大切の境界線
「モカ、楽しそうだな」
「最近ずっとですよ」
沙樹と優の視線に気づかず、モカはノートに何やら書き込んでいる。
小説を書いているのだろう。
最近は沙樹も彼女が書いた小説を読ませてもらえるようになっていた。
「あんなに上手くなったなんて、感慨深いな」
「本当ですね。元々上手かったですけど、ミアさんのおかげだと思います」
優は嬉しそうに笑っている。
その柔らかな笑みに、沙樹も笑った。
ミアとモカの距離が、段々と近づいていく。
沙樹にとっては嬉しいことだ。とても嬉しい。
だけどー。
(嫌だな…)
グッと拳を握りしめると、優が不思議そうに首を傾げていた。
ーどうしたんだろうな、俺。
約1ヶ月が経ち、文化祭が迫って来ていた。
騒がしい教室の窓際で、ミアは看板制作をしていた。
その笑顔がキラキラと輝いて見えて、心臓が跳ね上がる。
(……?)
この間からずっとそうだ。
ミアを見るたびにドキッと心臓が跳ねる。
なんだというのだろう。大切なだけなのに。
大切だと言いながら、本当はわかっていた。
大切の“種類”が違っていることを。
ミアのこともモカのことも大切だけれど、ミアに対する思いは“特別”だということもわかっていた。
「沙樹〜、米倉がどうしたんだよ?」
「え?」
肩に手を乗せて、親友の神楽がニヤリと笑う。
「別に見てないけど」
神楽の手を払いのけて、ミアから目を逸らす。
周りにいた男子たちも作業の手を止めて、興味ありげに集まって来た。
「なになに?」
「こいつが、米倉のこときになるらしい」
「おい、神楽!違うから!?」
「えー?逆に怪しい」
「いつも仲良いけど、本当はどうなの?」
「好きなの?」
「……友達として」
「まーた意地張って。そんなこと言ってていいのかー?」
男子の1人が、窓側を指差す。
思わずそちらを向くと、ミアが近くにいた男子と親しげに話していた。
「なっ……!」
「おー?やっぱり、よくないんじゃん」
「そんなことないし!ただ……嫌なだけ」
「それが好きってことなんじゃねーの?沙樹、ミアちゃんのこと大切なんだろ?」
「まぁ、信頼してるのもあるしな。…他より、特別なのは間違いないよ」
「おおー!!いいじゃん、いいじゃん!」
「そうと決まれば、そらいけ!」
「頑張れ沙樹!」
「あ?何がだよ」
「わかってないなー。はい、これ持って」
「立って!」
男子たちに押されるがままに立ち上がり、渡されたペットボトルを持って、窓際へ向かう。
足音に気が付いたのか、ミアが振り向いた。
「米倉!作業お疲れ様」
「神楽くん、お疲れ様。……えーと?こんな人数でどうしたの?」
「それは、」
神楽が沙樹の肩を叩いて、目配せしてくる。
男子たちはニヤニヤ笑い、ミアは不思議そうに首を傾げていた。
「ミア、はい、これ」
「いいの?ありがとう!沙樹もお疲れ様!あ、じゃあ」
ミアがゴソゴソとポケットを探り、何かを取り出す。
「はい、これ」
「飴?」
「チョコだよ。溶けにくいやつ」
「いいの?」
「ありがとう。あのさ、ミア。文化祭当日、誰かと回る予定ある?」
「まだ決まってないけど、モカちゃんを案内するかも」
「それならさ!俺も、一緒にいい?」
「私はいいよ。モカちゃんも大丈夫かな?」
「うん、多分」
「やった、じゃあ一緒に回ろう」
「う、うん」
ミアの笑顔に、沙樹はドギマギしながらチョコを大切に握りしめた。
こんなに可愛い笑顔を向けられては、大切な境界線を越えるのも無理ないだろう。
(……可愛すぎる。だけどー)
モカも、ミアのことが好きなのだろう。
もし本当にモカが彼女のことを好きなら、沙樹はー。
(どうしたもんかな)
神楽たちと引き上げながら、考える。
モカの気持ちを優先するかミアへの気持ちを優先するか。
迷いどころだ。ー大切だからこそ、迷う。
ー2人とも大切だから、迷う。だけど、できるなら2人の気持ちを尊重したい。
ーミアの気持ちは、どこにあるのだろう。
境界線は曖昧にボヤけて、混ざり合っていた。
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