第75話:バーチャル喫茶・春風で、春風、空を越えて。

夜。


私は、

パソコンの前に座り、そっと手を合わせた。


「こんばんは、春風りるむです。

 今日から、『りるラジオ』、はじめていきますっ!」


画面の向こうには、

いつものリスナーさんたちが、あたたかく集まってくれていた。


チャット欄には、

【おめでとう!】

【りるラジオ、たのしみ!】

【わくわくしてるよ〜】

そんなやさしい言葉が並んでいた。


──大丈夫。

──ひとりじゃない。


私は、

深呼吸をして、最初のトークテーマを読み上げた。


「今日のテーマは、『今日見つけた、小さな春風』です」


リスナーさんたちが、

それぞれのちいさな、でもきらきらしたエピソードを送ってくれた。


お弁当の中の小さな星形のミニトマト。

駅の改札で交わしたさりげない「ありがとう」。

ふと見上げた夜空の、きれいな星。


私は、

それらをひとつひとつ、

ゆっくり、ていねいに紹介した。


「どんなに小さなことでも、

 ちゃんと春風は、今日もどこかで咲いてるんですね」


配信は、

終始あたたかく、穏やかな空気に包まれていた。


視聴者数も、気づけば70人を超えていた。


──こんなふうに、

──春風を届けることができたら。


私は、胸いっぱいに小さな幸せを抱えて、配信を締めくくった。


「今夜も聴いてくださって、ありがとうございました。

 りるラジオ、これからも、あなたの夜に春風を届けていきます」


配信を終えたあと、

私はハーブティーを飲みながら、静かに目を閉じた。


──きっと、この春風は、ちゃんとどこかに届いてる。


そんなふうに思いながら、

そっとスマホを見たときだった。


画面に、あかりちゃんからの通知が飛び込んできた。


【りるむちゃん!!!

 いま、地元ラジオ局の夜番組でりるラジオの話題が出たよっ!!!】


目を見開く私。


──えっ。


慌てて、Xを開くと、

「#春風りるむ」「#りるラジオ」

そんなハッシュタグが、じわじわと広がっていた。


【地元のFM局で紹介されてた】

【夜に聴きたい配信、って話題になってたよ】

【"春風りるむさん、っていう方が..."って、パーソナリティさんが名前読んでた!!!】


私は、

スマホを持つ手が、少しだけ震えるのを感じた。


──本当に、公共の電波に、

──「春風りるむ」という名前が、乗ったんだ。


胸の奥で、

静かに、でも確かに、小さな春風が吹き上がった。


夢は、まだ遠いかもしれない。


でも──

ちゃんと、道はつながっている。


私は、

窓の外の夜空を見上げながら、

小さく、小さくつぶやいた。


「……ありがとう」


そして、

また新しい春風を届けるために、

私は、そっと、次の一歩を踏み出した。


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