タイムスリップ恋愛シリーズ

@ha_ruka_4156

電話ボックスと少女

転校してきたばかりの海辺の町は、夕方になると、空と海の境目が消えてしまいそうになるほど静かだった。

学校では誰とも言葉を交わさず、教室ではただノートに意味のない線を引く日々。

蓮は「どうせまたすぐ引っ越す」と、最初から何も望まないことに慣れていた。


そんなある日、学校の帰り道、ふとした気まぐれで回り道をした先――岩場の奥に、古びた電話ボックスがぽつんと立っていた。


錆びたフレームに、ひび割れたガラス。

誰が使うわけでもないその電話ボックスに、なぜか足が止まった。

そして、吸い寄せられるように中へ入った蓮は、何の期待もなく受話器を取った。


「ツー…ツー…」


壊れているはずの電話なのに、音が鳴った。

それだけで、なぜか心臓が静かに跳ねた。

誰もいないはずの海辺で、蓮はぽつりと呟いた。


「聞こえてたら…返事してくれないか。」


それが、すべてのはじまりだった。


次の日、学校での孤独な時間が終わると、蓮はまっすぐ電話ボックスへ向かった。

そして受話器を取ると、少女の声がした。


「聞こえてるよ。」


驚くはずなのに、怖くはなかった。

むしろ――救われた気がした。


少女の名前は澪(みお)。

歳は自分と同じくらい。

彼女もまた、「少し、さびしい」と言った。


それから、毎日会話を重ねた。

海の音が遠くで混じる、秘密の電話ボックス。

お互いの顔も知らないまま、蓮と澪は、名前を呼び合うようになった。


でも、澪の話す内容には、違和感があった。

知らない歌、知らないテレビ、古い言葉遣い。

やがて蓮は気づいた。彼女が見ている世界は、自分とは「違う時間」にある。


調べて、たどり着いたのは30年前の新聞記事。

「津波により旧市街壊滅、生徒数名行方不明」

その中に、一人の少女の名前があった。

水無瀬 澪。


蓮の手が震えた。

会ったこともない、でも確かに存在していた少女。

もう、この世界にはいないはずの少女。


なのに、電話の向こうの澪は、今日も変わらず言った。

「ねえ、蓮。君と話してると、ほんとうに心が温かくなるんだ。」


触れられない。会えない。だけど、確かに繋がっていた。

孤独だった二人が、時を越えて出会ってしまった。


蓮はある日、涙声で言った。


「君に会いたい。」


沈黙のあと、澪は微笑むように言った。


「私ね、きっとあの日、海に消えていく前に、ずっと誰かを待ってたんだと思う。

もう一度、誰かと繋がれるって、どこかで信じてたの。

…蓮が、その声になってくれた。」


最後の通話の日、受話器から聞こえたのは、ほんの少しの静寂と、遠くで響く波の音だけだった。


澪の声は、それきり、もう二度と聞こえなかった。


けれど蓮は、もうひとりではなかった。

澪と話した日々が、彼の心に確かに残っていた。

それは、消えた少女がこの世界に残した、静かな奇跡だった。


そして今日も、放課後の海に立つ蓮は、風に髪をなびかせながら、かすかに笑う。

海の向こうに、声が届くように。

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