空飛ぶ箒プロジェクト!~元社畜の転生日誌~

草葉野 社畜

第1話 35歳独身、未来ナシ

 昔から、ファンタジー系の作品が好きだった。


 魔法に剣にドラゴン、自由に空を飛ぶ箒。信用できる仲間に、使い魔的なかわいい動物。そして、主人公が知恵や才能、勇気を振り絞りながら立ち向かう強大な敵。


 この敵を倒すまでの冒険パートが、また良いんだよなぁ。モンスターなんかを倒しながら、古代の遺跡やらダンジョンを探索して、新しいアイテムをゲット。途中で仲間が増えたり減ったりしながら、ドラマチックに話が進んでいく。

 どの話も大枠は同じはずなのに、世界観や登場人物が変わるだけでこんなにも新鮮な気持ちで楽しめるのか、って幼心ながら思っていた。


 特に学生時代には、某魔法学校のシリーズにがっつりハマったものだ。どのくらいのめり込んだかというと、下校中に見つけたいい感じの棒を振り回して呪文を唱えたり、学校の箒に跨ってこっそりジャンプしてみたり……といった黒歴史を量産する程度には。


 もちろん、いくら棒を振り回したところで何も起きないし、掃除用の箒が重力に逆らえたことはない。ましてや冒険譚お決まりの、仲違いした友達と事件を通して仲直り、なんて展開も、現実にはそうそうないだろうことは理解していた。


 だから、実際に夢想していた将来像といえば、一般的に幸せと分類される人生――仕事で出世して、上司にも部下からも頼りにされ、休日は趣味を楽しんだり気の合う友達とたまに飲みに行って、そのうち可愛い彼女とができてそのままゴールイン――を送りたいな、なんて、微笑ましいものだった。



 だが、現実はそう上手くいくもんじゃない。


 歳を重ねて多少出世したが、平社員より中間管理職のほうがよっぽど仕事がつらい。上司からは「服部くんには期待してるよ」という便利な言葉のもと仕事の押し付けを食らい、部下からは「やったことがないからできません」となぜか依頼した業務を拒否される始末。

 休日など、平日に消費したエネルギーを回復するためだけの時間になって、趣味を楽しむ余裕なんてない。友人は社会人として忙しく過ごすうち、みんな疎遠になっていった。

 3年間付き合った彼女はいたが、価値観やら生活リズムやらがどうしても合わなくて、「蒼太のことは好きだけど、この先一緒に生きていこうとは思えない」と振られた。


 気がつくと35歳独身、趣味ナシ、彼女ナシの男性ができあがってたとさ。

 あー、やってられねぇ。


 どうせこのまま、仕事に追われて家に帰ってクソして寝るだけの人生が過ぎてくんだろ、俺知ってる。




「はぁ……」

 職場を出てすぐ、誰も周りにいないことを確かめて、大きなため息をつく。いや、別にため息ついてるところを誰かに見られたらマズイわけではないんだが、何となく気にしてしまう。


 今日は、いや今日も職場を出たのは終電ギリギリ。原因はわかりきっている。無茶な要件定義に仕様の直前変更、システムリリース直前だってのにテストも終わってない上、次から次へとトラブルが降ってくる。挙句の果てに、プロジェクトリーダーが病んで辞めた。


 他に対応できる人間がいないから仕方がないとはいえ、もう何連勤してるだろうか。リリースが完了したら、誰に何と言われようと代休と有給をもぎ取ってやる。絶対にだ。

 休めたら久々にお気に入りの飯屋に行きたいし、部屋も片付けなきゃいけない。いや、まずは昼過ぎまで思う存分寝ることが先か。




 そんな取らぬ有給の皮算用をしながら、駅まで続く歩道橋をのぼる。


 カン、カン、カン


 階段と革靴がぶつかって、高い音が響く。


 ――とりあえず、家に帰ったらゴミまとめて、


 カン、カン、カン


 何か食えるもん残ってたかな、コンビニ寄るか――


 カン、カン、――――




「えっ」




 靴音が途切れると同時に、突然、視界がおかしな方向を向いた。ぼんやりと前を見つめていたはずが、なぜか空が見えている。それだけでなく、背中のリュックに引っ張られるように、身体全体がどんどん後ろに傾いていく。


 ……まさか、足を滑らした?

 寝不足の頭でやっと理解したころには、もう足は階段から離れていた。視界の端にちらりと見える手すりに摑まろうとしたが、空振りに終わる。これは――、駄目かもしれない。


 重力に逆らえずに落ちていく身体と、内臓がひっくり返されるような気持ち悪い浮遊感、目の前に広がる都会らしい星の少ない夜空を見ながら、


 ――こんな事なら、もっと自分のやりたいことやっときゃ良かったなぁ


 なんて、今更どうしようもない後悔で息が詰まる。もはや手足を動かす気力も無く、せめてもの抵抗として、両目を堅く瞑った。そして、後頭部への強い衝撃と痛みを感じて、






 暗転。

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