第20話 海と水着のジャンボリー!

 晴れ渡った青い空! 太陽! 海! 砂浜! 湘南の風!


 今日は私とあおい結愛ゆあ実咲みさきちゃん委員長の4人組で、ついに海にやってきた!


 場所は当初の予定通り、片瀬江ノ島駅から徒歩数分の「片瀬東浜海水浴場」。都内の高校生が夏休みに海に行くとなったら、大体ここになるというのが私の持論だ。


 ところで今日の私は、普段よりもギャル度を抑えた、清楚寄りのメイクをしている。といっても脱色した髪とかはどうあがいてもギャルなので、あくまでギャルの中での清楚系だ。清楚系ギャルだ。


 何故せっかくの海なのに、ギャルを抑えるのか。理由は簡単な話で、海でギャルを全開にするとめちゃくちゃナンパされるからである。


 ナンパ師たちはやっぱり、「なんか今夜ヤれそう感」がある女をターゲットにする傾向がある。例えば結愛を見て欲しい。誰がどう見ても美人で、割とえぐい感じの黒いビキニ姿なのに、さっきからほとんど声をかけられない。結愛はギャルだけど、「ヤれそう感」が無いのだ。斥力のギャルだ。


 一方で引力のギャルである私は、チャラい感じを出すと結構気軽に声をかけられてしまう。結愛だけならともかく、葵と委員長もいるのに、私のヤれそう感でみんなに迷惑をかける訳にはいかない。今日は純粋に女子だけで海を楽しむんだ! き〇ら系漫画みたいに!


「みーちゃん、わたし海って何すればいいか、正直よくわかんないんだけど」


 パラソルやレジャーシート、ビーチチェアなどを配置し、砂浜に“拠点”を設営していた私に、葵がそんなことを言う。今日の葵はセパレートの水着の上に、Tシャツという着こなし。いつもの少年スタイルではないが、川に遊びに来た女児のようだった。


 しかし海で何すれば良いかわかんない……です、か。私はそんな葵に海を“わからせる”ために、


 1、唐突に葵を肩車する

 2、私の上で何か叫ぶ葵を無視して海にダッシュ!

 3、そのまま海にダイブ!


 バッシャーン。舞う水しぶきと海水の匂い。


「ちょっとみーちゃん! 死ぬかと思ったじゃん!」

「あはは!あはははは!あはははははは!!!!」

「わたし泳ぎ苦手なんだよ!?」

「あっははははははは! あははははは!!!」

「みーちゃんってば!」

「もっかいやる?」

「ヒェッ……」


 そして葵が海水をバシャバシャとかけてきたので、私もバシャバシャとかけた。そうしているうちに、葵も少しずつテンションが上がってきたようだった。海なんてこれでいいんだ。


 ただ、「結局海に来て何するの問題」があることも理解出来る。シュノーケリングを楽しめるような海ならまだしも、濁った湘南の海なんて、潜ってもほとんど何も見えない。海に来たのはいいけど、取り敢えずぷかぷか浮くくらいしかやることなくね? って人もいるだろう。

 

 しかし私はこの問題に“答え”を持っていた。


 そう、ビーチバレーである。あっつい砂浜で、なんかボールをぽんぽんしているだけで、何故だか人は楽しくなるのだ。私は鞄の中から、この日のために買ったビーチバレーボールを取り出した。


…………

……


 私・委員長チームVS葵・結愛チームのビーチバレー対決。チーム分けは、単純にスポーツが出来る委員長&結愛と、スポーツが苦手な私&葵を分けた形だ。


 ちょっとテンションの上がった葵が、結愛と手を合わせて円陣の真似事をして、「今日は死ぬのにもってこいの日だ!」みたいなことを叫んでいた。「少女ファイト」か。「ハイキュー!!」も「はるかなレシーブ」もまだ連載が始まっていないこの時代のオタクにとって、バレーボール漫画と言えば「少女ファイト」だった。


 とはいえ円陣を組んで気合いを入れるほどの、ガチなバレーボール対決ではない。ネットも無く、ルールもふわふわの、カジュアルなビーチバレーごっこ…… のはずだった。


「美樹さん! レシーヴ!」


 高く跳んだ結愛から、鋭角なスパイクが放たれる。私は一応レシーヴを試みるが、ボールは無情にも砂浜に突き刺さった。


 江ノ島の砂浜でやる! 女子高生のカジュアルなビーチバレーごっこで! ボールを下方向に飛ばすんじゃない!


 もっと上方向の弾道で、「あはは」「うふふ」「はい落とした~」みたいなビーチバレーを想像していた。とはいえ先に仕掛けたのは、こっちチームの委員長だった。


 白の水着にパレオという清楚スタイルからは想像出来ない、嘘みたいな速さの委員長スパイクが、油断していた結愛にヒット。そこからは血で血を洗うビーチバレー対決に発展したのだ。こうしたイベントごとではしっかり羽目を外す委員長は、真の陽キャだと思った。


 そんな委員長がサーブの体制に入る。


「行きますよ!」

「実咲ちゃん! もっとお嬢様っぽく言って!」

「行きますわよ!」


 こうした振りにもしっかり応えてくれる委員長は、コントロールされたサーブを葵の方向に放った。


 上手い。葵にボールをレシーヴさせれば、ツーアタックでもしない限り、葵がスパイクを打つことになる。結愛の馬鹿みたいなスパイクを封じられるのだ。


 案の定、葵がレシーヴしたボールを結愛が受けて、そのままトスを上げる。必然、あんまり力がなくて背も低い葵がスパイクを打つことになるのだが、


「ポーキー!?」


 ポーキーとは、スパイクをする振りをして山なりのボールを打つ、フェイントのようなテクニックだ。ただネットもなく、ブロックもいないこのビーチバレー対決では、あまりやる意味はない。ただ葵がやりたかっただけだ。


 さすがにこれなら私でも取れる。ところが私が落下点に入った瞬間、風でいきなりボールの軌道が変わって、


「へぶっ!」


 バランスを崩した私は、盛大に砂浜にコケた。


 笑う結愛と、「次はもっと取りやすいボールを打つね」と煽る葵。このクソガキどもめ……! 私もむきになって、本腰を入れてビーチバレー対決に挑むのだった。


…………

……


 結局私たちは対決で負けて、罰ゲームで飲み物を買って戻ってくると、葵が全然知らない女性二人組を見ていた。多分私たちと同年代くらいだろう。


 私はお約束の頬に飲み物をぴとってやるやつを葵にやりながら、


「葵? あの人たちがどうかしたの?」

「あ、いや、さっきあの人たちがコードギアスの話をしてて」


 なるほど、この江ノ島という陽キャのたまり場で“同類”を見つけたのか。葵、ギアス好きだしなぁ。


「ふーん。話しかけたいの?」

「え? いやそういう訳じゃないけど」


 そこそこ話したそうだ。よろしい。そこらのケツの青いナンパ師には真似できない、アラサーの百発百中のナンパ術を見せてやるよ。


「ねぇ葵、ちょっとそのボール貸して?」


 私は葵が持っていたビーチバレーボールを受け取ると、ちょうどその女性二人組の目の前に落ちるくらいに放り投げた。すると知らない女性二人組が、ボールを拾ってくれる。そして私は、


「すみません! 今あっちでビーチバレーしてて!」


 そのボールをきっかけに繋がりを作り、


「あ、もしかして同い年くらいですか? 今私たち高校の友達と海に来てて。もしよかったらちょっと一緒にご飯でも食べません?」


 あんまり遊んでる感じの子たちには見えないけど、どうだ? と思っていたら、意外にもすんなりOKをもらった。背後に控えていた葵に、“同類”の匂いを感じ取ったからかもしれないけれど、ナンパの成功はちょっとだけ達成感があった。


…………

……


 結局あの後、知らない同い年の女子二人と海の家でご飯を食べ、すぐに別れた。葵は楽しそうにギアスの話をしていたし、私たちはメアドも交換した。


 どうやら偶然にもうちの近くの高校に通う1年生だったようで、一応学園祭でライブをすることも宣伝しておいた。あと途中で委員長と結愛も合流してきて、知らない女子二人は結愛にキャッキャしていた。


「今更だけど、みーちゃんってたまにすごいことするよね」

「そうかな」


 例えば結愛の顔面なら、私みたいなテクニックを使わなくても、ワンナイトくらいには持ち込めそうだけど。


「そうだよ。見ず知らずの女子たちに話しかけて、一緒にご飯も食べるなんて、わたしは想像もしたことなかった。みーちゃんってすごいって思う」

「いやただのナンパだけどね」


 正直あまり褒められた行為ではないような気もするので、葵に「すごい」って言われても、ちょっと居心地が悪かった。偶然あの人たちがOKしてくれただけで、ただの迷惑になっていた可能性もある。私の中の“令和”の部分は、そんな風に反省していた。でも、


「葵は、あの子たちと話せて楽しかった?」

「うん! だから、ありがとうね」


 葵が楽しいって思ったなら、それで良いと思った。


 最初は「海って何すればいいの?」って言っていた葵だったけど、その後も彼女は夢中で遊び続けた。引き続きバレーボール対決をやったり、浮き輪を持って海の波に挑んでみたり、委員長に海に投げられたり、仕返しに葵が委員長を投げようと試みてみたり、やっぱりダメだったり。


 葵だけじゃなくて、スキンシップが苦手な結愛もいつもよりみんなと距離が近かったり、委員長もちゃんと年相応の高校生としてはしゃいでいたように見えた。やっぱり海ってすごいなと思った。なんだかんだで来てみるものだ。


 そうして気付けば日が傾くまで遊んで、なんか夢中で砂浜に穴を掘っていたところで、委員長が思い出したように、


「あ、そろそろ帰る準備をしないと」


 確かに。パラソルとか色々片づけて、海の家でシャワーを借りて、更衣室で着替えたりして、結構時間がかかる。私と結愛はすぐに立ち上がるが、葵はちょっとだけ残念そうな感じをにじませていた。


「葵、まだ帰りたくない?」

「うん、ちょっとだけ。また来たいな……」


 なるほど、だいぶ帰りたくなさそうだ。そんな葵を見て私は、ある名案を思い付くのだった。まず結愛と委員長に、「今日はここで解散にしない?」と提案する。わけを話すと、2人とも「無茶するなぁ」みたいな顔をしながら、承諾してくれた。


 そして葵のもとに行き、


「ねぇ葵、おこづかい、まだ余裕ある?」

「え? まぁお母さんが多めにくれたし、大丈夫だけど」

「じゃあさ、今日は二人でどっかに泊まっちゃおっか?」

「えぇっ? ええええぇぇぇっ!?」


 普段はあまり聞けない葵のでっかい声が、夕日に染まる海の波音にかき消されていった。

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