太陽系ダイヤモンドレース

青山喜太

第1話 俺はエンジンをかけた

 ──カチリ、トッタン、カチリ……トッタン。


「動け……動け!」


 ──カチリ。


 ──フォー……ン……!!


「成功!!」


 俺は歓喜の叫びを上げた。オンボロの宇宙高速船が俺の度重なる心肺蘇生についに応え、反物質融合エンジンを動かしたのだ。


「お前さん、本当にそんな数十年前のモデルでレースしにいくのか?」


 呆れ半分、心配三割、興味二割といった感情を顔に含ませながら宇宙船販売のオヤジは俺にそう尋ねる。


「当たり前だろ? 親父! 今回はただの星系ダイヤモンドレースとは規模が違うんだぜ?」


「わかってるけどヨォ、だからこそそんなのでいくのは無理だってもんだよ、いくら天才のお前さんでも」


「やるしかないんだよ! じゃあ約束通り! 金はレースの賞金で払うからな!」


「たくっ……これ以上、借金増やしてもしらねぇぞ!!」


 そう、いうオヤジに俺は笑いながら手を振り、試運転も兼ねて息を吹き返したオンボロのエンジンを吹かしつつ空を飛んだ。


 寂れた、宇宙船販売ステーションを後にして、深淵なる闇の中へとダイブしたのだ。


「おお! やっぱり、いいねこの時代の反物質エンジンは! SDGsのカケラもねぇ! これなら思ったよりスピードも出せそうだ!」


 これなら暫くは安心だと、俺は自動操縦に早速切り替えた。


「さて、と」


 俺はタブレットの電源をつける。

 画面には通知が来ていた。


 ── 星系滅亡レース、出場者様へ。


 俺は笑った。予想通りレースの出場審査が通ったようだ。


 ─────────────


 人間が宇宙に出てから果たして何年が経ったろうか、少なくとも人間はビッグ5大量絶滅の次の絶滅、いわゆるビッグ6を乗り越えた。


 地球が住めない環境となり、宇宙に適合した人類は無敵だった。ネズミよりも蚊よりも人類は速く増えて、バオバブの木もビックリな速度で他の星やラグランジュポイントに生活の根を深く強く張ったのだ。


 ここまでいくと人類はほぼ進化の袋小路に入ったと言ってもいいだろう、特に進化することもなくダラダラと宇宙でよろしくやってたわけだ。


 ただ、そんな中進化したものが一つある。

 娯楽だ。特に異常なスピードで発達した我らが人類の今一番の娯楽は星系ダイヤモンドレースというものだ。


 恒星を中心に星が円を描くように回ったりしているものを星系と呼ぶ、我らが太陽系もそうだな。


 その星系が寿命を迎えるとどうなるか?

 種類にもよるが中心にある恒星が膨張するんだぜ、他の星も巻き込んでな?


 そして寿命を迎えた中心の恒星は白色矮星になって……やがて宇宙の年齢よりもデケェ時間をかけて冷えて黒色矮星になっていく。


 でここがポイントだ。

 冷えた黒色惑星の中には炭素が重力で圧縮されダイヤモンドができることがあんだ。


 そこに我々人類は目をつけた。

 冷却メガレーザーで白色矮星を急激に冷却、黒色矮星にして、そしてダイヤモンドを採取するわけだ。


 そして、そのダイヤモンドは星系ダイヤモンド呼ばれる。


 これはかなりの値打ちもんだ、なんせその星系の歴史そのものが詰まってると言っても過言ではない。このダイヤモンドを上流階級では身につけているかいないかでマウント合戦をしている。らしい、知らんドラマの情報だからな。


 そしてそのダイヤモンドの採掘権は代々とある方法で決められていた。

 もうわかるよな? 

 そう、レースだ。

 冷却レーザーをスタートの合図として10万光年離れたとこから一斉に出発。


 初めて黒色惑星に辿り着いたレーサー、およびそのレーサーを支援するスポンサーが星系ダイヤモンドを手にする。


 まさしく、人生逆転の一大イベント。

 そんな毎年恒例のイベントが来月、開催される。


 しかも開催地はなんと俺たちが人類がよく知っている星系だ。

 今回のダイヤモンドもその星系ちなんでこう呼ばれている。


 太陽系ダイヤモンドと。


 ─────────────


「タカヒロ、おかえりなさい」


「ただいま母さん」


「それで、宇宙船は買えたの?」


「ああ! とびきりいいやつ!」


 母さんはほっと息を吐いた。


「よかった、アンタ、レーサーのくせに無茶な運転するから……高くて頑丈じゃないとね」


 俺は苦笑いしながら靴を脱ぐ。

 やはり家の匂いは良い、そう感じながら俺は玄関の扉をガチャリと締めた。


 宇宙アパートステーション『キサラギ』。

 ボロアパートだが、母さんと住むには充分だった。


 俺の家は代々ご先祖が残した借金のせいで苦しめられてきた。なんでも惑星のエネルギーを採掘中に超新星爆発を業務上の過失で起こし、いまも損害金を払っているのだ。


 俺が十代の天才宇宙レーサーなんて呼ばれてるのに、こんなボロアパートにしがみついているのもそれが理由だ。


「タカヒロ、今日はお肉よ」


「マジで!? やった!」


 母さんは数年前に流行った、ウイルスで働けなくなっちまったし父さんは単身赴任で薄給のブラックホールの調査だ。


 今家族の問題を直接的に解決できるのは俺だけなのだ。

 だからこそ、今度の太陽系ダイヤモンドレースには必ず勝たなくてはならない。


 最も、俺は荒い運転をするせいでスポンサーが全くつかない貧乏レーサーなのだが。


 しかしそれがなんだ、とにかく今こそ自由の身になる時だ。


「タカヒロ?」


「ああ! 母さん今食いにいくよ!」


 俺はテーブルについて合成肉を頬張りながら誓った。

 今度は和牛を母さんと父さんに食わせてやるんだ。


 ─────────────


「さあ! やってきました銀河暦10億1万1500年4月21日虚空曜日!! 皆さんが待ち望んだ伝説的レースの開幕です!!」


 実況がそう言うと、観客達は一斉に喉が裂けるんじゃねぇかと言わんばかりに叫び出す。


 すごい盛り上がりだ。

 星系レースのスタート地点の宙域で俺はぼんやりと画面を見つめる。


 レースが始まる前の暇つぶしに、このレースのライブを気まぐれでつけてみたが、画面の向こうだが、ざっとみて観客席はほぼ満席、とんでもなく注目されている。


 どうやら俺たちの活躍はこの航路上にあるドローンを中継して巨大なライブアリーナでラグなしで放映されるようで、星三つは埋め尽くせるのではと言うほどの観客が騒ぎ尽くしてこのレースを見ている。


「実況は私、タケムラと!」


「解説のヤーギーナーギー・イケシガラです。よろしくお願いします」


「ヤーギーナーギーさん、今回の注目選手は誰でしょうか!?」


「そうですね……やはり前回のレッドルビー星系レース、優勝者ブラックホールカウボーイのジョジョンでしょうかね? 彼のテクニックは群を抜いています」


(ジョジョンか……)


 俺はちょうど斜め上に見える、随分と豪奢な装飾の黒の楕円の宇宙船を見つめる。


 前回王者、ジョジョン。間違いなく、今回のライバルだ。数々のレースで結果を残して、さらに勝つためにはなんでもやる。

 勝利に対するハングリーさは誰よりもある男だ。


「それでは、レース開始五秒前です!! 高速飛行まで!! 5!」


 無線が入る。カウントダウンが始まった。

 勝てるのか?


「4!」


 俺のオンボロで……!


「3」


 いや違う。


「2」


 勝てるかどうかじゃない


「1」


 俺は勝たなきゃいけない。


「ゼロォ!!!」


 一斉に宇宙船がスタートする。

 それと同時に青の超巨大な惑星二個分のサイズの冷却レーザーが太陽に向かって放出された。


 まさしくこの青色のレーザーが道標だ。


 俺の位置は先頭。

 いいぞスタートダッシュは好調だ。


「おおっと先頭に躍り出たのは! タカヒロ選手! これはすごい!! まさかのおじいちゃんが乗るような宇宙船で、トップに躍り出たぁぁ!!」


「いやぁ旧世代型とはいえ馬力はトップですからね」


 ライブ中継をつけっぱなしにしてしまったが問題はない。この程度で気が散るほどヤワではない。


 それにいいぞ、重力の波にも乗れてるし、俺がこのまま行けばトップだ。

 だが。


「おおっと!! ここでジョジョンが仕掛けてきた!!」


 やはりかこのダイヤモンドレースにはルールがある。

 それは……


「ブラックホールキャノンだぁぁあ!!」


 ルール無用というルールが。


 ジョジョンの宇宙船から発射されたブラックホールが俺や他のレーサー捉えて行く。


「く、やっぱり逃げきれねぇか……!?」


 その俺の背後数千キロメートルに形成されたそのブラックホールに俺は捉えられる。


逃れられるのは、超高性能反重力装置を備えていたジョジョンの宇宙船だけ。


 するとディスプレイにメッセージが表示される。


『じゃあな負け犬ども』


 全体通信のメールで……煽りかよ。性格のいいやつだ。

 俺は重力の奔流に身を晒されながら、アクセルを踏む。


 ここまでは予測できた。

 事前のリサーチをしていないほど俺は馬鹿じゃない。ブラックホールキャノンを使われることだって想定内だ


 このまま、急激にブラックホールの中心に巻き込まれれば、即死は免れない。もちろん何もしなければだが。


 ようはブラックホールの重力から逃れればいいのだ。

 ブラックホールも大げさのようで所詮は星。通常の星のように周回軌道に乗りさえすれば、スイングバイ脱出はできる!!


 ──ストン……


「え?」


 最悪のことが起きやがった。エンジンが止まった。


「マジか!!」


 このままではブラックに吸い込まれる。俺は思い切りエンジンのキーを回した。


 ── カチリ、トッタン、カチリ……トッタン。カチリ、トッタン。


 エンジンはかからない。


「クソ!!」


 ── カチリ、トッタン、カチリ……トッタン。


 後ろにはブラックホールが迫って行く。

 ドンドンとほかのレーサーの宇宙船が破壊されて行く。


「ちくしょう! ちくしょう!!」


 俺も……!!


 ── カチリ、トッタン、カチリ、トッタン。


 負けるのか……?


 ── カチリ、トッタン、カチリ……トッタン。


「……諦められるかぁぁ!! 動けポンコツう!!!」


 ──…………カチリ……ブゥゥゥ──ンン!!


 ─────────────


「後方には……船内なし」


 勝ったな、ジョジョンはそう思った。


 あのブラックホールから逃れられたものは誰一人いない、ブーイングするものも多いがこれでジョジョンは今まで買ってきたのだ。


 本人からすれば、ワープ機能を使わないという、星系ダイヤモンドレースの基本ルールを守った真っ当な戦術。


 罪悪感など微塵もなかった。

 そしてそれは同時に慢心すら生んでいた。


 破られたことのない絶対の戦術、盤石の一手、それが心理的な盲点を生んでいた。


 ── ピピーピピー


 レーダーに船影あり。

 それに気がつくのにジョジョンはなんと数秒もかかってしまった。


「……ッ!! 何!!」


 上空に通り過ぎるはオンボロ船。

 そのガラスの窓の向こうには──。


「タカヒロだと!!」


 一瞬で順位が逆転した。

 タカヒロはトップに躍り出る、急いでジョジョンがアクセルを踏むがブラックホールの生成によるエネルギー不足で船は通常速度の二分の一。


「馬鹿な……!!」


 ジョジョンは確信した。

 負けたのだと。


「ブラックホールを抜けてきたのか……ッ!!」


 タカヒロは遥か彼方へと進みジョジョンを置いていった。


 ─────────────


 冷却レーザーが照射が停止される。

 そして、ついに俺は辿り着いた。


『なんと、勝者はまさかの大番狂わせ!!』


 目の前には太陽の黒色矮星が佇んでいる。


『勝者はタカヒロだぁぁぁ!!』


 俺は、太陽系ダイヤモンドをついに手に入れたのだ。


 歓声が巻き起こる中、俺はどっと出た疲労感に身を委ねながらこれからのことを思案する。


 まずは借金返済に……旅行に……家も買おうか。


 いやそれよりもまずは……。


「ダイヤ売って、和牛食うか……!」

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