人は手を繋いで歩いていく。ふと葵が、


「ごめんみーちゃん…… ちょっと待って」


 振り返ると、葵が何かを落としたようだった。だから拾ってあげる。それは「涼宮ハルヒの憂鬱」の文庫本だった。


「葵の鞄小さいし、私の鞄に入れとくね。なくさないように」

「ありがとう……」


 リノリウムの床を、私たちが歩く音だけが響く。最上階の3階まで上がってきたけど、ふと気になって、私はさらに階段を登っていった。屋上階だ。私はあまり期待しないで、屋上に出る扉を開けてみた。


「鍵かかってないじゃん……」


 これが創作ならご都合主義ってレベルじゃない。いや、もしくはこの世界にもう一人の未来から来た私がいて、鍵を開けておいてくれたことが、後から判明するパターンか。タイムリープモノではありがちな展開だ。


 だけど多分そういう壮大な物語の伏線とかじゃなくて、偶然誰かが閉め忘れたとかだと思う。まだ教室にクーラーすらない平成の世の中でさえ、中々見ないレベルのセキュリティだけど、そういうこともあるのだ。


 時間はちょうど、もうすぐ花火大会が始まる5分前くらい。私は場所取りのために使うはずだったレジャーシートを敷いて、その上に葵と一緒に座った。


 屋上のフェンスの向こうには駅前の夜景が広がっていて、祭囃子の音がここまで聞こえてくる。屋上を渡る少しだけ涼しさを感じる風の中には、雨上がりの匂いがした。


「葵、まだ怖い?」

「うん、少し。だけどみーちゃんがいるから、なんか大丈夫な気がする」

「こんなこと誰にも言えないね」

「ふふっ…… そうだね」


 だいぶ今の状況に慣れてきた様子の葵を見て、私は自分の鞄の中から、作ってきたお弁当を取り出す。


「お腹空いてない? お弁当持ってきたけど」

「え、すごい」

「はい葵、あーん」


 今度は人目が無いからか、葵も素直に口を開けてくれた。葵の小さな口の中に、卵焼きを放り込む。むぐむぐと咀嚼する葵を見ながら私は、自分と葵の関係ってなんなんだろうと考えていた。


 多分親友の結愛にも、こんなことはしない。「こんなこと」っていうのはあーんじゃなくて、今日の数々の犯罪行為のこと。もしくは突発的にラブホに行ったり旅館に泊まったり、甘えたくなったりとか、甘やかしたくなったりとか、そういったこれまでのこと全部。


 だから友達、みたいな言葉で片づけるのは、ちょっと違うなと思った。でも恋愛的に好きって感じでもない。こんな馬鹿みたいなことをしていても、一応心はアラサーなんだから、今更「これが…… 好き、ってことなの?」みたいにはならない。


 以前は「推し」っていう言葉を使ったけど、それも最近はちょっと違う気がした。でも何故か葵のためなら、社会的には許されないようなことでもやってあげたくなってしまう──。


「みーちゃん!? どうしたの?」


 葵が声をあげたのは、いきなり私が後ろから抱きついたからだった。いつかも、こんな感じのことをしたような記憶がある。葵の細い体は、夏でも少しひんやりしている気がした。


「葵、ごめんね」

「え? なんでみーちゃんが謝るの?」

「なんとなく」


 私が作ってきたお弁当を食べる葵の髪を撫でながら、時間を確認してそろそろだと思った。


「ねぇ葵、そろそろ花火が上がるよ」


 直後、夜空に大きな花火が華開いた。少し遅れて、お腹に響くような低くて大きな音。さらにもう一発花火が上がるのを見ながら、葵が、


「ねぇみーちゃん、私みーちゃんのことが、────!」

「あ、それ葵から借りたラブコメ漫画で見たやつ」

「えへへ…… わかった?」


 花火の音にかき消されて、告白の肝心な部分が聞こえなくなるやつだ。面白いことするなぁ、と思った。


「私ならもっとちゃんと再現できるよ」


 謎の対抗意識を燃やして、葵から離れて立ち上がる。そして後ろで手を組みながら何歩か歩いて、振り返って、


「ねぇ葵……」


 花火の音に合わせて、


「好きだよ!」

「声おっきいから普通に聞こえちゃってるけど」

「それっぽかった?」

「まぁ、うん……」


 それからは、どっちがラブコメっぽく告白できるかみたいな遊びが始まった。不法侵入した学校で、のんきに葵とそんな遊びをしているのは、不思議な楽しさがあった。


 私が葵との関係をどう思っているのか、今はまだはっきりとはわからない。だけど、それが「罪滅ぼし」ではなければいいなと、私は思った。

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