混乱と自覚(モカ)

ジーワ、ジーワ、ジ、ジジジ…ミーンミン。

セミの大喝采が辺りに響く。

ドサッと手から袋が落ちた。信じられない。

心臓がバクバクと嫌な音を立てる。何だこれ。

知らない、知らない、こんな感情。

目の前には海とミアがいる。

(どうして、この2人が)

彼女たちはモカに気づかない。笑っている。

ただ楽しそうに笑っている。ー小説。

そうか、小説を見ているのか。

(そう……だよね?)

モカは必死に言い聞かせる。不安は募る。

心臓はうるさくなるばかりだ。ー嘘だ、嘘だ。

(信じたくない……そんなわけない。だけど、海ちゃんならあり得る……これは、何……?)

信じたくない、怖い。確かめないと。

モカは深呼吸して、足を速めた。公園に入る。

「ミアさん!海ちゃんも、こんにちは」

「モカ、こんにちは。部活帰り?」

「ううん、買い物」

「モカちゃん、こんにちは」

「ミアさん、こんにちは。2人は学校帰りですか?それとも……」

モカはそこで言葉を止めて、海を見る。

彼女は、軽く笑って首を傾げるだけだ。

「それとも?」

「うん?たまたま会って、大学受験の話してただけよ」

「そうなんですね。……よかった」

(デートしてたわけじゃなくて)

「え?」

聞き返すミアに、曖昧に笑い返す。安心した。

よかった、本当に。

「ミアさん、海ちゃんと同じ大学行くんですか?」

「そうだよー。あそこの文学部が気になっててね…とこで、2人とも?」

「ん?」

「はい?どうしました?」

「どうしました、じゃないよ!!「海ちゃん」って2人、知り合いなんですか?しかも仲良い?」

「知り合いも何も」

「幼馴染ですけど」

モカと海は困ったように顔を見合わせた。

対するミアはポカンとしている。当然だろう。

「え?そうなの?」

「はい」

「家が近くでね、昔から仲がいいの」

「そうだったんです!いいなぁ、私も2人と仲良くなりたい!」

「ふふっ、私もよ」

ミアの言葉にモカはどこか安心感を覚えた。

どちらか1人ではなく、「どちらとも」仲良くなりたい。

その言葉はとてもミアらしいと思った。

(だけど…)

海を警戒する必要がありそうだ。

ミアは嬉しそうに笑っている。

その笑顔に、胸がチクリと痛んだ。

ー特別が、いいのにな。



その日、夢を見た。新学期の夢だ。

「始業式長かったねー」

「そうだね。あれ、モカ髪切った?」

「切った!わかる?」

「わかるよー、前髪は伸ばしてるんだ?」

「うん!ミア先輩が前髪長い方が好きなの」

「本当に好きだね」

「うん!」

親友の目黒河おとが笑う。

生徒たちで賑わう廊下。騒がしい教室。

混雑する昇降口。そしてー憧れの背中。

「あっ…おと」

「行ってらっしゃい」

「うん!」

おとに微笑んで、ミアの元へ駆け寄る。

騒がしい昇降口の真ん中で、ミアがモカを振り返る。

「あ、モカちゃん」

「ミア先輩、お久しぶりです。今、帰りですか?」

「そうだよ。モカちゃんは、1人?友達と一緒に?」

「はい!えっと……」

「モカ!」

辺りを見回すと、おとがモカの肩を叩く。

ミアは不思議そうに首を傾げていた。

「えっと……誰かな?」

「親友の目黒河おとです。モカがお世話になってます」

「こちらこそだよ。私は米倉ミアです。よろしくね、よかったら一緒に帰らない?」

「いいんですか?」

「もちろん」

ミアに誘われて、モカとおとは昇降口を後にする。

そうして、正門を出たところで、海が現れた。

「海ちゃん!」

その瞬間、ミアが嬉しそうに笑って海の元へ駆け寄る。

ー海、ちゃん?そんなに、仲良かったっけ?

嫌な予感がする。おとも混乱しているようだ。

一体、何が起きているのだろう?これは夢?

そうだ、現実のはずがない。夢なら、醒めろ。

醒めてほしい。こんなの、悲しすぎる。

「ミアちゃん、お疲れ様」

「海ちゃんもお疲れ様です」

悪夢は続く。目は醒めない。どうして。

(まさか、本当に…)

ドクン、ドクンと心臓が不穏な音を立て始めた時辺りが真っ暗になった。

何も映らない。誰もいない。残るのは混乱だけ。

(……何これ、モヤモヤする)

ミアと海が親しくしているのは嬉しいはずなのに、嫌だと思ってしまう。

海のことが嫌いなわけじゃない、だけどー。

「ふとした瞬間に思い出す、話したいと思う。恋に落ちるのは、いつでもいいんです。だって、自分の気持ちに反して、心は正直だから」

いつか読んだ小説のセリフ。

モカの胸にある蕾は、芽吹き始めていた。

いや、もう咲いていたのかもしれない。

モカが気づいていないだけで。それならー。

ガバッと飛び起きる。そこは見慣れた部屋で。

ベッドから立ち上がり、洗面所へ向かう。

鏡に映る顔は、疲れていた。

(…………あー……もう。誤魔化せないなぁ)

好きだ。ミアのことが、好きだ。ハッキリした。

あの夢で、ミアへの想いはハッキリとした。

ならばー。

(海ちゃんに負けないように、頑張らないと!)

モカは気合を入れて、顔を洗った。

朝ご飯を食べたら、小説を書こう。

ミアに連絡して一緒に小説を読んでもらおう。

そう思いながら、リビングに向かったモカは知らなかった。

照れ屋な片想いが、複雑になっていくなんて知る由もなかったのだ。

ー人を好きにさせる能力とか、あるのかな。

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