第10話 マリチョットを料理と呼ぶならカップラーメンも料理である

「ほれ、お待ちどう」


 テーブルの席についた俺の前に白磁の皿が出される。

 皿の上には薄切りにされたマリチョットが花のように飾り切られて並んでいた。


「メリルさん、これは?」


 薄切りマリチョットを見て、町の喫茶店の店長に尋ねる。

 俺の横に立つ店長さん──長い赤髪を団子結びにしている女性、メリルさんは得意な笑みを浮かべてみせた。


「見ての通りよ。薄切りにしたマリチョット、名付けて薄切りッチョだ」

「薄切りッチョ、ですか」

「おう。まあ食ってみてくれ」


 店長に促され、一枚フォークで刺して口に運ぶ。

 薄く切られたことでフワフワの食感は失われているが、しっとりとした口当たりへと変化している。

 クリームの甘さはそのまま。しかし大きさが変わるだけでこうも食べやすくなるものか。


「うん。美味しいです」

「……そんだけか? もっと、こう……なんか感想とかねぇか?」

「感想かぁ……」


 腕を組んでううんと頭をひねる。

 正直なところ、マリチョットを薄く切っているだけで味にそこまで変化は無い。

 感想を求められても気の利いたことは言えないのが本音だ。

 しかし、無理に捻り出しても相手の期待に沿えるとも思えない。ここは素直に思ったことを伝えよう。


「薄いなぁ、くらいしか。味はマリチョットのままですし」

「薄い、だけかぁ」

「あ、でも食べやすいなぁとは思いましたよ」

「それだけじゃダメなんだよ。普通のマリチョットの域を出ていない」


「アタシが作りたいのは革新的なマリチョット料理なんだ!」とメリルさんはふんすと鼻息を荒げる。

 メリルさんは一人で小さな喫茶店を切り盛りしている方で、うちとマリチョットを直接仕入れる契約を結んでいるお得意様だ。

 マリチョットに旬のフルーツを盛り付けたマリチョット料理、フルーチョットはこの喫茶店の名物で、子供や若い女性に人気を博している。

 今回、俺はメリルさんから新しいマリチョット料理の試食をしてほしいという頼みを引き受け、こうして皿に盛り付けられたマリチョットを口にしているわけだが……。


「やっぱり薄切ッチョじゃあ変化に欠けるかぁ」

「変化、ですか」


 変化──つまり、メリルさんが求めているのは味変。今までとは一味違ったマリチョットを求めているのだろう。

 フルーチョットのようなデザート系とは異なる、新しい味の開拓だ。

 そのとき、ふと思いついた。


「メリルさん。チーズとオリーブオイルってあります?」

「チーズとオリーブオイル? あるけど……もしかして」

「はい。マリチョットに合わせてみましょう」


 俺が提案するや否や、メリルさんは「よしきた」とキッチンから今言った二つを持ってきた。チーズはまろやかなクリームチーズだ。

 チーズを薄く切って薄切りッチョに乗せ、そこにオリーブオイルを垂らす。

 オイルを纏ったマリチョットとチーズをフォークに刺し、口へ運ぶ。


「ん……!」


 思った通りだ。マリチョットの甘さとチーズのまろやかな酸味、オリーブオイルの風味がマッチしている。

 俺が食べたのに続いてメリルさんも口にする。彼女は「おお?」と感嘆の声を上げた。


「良いねぇ! ワインのつまみに合いそうだ!」


 メリルさんの喫茶店は夜になると酒も提供している。こういった料理も需要はあるのだろう。

 今回彼女が求めているのはそういった、辛口系の方向性なのかもしれない。


「よし、次だ! ちょっと待ってろ」


 そう言ってメリルさんが新たな皿を持ってきた。


「今度は薄切りッチョから着想を得た料理だ」


 自信満々で出されたのは、なんの変哲もないマリチョットだ。

 これが料理? 採れたての野菜に包丁も入れずにお出しした物をそう呼ぶなら、これもまた立派な料理だろうが。

 そんなことを考えながら、しげしげと皿の上のマリチョットを観察する。

 よく見ると、マリチョットに小さな粒子が付いている。


「これ、何かかけてます?」

「気づいたか、マサヤ」


 ニヤリ、とメリルさんが口角を上げる。

「まあ食ってみろ」言われ、俺はマリチョットを手に取り、おもむろにかぶりついた。


「っ! これは……!」


 口の中で広がった味覚に俺は目を見開いた。

 マリチョットの豊かな甘み、そこにほんのり塩味が効いている。

 微かな塩味のおかげでマリチョットの甘みが引き立てられ、よりいっそう美味しく感じられた。


「見た目は生のマリチョットだが、こいつには岩塩を少量かけている。こいつでマリチョットの素材の味を数倍にも強めているんだ。名付けて、マリチョット・デ・ソルトッチョ!」


 元の世界ではスイカに塩、バニラアイスに塩という組み合わせはよく聞いたが、まさか異世界でも似たようなコンビと出会うとは。人の味覚は異世界共通なのだろう。


「これ、いけますよメリルさん!」

「マサヤがそう言うなら間違い無いな! よし、明日からメニューに加えるか!」

「おお!」


 こうして、メリルさんの喫茶店に新たなメニュー、マリチョット・デ・ソルトッチョが加わった。

 最初は怖いもの見たさで注文する人ばかりだったが、やがてその美味しさは口コミで広がり、名実共に喫茶店の名物の仲間入りとなったそうな。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

マリチョット農家は叫べない~なぜ畑でマリトッツォが採れるのか今更聞いてももう遅い~ 春髷丼 @harumageDON_2

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ