第23話 シリアスになりがちな夏祭り回をぶっ壊す!(前編)

 実は一周目の世界で、一度だけあおいと話したことがあった。いや、あれは話したというより、一方的に声をかけただけだったか。


 学校の廊下ですれ違った時に、葵が落とした「涼宮ハルヒの憂鬱」の文庫本を拾ってあげた。その時に私が葵にかけた言葉が、


「こういうの、あまり学校に持ってこない方がいいと思う」


 だった。校則違反とかじゃなくて、「オタクを隠せ」的な意味で。これが一周目の世界での、私と葵との唯一の接点だ。


 実はこの時、私は葵をあまり好きではなかった。オタクを隠してギャルに擬態している私にとって、学校ではばかることなくラノベを読んじゃう「オープンオタク」と呼ばれる存在が、羨ましくもあり、同時にどこか腹立たしくもあったのだ。


 実際に一周目の世界で、葵はややクラスで孤立していた。たまに委員長が話しかけるくらいだ。そして私はそれを、怠慢だと思った。そこには「私はこんなに頑張って隠してるのに!」みたいな、醜い心もあった。オタクに厳しいオタクだ。


 しかしあの時葵にかけた言葉は、私の中にずっと棘のように残り続けた。それは社会に出て働くようになっても、アラサーになっても刺さり続けていて、そして多分、今も残っている。


…………

……


 エロゲやラブコメにおける“夏祭り回”は、物語のターニングポイントとなる重要なエピソードになりがちだが、それと同時にシリアスになりがちでもある。


・人混みでヒロインとはぐれがち

・そして何故かスマホの充電が切れがちor紛失しがち

・ヒロインの下駄の鼻緒が切れがち

・恋のライバルキャラと遭遇しがち

・財布なくしがち

・雨が降りがち

・なんかギスギスしがち

・そもそもヒロインが夏祭りに来れないがち


 わかる。どれもヒロインとの関係性が発展するための“前振り”として重要なものだ。例えば「人混みでヒロインとはぐれる」も、一度はぐれて再会させることで、ヒロインへの思いを再確認したりする。「もうはぐれないように」みたいな感じで、手を繋いじゃったりもする。


 もちろんそういった夏祭り回も私は好きだ。しかしその一方で、「普通に夏祭りを楽しませてあげてよ! おーいおいおいおい……」と、おいおいむせび泣いてしまう私もいた。


 8月中旬。今日は葵と夏祭りだ。そして私はこの夏祭りを、絶対にラブコメの夏祭り回みたいなシリアス夏祭りにはしないと魂に誓っていた。


「あ、みーちゃん……久しぶり」


 約一週間ぶりの葵を見て、私も久しぶりに会ったような気分だった。そして待ち合わせ場所の駅前にちょこんと立つ葵を見て、私はこう思った。


 死ぬほど甘やかしたい!


 葵を甘やかしたい欲と、葵に甘えたい欲は、波のように交互にやってくる。今日はバッチバチに甘やかしたい日だった。絶対に楽しい夏祭りにしてやるからな。


 さて、夏祭りではあるが、今日も葵はシンプルな半袖半ズボンにスニーカーという少年スタイル。いかにも夏祭りみたいな、浴衣に下駄とかではない。夏祭りではなく、ちょっとそこのコンビニに行ってくる、みたいな格好だ。


 しかし今回に限って言えば、これは私が指定した格好だった。私は事前に「動きやすい格好で来て」とメールを送っていた。何故そんなことをしたのか。理由は簡単で、鼻緒が切れるなら、そもそも下駄や草履を履かなければ良いという発想だった。


 コペルニクス的転回。


 昔の認識論では、例えば「りんご」のような対象そのものが、私たちに「あれはりんごだ」みたいに思わせるものだと考えられていた。しかしそうではなくて、りんごを「りんごだ」と思うのだ。これがコペルニクス的転回。だからりんごを見ても、「あれはりんごだ」と認識しない人もいるかもしれない。それは私たちのフィルター次第だ。


 何が言いたいのかというと、つまり夏祭りに浴衣を着なくたっていい! これが私たちの夏祭りだ!


…………

……


 私たちが通う私立誠林せいりん高校の最寄り駅のバスロータリー。そこを一時的に封鎖して行われる、町内規模の小さな夏祭りにやってきた。バスロータリーの真ん中にはやぐらが組まれており、周りでは人々が盆踊りを踊るなどしていた。


 そんな夏祭りに来て高校生がまず行くところといえば? そうだね。マックだね。


 いやこれは私だけかもしれないけれど、夏祭りに来ると何故かマックに行きがちだ。祭りという非日常の中にいるからこそ、逆にいつもと変わらないマックに行きたくなる気持ち、あると思います。


 あと久しぶりの葵と、椅子に座って少しゆっくり話したい気持ちもあった。


「はい葵ポテト。あーん」

「いや、それはちょっと恥ずかしいかも……」

「えーなんでー?」


 うーん…… 中々甘やかさせてくれない。まぁそれはいいとして、今日の計画はこうだ。まずこの町内規模の夏祭りを、余すことなく楽しむ。人でごった返すような大きなお祭りじゃないので、人混みで葵とはぐれる、みたいなお約束展開になる心配は無用だ。


 そして夜まで時間を潰し、近くの市民陸上競技場で行われる花火大会に徒歩で移動。夏祭りから花火大会へのハシゴだ。こっちは少し人が多くなるが、早めに移動をしてしまえば問題は無い。人々が花火大会会場の屋台に気を取られているうちに、場所取りをして、私は作ってきたお弁当を葵と食べるのだ。完璧なプランだった。


「そうだ葵これ、夏休みの前に借りたハルヒ。全部読んだよ」

「え! ほんとに! どうだった?」


 これでハルヒも「葵に借りて読んだ」ということになり実績が解除。葵と普通にハルヒの話が出来るようになった。


「うーん、長門って子が今のところ推しかなぁ」

「まぁ大体初めて読んだ人は長門派になるよね」

「葵は誰が好きなの?」

「あまりキャラ萌えでハルヒを読んだことないけど、一周回ってハルヒ派かなぁ。一周回ってね。ハルヒって世間ではツンデレの代名詞みたいに言われてるけど、実はキョン全肯定なところがとても良いと思う。だってハルヒが巻き起こす色々な騒動って……」


 すごい早口で言ってそう。というか早口だった。葵のこういうオタクっぽいところを見るの、実は結構珍しいんだよね。もっと出してくれて良いのに。


「あ、ごめん。ちょっと一人で喋り過ぎたかも……」

「えー全然気にしなくていいのに。あれだよね、実はキョンくんもファンタジーなこと大好き人間なんだって思ったら、ハルヒも可愛く見えるよね」

「そうそう! そんな感じ!」


 外からもれる祭囃子を聞きながら、駅前のマックでハルヒトークをする私と葵。このマックは町内会との連携を重視しているのか、祭りの期間中は外からの飲食物持ち込みOKになっていた。なので私たちのテーブルには屋台で買った焼きそばやラムネと、マックのポテトが並んでいる。


 見ると葵が、ラムネのビー玉を押し込むのに難儀している。甘やかしチャンスだった。私は自分のラムネのビー玉を落とし、


「はい葵、こっち」

「ありがとう…… ちょっとイケメンっぽいね」

「あと葵、ほっぺに焼きそばのソース付いてるよ。拭いてあげるね」

「お母さん……?」


 私は葵の小さな口元についてるソースを拭いてあげて、それだけでなんだかとても満たされた気持ちになった。


…………

……


 マックを出て、私と葵は夏祭りの出店を回る。FPSゲームも大好きな葵が、射的でやたら本格的な射撃体勢をとっていたのが面白かった。一方で私はなるべく腕を伸ばして銃口を近づけるという、物欲ぶつよくしか感じられない夏祭りの射的ならではの体勢で撃つ。これが正しい撃ち方なのかはわからないけど、キャラメル一個は取ることが出来た。


「はい葵キャラメル、あーん」

「う……あー、ごめんやっぱ恥ずかしい」


 惜しい。あとちょっとだった。でもあと何回かトライすればいけそうだ。葵は押しに弱いところがある。


 他にもお面屋さんの前でエンドレスエイトごっこをしたり、わたあめを食べて「そういえばわたあめってこんな感じだったな」ってなったり、偶然クラスの友達に会ってすこし話したり。葵の手を引っ張って、少しだけ盆踊りの輪に加わってみたりもした。


 正直なところ、夏祭りだけで時間が潰せるかは不安なところもあった。ましてや私は、心だけで言えばアラサーだ。酒も飲まずに夏祭りを楽しめるのかどうか、こればかりは出たとこ勝負だった。でも案外、出店を回ったりするだけでも遊べちゃうものだ。


 何より、新鮮そうな反応を示す葵を見るのが楽しかった。これまでのこともそうだけど、葵は色々なことに、まるで初めて体験したような反応を見せる。海とかバンド練習とかフットサルとかラブホとか。ゲームを一緒にやる時ですら、なんだか新しい体験にワクワクしているような雰囲気が伝わってきた。


 ところがそんな感じで夏祭りを楽しんでいる私たちに、シリアスの影が忍び寄る。


「ん? 雨降ってきた?」


 空を見ながら葵がつぶやく。なるほど、そうきたか。しかし今日の私の打倒シリアス夏祭り回の決意は、突然の雨などでは揺るがない。もちろんこの事態も、私にとっては想定内のことだった。

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