第4話
録音した音声を何度も聴き返しながら、宮本はレポートの下書きを打ち込んでいた。
冒頭にこう書いた。
「アンパンマンにおける正義と悪の構造:子供向けアニメ作品における善悪の再考」
まるで、自分が最初にそれを発見したかのような口ぶりで文章を綴る。
しかし、彼の中に芽生え始めていたのは、ただの優越感ではなかった。
―音声の中の少年の声。
静かで鋭くて、でもどこか悲しげだった。
「助けたのに悪のままでしかいられない存在もあるんです」
その言葉が、どうしても頭から離れない。
(俺、なにしてんだろうな・・・)
ふと思う。これは自分の言葉でも、考えでもない。録音して、切り貼りして、それっぽく整えただけ。
―けど、手を止められなかった。
盗んだことに罪悪感を持っていないわけじゃない。ただ、それよりも、
「このまま自分のものにしてしまえば、世の中に出るのは自分の声になる。」
という甘美な誘惑が勝っていた。
しかもこの内容は、ただのアニメ批評じゃない。
社会学・倫理学・哲学の観点からも切り込める、強烈なテーマだ。
現に書きながら、宮本自身がどんどん引き込まれていった。
文章にしてみることで、和樹の語っていた構造の冷徹さが、より鮮明に浮かび上がってきた。
(アンパンマンは、顔を与えることで支配している・・・?)
(ジャムおじさんは、その構造を知ったうえでパンを焼き続けている?)
(バイキンマンは、正義の物語から排除された外部の象徴・・・?)
書けば書くほど、気づきが増える。これは論文じゃない。思想だ。
「・・・けど、これって本当に俺の卒論って言えるのか?」
深夜の研究室。
宮本は、自分の打った文字を見つめながら、唇をかんだ。
そのとき―ふと、部屋の外の廊下で足音が止まったような気がした。
彼は無意識にPCの画面を閉じ、録音アプリを停止した。
―誰かが近づいている。
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