僕らが恋をする理由

天照うた @詩だった人

一生叶わないだろう恋だけど。

「ねー、私浮気したい」

「……は?」


 今日もまた、幼馴染みの馬鹿な話が始まった。


◇◆◇


「私さ、付き合い始めたの。同じクラスの男子と」


 歌恋かれんがそんなことを言ったのは、一ヶ月前のことだった。

 違う中学校に進んだ俺は、目を剥くしかなかった。だって、歌恋は粗雑でいつも我儘しか言わないやつだったんだ。

 それなのに、歌恋が付き合う?


「……そっか、良かったな」


 心の隅で、何かが崩れていく音がした。


◇◆◇


 彼氏ができた、って報告した一ヶ月後に突然また押しかけてきて……浮気したい? 意味が分からない。


「だからさぁ、なんか違ったの。好きなんだけど、ずっと愛せる自信がない」


 ……好き。

 当たり前、だ。そうだよ。「付き合う」っていうのは、好きな人同士がするものだ。歌恋がその人を好きってことは、なんの変哲もない普通のこと。

 ――それなのに、胸が痛むのはなぜだろう。


「でも、別れるような理由もないし……そんな勇気もないから」


 ――違うよ。

 違う。違う。そんなの、歌恋らしくない。あいつはいつでも我儘で、自分のしたいことを一番に考えていて。

 それなのに、なんでそんなに弱気なんだ? 歌恋らしくない。歌恋じゃ、ない。


「だから、浮気する」


 そう言って、にやっと彼女は口角を上げた。

 相変わらず、僕の幼馴染みはわけがわからない。


「そもそもさぁ、私たちが恋をする理由ってなんなのかな? ホンモノの愛ってなんだろう? そんなもの、この世にあるのかな?」


 彼女にしては、弱気な言葉だった。

 歌恋だって、弱くて弱くてちっぽけな存在なんだ。そのことを実感した。


「……そもそも、恋愛って絶対にしなきゃいけないのかな」


 部屋の中でも、彼女の肩が落ちているのが分かる。

 窓からはいり込む夕焼けが彼女を照らす。それはまるでスポットライトで、彼女以外目に入らなくなる、魅了の魔法だった。


「――違うと思う」


 今日初めて、ちゃんとした声が出た。

 君の瞳のふちは少しだけ濡れている。


「必ず恋愛する理由なんてないし、しないならしないで良いと思う」


 君の大きな瞳が揺れる。「しなくて……いい?」と小さく呟いているような声も聞こえる。


「僕らが恋愛する理由って、ただの我儘だよ。無理してやるものじゃない。ホンモノの愛なんて、誰にも証明できない」



 ……そうだよ。愛なんて、証明できるものじゃないんだ。

 それがやっかい。形に遺せないなら、それがあったことを未来の誰も知らなくなってしまう。


「だから、人は付き合うこととか、結婚とかでそのことを未来に残していくんだろ?」

「……そーなんだ」


 やけに嬉しそうに、歌恋は口の端を上げた。

 そして、また彼女の暴走が始まる。


「ねー、じゃあ私を好きになってよ」

「は?」


 歌恋はにやっと笑う。


「付き合ったりとか、しなければいいんでしょ? そしたら誰の記憶にも残らない。浮気したことにもならない」

「なんでそこまでして浮気がしたい?」

「彼以外に、頼れる人が欲しい。ホンモノの愛なんて知らないけど、愛が欲しい」

「なんでお前の彼氏じゃだめなんだよ」

「好きなのはきっと、私だけだから。一方通行のカタオモイ」

「そんなことないだろ。あっちだって、お前が好きだから付き合うことにしたんだろ?」

「そうとは限らないでしょ? 人が付き合う理由なんてそれぞれだよ。私を好きじゃなくても、なにか他の理由があったのかもしれない」

「でも、歌恋は魅力的だし……」

「そんな慰めの言葉なんて要らない。私は、愛が欲しい」


 そう言って、歌恋は僕の首へ手を回そうとする。その手を払う。



「……やめろよ。僕だって、好きなやつがいるんだ」



 ――そうだよ。もし彼女が望んでいても、この一線を越えてはいけない。絶対に。

 僕たちの間には明確な境界線ラインがある。ここを超えた途端、今まで積み上げてきた何もかもが崩れる。

 歌恋は驚いたように目を見開き、「……そっか」と諦めたように手の力を緩めた。


「そっか。好きな人、いたんだね。こんなこと言っちゃってごめん」

「……別に、いいよ。アプローチさえ満足にできてないし」

「へー。ねぇ、それって私も知ってる人?」

「ん、そうだな」

「男子ってどういう子が好きなの? やっぱり、可愛くて優しい子?」

「別にそれだけには囚われないんじゃねぇの」

「随分硬い表情をしているね? ね、その子の特徴あげてみてよ」

「……頭が悪い」

「初っ端からやばいのくるね」

「口が悪い」

「私とは大違い」

「背が低い」

「もうそれって悪口じゃない?」

「小さい頃から我儘」

「本当にその人のこと好きなの?」


「……かわいい」

「やっぱり、可愛い子が好きなんじゃん」


 ――まだ、こいつは分かってない。僕が、を。


「まだ、ヒント欲しい?」


 歌恋は「興味津々」と顔に書いてあるかのように瞳を輝かせて、こくこくっと頷いた。

 僕は、先程とは反対に……歌恋の耳元へと口を近づける。



「ちょ、あんた何っ……!?」


「鈍感で、寂しがり屋で、抱きしめたくなっちゃうような僕の幼馴染み」




 歌恋の頬が、赤く赤く染まっていく。信じられないというように口をぱくぱく開いて、彼女のお気に入りのクッションをぎゅっと抱きしめて……顔を埋めて。



「か、帰るっ。今日はありがと!」


 そして、「……ばか」と軽く僕の方にクッションを投げて、足早に部屋を出て行った。


 ――何で、好きになってしまったんだろう。

 好きにならなかったのなら、こんな叶わないカタオモイなんてしなくてよかった。こんな時間を使わなくて良かった。

 だけど、愛しいと思ってしまう。

 この、絶対に叶わない恋をすることが。永遠のカタオモイ相手の、君の笑顔を見ることが。

 ……僕らが恋をする理由なんて、なくてもいい。

 だから、ずっと好きでいたい。

 叶わない恋でも構わないから……僕は永遠とわに君が好きだ。

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