第19話 女子高生にオギャりたいアラサー
宿題も終わらせて、数日後の日帰り海水浴まで特になんの予定もない、ぽっかりと空いた夏休みのお昼前。私は一人、自室で悶々としていた。
終業式の日、ちょっとした悪夢を見て落ち込んでしまった私は、花火をしながら葵にバブバブに甘えた。精神年齢アラサーの私が、正真正銘の高校1年生である葵に、だ。
知っての通り、私は以前から若干匂いフェチなところがあった。他方でそれ以外は特に偏った性癖はなく、それ故に幅広いジャンルのアニメや漫画、エロゲを嗜むことが出来た。ところが、精神年齢だけで言えば10歳以上も歳が離れている葵に甘えたという強烈な体験は、私に新たな性癖を芽吹かせようとしていた。
というかここ最近気付いたことだけど、葵は意外と包容力がある。自分で言うのもなんだけど、私はだいぶ突拍子も無いことをしてきた。急にラブホに連れていったり、夜遅くに押しかけて花火に誘ったり。だけど葵はいつも、なんだかんだで私に付き合ってくれるのだった。
そんな葵に、どちゃどちゃに甘え散らかしてみたい。ただどうすれば……。訳もなく唐突にオギャり出すのは、さすがの私でもまだ抵抗があった。
そういえばこの前のお泊り会で膝枕の話になった時に、葵に膝枕してもらいそびれたな。もったいないことしたな。
「うーん……うーん……」
自然に葵に甘える方法をうんうん言いながら考えていると、
「お姉ちゃん何唸ってるの? お腹痛いとかなら病院に電話かけようか?」
妹の
「いやどうしたら同級生に赤ちゃんのように甘えられるか考えていて」
「キッッッッッッッッ」
あ、妹の口から「キッ」まで出たな。でもそこで止められたのは偉いぞ。
とはいえ実際問題どうしたものか。またラブホにでも連れていくか? でもあの時は雨宿りという口実があったからで、甘えたいという理由で連れ込むのはそれはもうプレイだ。高校生がやっていいことじゃない。
そこまで考えて、私の頭の中に一つの天啓が舞い降りた。さっそく私は、家で暇しているだろう葵に電話をかけるのだった。
…………
……
…
「珍しいね。みーちゃんが漫画喫茶なんて」
「ちょっと葵に教えてもらいたいゲームがあって。ほら、この前葵が言ってたゲーム」
あっついあっつい真夏のコンクリートジャングルをさまよって、私たちは「漫画喫茶」にたどり着いた。適度に冷房の効いた店内の空気が気持ち良かった。
漫画喫茶。オタクの聖域である。
オタクの人たちは自分の一日の行動範囲を振り返って欲しいのだが、ほぼ自室のパソコンの半径1メートル以内で完結しているのではないだろうか。極論、オタクはパソコンの周り以外の空間を必要としないのである。
つまりオタクの部屋は、漫画喫茶で良いということ。ここには高性能のPCもあって、リクライニングチェアもあって、たくさんの漫画があって、頼めば料理も運ばれてくる。これ以上の空間があるだろうか。
2007年頃からネットカフェ難民とかいう言葉が取り沙汰されたが、それを見た中学生時代の私は、「ネカフェに住めるなんて羨ましい」と思った。もちろんそこには色々な問題があるのだろう。でも私はそれほど、漫画喫茶という空間にユートピア性を感じていたのだった。
で、今回私たちが入るのは仕切りで区切られた一人席ではなく、2~3人で入れる鍵付きの個室。マットルームに座椅子が置いてあるタイプで、デスクトップPCが一台だけ設置されている。
もちろん私は、ゲームをやったり漫画を読みにこの漫画喫茶に来た訳ではない。ゲームを教えてもらうという体で、葵に甘えるためにやってきたのだ!
さっそくドリンクと、それと一応漫画も持って、葵と並んで個室の座椅子に座る。個室と言っても結構狭い空間なので、必然的に葵との距離は近くなった。葵の黒い髪が、汗で少しだけ肌に貼り付いているのもわかる程だった。
さて、今日葵に教えてもらうゲームは「League of Legends(LoL)」というゲーム。ただなんのゲームをやるかはあまり重要じゃないので、このゲームの詳細な説明は省く。
一応ざっくりと説明すると、MOBAと呼ばれるジャンルのゲームで、5対5に分かれて相手のタワーを折ったり心を折ったりするゲームだ。味方チームと敵チームがいて、勝ち負けがあるってことだけ抑えてくれれば問題ない。
そして今回重要なのは、“負け”の方だった。つまり私の作戦は単純で、葵に教えてもらいながらゲームをプレイして、負けた時に「ふえぇ…… 勝てなかったよぉ。もぅマヂ無理」と泣きつく。そういう絵を描いていた。
「敵のジャングルが
私の恐ろしい策略にも気付かず、真面目にゲームを教えてくれる葵。もちろん私も葵のアドバイスはちゃんと聞くし、ちゃんと勝つためにプレイもする。ただそれでも負けてしまう時は、必ずやってくるのだった。
ゲーム画面に『DEFEAT』という文字が表れ、私たちのチームの敗北が確定する。ついに来た、この時が。私は「あー惜しかったねー」と言いながら、横からゲーム画面を覗き込む葵に……。
葵に……あれ? なんだか思ったより恥ずかしいな。割と私は相手が嫌がらないなら、誰であろうと気軽に抱き着きにいけるタイプだ。でもいざ「甘えよう!」と身構えてやろうとすると、意外にすっといけない。
尻込みしているうちに、致命的な“間”が空いてしまった。こういうのは流れでいかないとダメなのに。仕方ない、次に負けたらまたトライするか。そう思っていた時だった。
「うーんドンマイ! あ、頭でも撫でてあげようか?」
え、葵さん?
葵はゲームになると、結構煽るタイプのゲーマーだった。だからこれも煽りなのかもしれないけど、私は試しに自分の頭を葵の方向に傾けた。
小さな手が、脱色した私の髪を繊細に撫でていく。お。おぉ…… これはなんだか。なんかちょっとすごいぞ!
令和では「女性のホンネ」みたいなネット記事で、よく「髪が崩れるので女性は頭を撫でられるのが嫌い」みたいな記事をよく見かける。私もそういった記事を、依頼を受けて書いたこともあった。しかし令和の男性諸君! 全ての女性が頭なでなでNGだとは思わないで欲しい!
実際に今の私は葵に撫でられながら、セロトニンとかオキシトシンとか、よくわかんないけどストレスを軽減する類のホルモンがドバドバ出ているのを感じていた。この世界の諸問題とか、人類の愚かさとか、そういったことが全てどうでもよくなっていくような気分だった。
そしてその後も、
「みーちゃんのご飯来たけど、今は手が離せないよね。そうだ! 食べさせてあげようか」
「
「いっぱいボタン押せて偉い!」
なんか今日の葵、異様に優しい。私が甘える暇もなく、積極的に甘やかしてくる。今日も少年みたいな夏服を着た葵は、いつもよりもさらに幼く見えて、そんな葵に甘やかされるのは癖になりそうな危うさがあった。
バブみ。この頃はまだ使われていないが、私はこの言葉を、年下、それも幼女のようなキャラクターに母性を見出すという意味だと定義している。要は一種のギャップ萌えだ。そして私は今明らかに、葵にバブみを感じていた。
「ちょっと休憩する? あ、膝枕してあげようか。実はお泊り会の時に、
そう言って葵が、短パンから伸びる子供みたいな細い脚を崩す。横座りと呼ばれる座り方だ。私は葵の膝に頭を乗せたところで、ついにオギャりゲージが許容値を超えて、
「なんか今日の葵、優し過ぎじゃない?」
「え、そうだった? 何かおかしかった?」
「いやおかしくはないけど。でもどうしてかなって」
「うーん……」
尚も私の頭を膝に乗せながら、少し考えて葵は、
「なんとなくだけど今日のみーちゃん、優しくして欲しいのかなって」
マジかよ。葵に甘えた過ぎて顔に出ていたのだとしたら、さぞかしキモかっただろうな。だけどそう聞いてもまだ、葵の膝から頭を離せない自分がいた。気持ち悪い自分に自己嫌悪して、その自己嫌悪からさらに甘えたくなる。オギャりスパイラルだ。
結局私たちは、夜が来るまで延々と漫画喫茶で過ごした。さすがにずっと膝枕をしてもらっていた訳ではないけれど、ゲームをする葵のマウスクリック音だけが響いて、私はそんな葵に寄りかかりながらひたすら漫画を読んで……。
堕落。
今日という一日を簡潔に言い表すとしたら、そんな言葉が思い浮かんだ。でも決して悪い気分はしない。私はこのままわずか2畳くらいのスペースで、ずっと葵と暮らしていくのも悪くないと思った。
「はいみーちゃん、口開けて」
ゲームを終えた葵が、漫画を読んでいる私の口にポテトを放り込んでくれた。
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