本命チョコ
カシャカシャカシャカシャ。
泡立て器がボールを撫でる音が響く。
(こんなもんかな)
ゆっくりと泡立て器を持ち上げて、生地を確かめる。
(うん、いい感じ)
カップに生地を流し込んでいると、ピピッとオーブンが鳴る。
マドレーヌの生地を入れて、オーブンで加熱する間に洗い物を済ませた。
(バレンタインのお菓子って意味があるみたいだけど、沙樹の好きなのあげたいもんね)
タオルで手を拭いて、ラッピングの材料を取り出した。
(まだ、時間ある…)
オーブンに表示された加熱時間を見て、リビングへ移動した。
ソファに座り、スマホのメッセージアプリを開く。
『明日、楽しみにしてる』
沙樹からのメッセージにそう書かれていた。
(明日、明日かぁ。付き合って初めてのデート)
デート。その響きに、心臓が暴れ出した。
誤魔化すようにスマホを放り出して、手で顔を覆う。
(〜っ!こんなに、沙樹を好きだったんだぁ)
もっと早く気づけばよかったと思いながら、腕をどかす。
沙樹を好きになったのはいつだったか。
普段から仲が良くて、親友だと思っていたから正確には覚えていない。
心配事も相談事も、もちろん小説のことだって沙樹には話せていた。
信頼できると思った。それは、今も同じ。
だけど、ある時から彼との距離が縮まったのは覚えている。
それはいつだったかー。
ピピッ、ピピッ。思考を遮るように、電子音が鳴る。
「あ、焼けた!」
パタパタとキッチンに入り、オーブンを開けた。
マドレーヌは綺麗に焼き上がっている。
それを取り出して、金網の上に乗せ、冷めるまで待つ。
小さいのを試食するために、2階の自室にいる姉を呼びに行く。
「ん、美味しいじゃん」
「本当!?よかった〜…」
ほっと息をつくと、姉の結依がニヤニヤしだす。
「何、彼氏に渡すの?」
「そうなの!……って、何でお姉ちゃんが知ってるの!?」
「えー?ミアがこの間、背の高い男子と一緒にいたからかな?」
「あの時!?お姉ちゃんいたの?」
「いたわよー。家の中だけどね」
「え?え?本当に?みたの?」
「ええ。黒髪で手足の長い子でしょ?ミアと手を繋いでなかった?」
そこまで言われてしまっては逃げられないと、ミアは立ち上がる。
キッチンでマドレーヌをラッピングしながら、結依を睨む。
「もー!知ってたなら、言わないでよー!?」
「ええー?もっと聞きたいなあ♡」
「話しません!!少なくとも、今は」
「今は?ってことは今後に期待してるね♡」
結衣は調子良くリビングを出ていく。
「もー本当に調子いいんだから」
そう言いながらも、ミアの口元は緩んでいた。
「沙樹ー!」
「ミア!あれ、髪!」
近くの公園で待っていてくれた沙樹に駆け寄ると、ミアの髪に気づいたらしく目を丸くしている。
「切ったんだ!似合うかな?」
「………めちゃくちゃ……可愛い……」
沙樹が顔を赤くしながら言う。
それが可愛くて、ミアは胸がキュッと締め付けられる気がした。
「ありがとう……はい、これ」
「わぁ!嬉しいな!開けていい?」
「もちろん」
ニコニコしながら袋を開ける沙樹の隣に座り、ミアは空を見上げた。
ガサっと音がして、沙樹の嬉しそうな声が上がる。
「マドレーヌだ!俺が好きだって言ったの、覚えててくれたの?」
「当たり前でしょ。ていうか、去年、友チョコでマドレーヌあげた時に聞いたよ」
「……っ!ありがとう、ミア」
沙樹が大きな手をこちらに伸ばして、頭を撫でてくれる。
(………ああ、好きだなぁ)
マドレーヌを食べながらニコニコする沙樹の笑顔。
これまで、何度も彼の笑顔を見てきた。
(親友の時は違う)
お互いに信頼し合う友人だった頃とは、また違った笑顔。
まるで、宝物を見つけたかのようだ。
(そっか、私ー)
いつ沙樹を好きになったのか、ずっとわからなかったけど。
(本当は、ずっとー)
今、目の前で笑う彼の笑顔に、ずっと憧れていたのだ。
こんなに近くで見ていたのにずっと隣にいたのに、どうして好きだと気づかなかったのだろう。
気づかなかったのだろう。沙樹は、ずっとー。
「ずっと、隣にいてくれたのにね」
「何の話?」
「……こっちの話」
そう言って笑うと、彼は不思議そうに首を傾げた。
今はまだ、言えないけれど。
(いつか、必ず)
ーずっと私の隣にいてくれますか?
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