第5話 ようこそ、カレブの城(?)へ

安宿での一夜が明け、俺はリアナを連れて自分のアパートへ向かった。シルバーヘイブンの中心部から少し離れた、家賃だけが取り柄の古い建物だ。俺の「城」と呼ぶには、あまりにも質素で、生活感に溢れすぎている。


「ここが俺の部屋だ。…まあ、見ての通りだが」

鍵を開け、リアナを中に招き入れる。広くはないが、物は少なく、掃除だけは最低限行き届いている。それが俺の唯一の自慢…というほどでもないか。


「わぁ……!」

リアナは部屋に入るなり、目をキラキラと輝かせた。まるで宝物庫でも発見したかのような反応だ。

「すごい…! カレブさんのお部屋…!」

部屋の中をきょろきょろと見回し、小さなテーブルや、壁に立てかけてある俺の剣(安物だが)にまで、いちいち感動している様子だ。


(…そんなに感激するところか? ただのむさ苦しい男の一人部屋だぞ)

まあ、追放されて宿無しだったのだから、屋根のある場所ならどこでも天国に見えるのかもしれない。


「とりあえず、荷物はそこに置け。…って、荷物もほとんどないか」

リアナが持っているのは、昨日俺が買ってやった最低限の着替えが入った小さな布袋だけだ。本当に、何もかも失ってしまったらしい。


リアナは言われた通りに布袋を隅に置くと、改めて部屋の中を見渡し、深々と息を吸い込んだ。

「なんだか…いい匂いがします。カレブさんの匂い…?」

「は? 匂い?」

俺は自分の服の匂いを嗅いでみる。汗と、革と、あとはせいぜい安物の石鹸の匂いくらいしかしないはずだが。

「ええ。なんだか、安心する匂いです」

リアナはふんわりと微笑んだ。その無邪気な笑顔に、俺はまたしても調子を狂わされる。


(…こいつ、時々妙なことを言うな)

まあ、悪い気はしないが。いや、別に嬉しくはないぞ。断じて。


「さて、と。リアナ、お前には当分ここで寝泊まりしてもらうことになるが…」

俺が今後の話を切り出そうとした、その時だった。

リアナが部屋の隅に置いてあった、俺が訓練に使う木剣に興味を示し、そっと手を伸ばした。

「わ、これ、カレブさんの剣ですか? かっこいい…!」

そして、それを持ち上げようとして…


ガシャーン!


木剣はリアナの手から滑り落ち、近くにあった安物の壺(市場で買ったガラクタだ)に直撃。壺は見事に真っ二つに割れ、床に破片が散らばった。


「ひゃあっ! ご、ごめんなさいっ!」

リアナは顔面蒼白になり、慌てて破片を拾おうとする。

「あわわ、どうしよう…カレブさんの大切な壺が…!」

「いや、別に大切でもなんでもないが…。それより、手を切るぞ、素手で触るな!」

俺は慌ててリアナを止め、箒とちりとりで破片を片付けた。


(…やれやれ、始まったか)

予想はしていた。していたが、まさか部屋に入って十分も経たないうちに物を破壊されるとは。こいつのドジっ子属性は、どうやら想像以上らしい。


リアナはすっかりしょげてしまい、部屋の隅で小さくなっている。

「ごめんなさい、カレブさん…。私、また迷惑を…」

「…まあ、気にするな。元々、百銅貨もしない安物だ」

俺は溜息混じりに言った。「それより、腹は減ってないか? 何か作るぞ」

「え?」

リアナが顔を上げる。その瞳には、まだ不安の色が残っている。

「でも、私…」

「いいから、座ってろ。お前がキッチンに立つと、被害が拡大するかもしれんからな」

俺が冗談めかして言うと、リアナは少しだけ表情を和らげ、こくりと頷いた。


質素なキッチンで、あり合わせの材料で簡単なスープを作る。リアナはテーブルの椅子にちょこんと座り、興味深そうに俺の手元を見つめていた。その視線が、なんだか背中に刺さるようで落ち着かない。


(…これから毎日、こんな調子か?)

静かで平穏な一人暮らしは、完全に過去のものとなった。代わりに手に入れたのは、銀髪でアメジスト色の瞳をした、ドジで天然で、そして妙に懐いてくる女の子との、奇妙な同居生活。


俺の冒険日誌の新しい章は、どうやら波乱と…そして、ちょっとばかり騒々しい日常の匂いで幕を開けたらしい。


スープの湯気が立ち上る。リアナのお腹が、くぅ、と可愛い音を立てた。

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