第5話 沈黙する牙

フジテレビのオフィスに、緊迫した空気が漂っていた。

社内の改革を進める北山吉高に対し、旧守派の面々が最後の手段に出たのだ。

その手段とは、北山の過去を徹底的に洗い出し、彼の信念と行動に疑念を抱かせることだった。


会議室では、取締役会の中間層が新たな動きを見せ始めている。

若手幹部たちは、改革の必要性を強調する一方で、旧守派からの圧力を感じ取っていた。

あかねもその一人だった。

彼女は北山の改革に心から賛同していたが、その進展に対して周囲の不安や疑念が募るのを感じていた。


「北山さん、あの過去を掘り起こされるのは時間の問題ですね」

あかねは、ある取締役と話しているとき、そう漏らしていた。

「堀江さんとの関係が再び持ち出されることになるだろう」


その言葉を受け、北山がどれほど冷静に立ち回れるのかが、次の展開に大きく影響するのは間違いなかった。



北山吉高のオフィスでは、彼が冷徹な目で書類を眺めていた。

無言のまま書類をめくるその姿からは、今の状況がどれほど深刻であるかを一切感じさせない。

だが、内心では少しずつ感情の波が押し寄せていた。

「過去が掘り起こされることは覚悟していた」と、彼は静かに呟いた。


そのとき、佐藤理恵が彼の元に現れる。

「北山さん、社内からの動きが少し強まっています。旧守派が、あのライブドアとの対立を蒸し返し、あなたの過去に焦点を当て始めました」


北山はしばらく黙っていたが、次第にその冷徹な表情を崩すことなく言った。

「過去を振り返る暇があったら、未来を見ろと言いたいものだ。だが、私がフジを守った理由は一つだ。あのとき、フジテレビがこの国のテレビ業界を牽引する力を持っていたからだ。今もその意志は変わっていない」


佐藤はその言葉に驚きながらも、深くうなずいた。

「でも、堀江さんとの関係が問題になるのは避けられません。特に、あの当時の経営権争いが今回の改革にどう影響するのか、世間の目は厳しいでしょう」


「堀江か……」

北山は短くつぶやき、ふっと目を細めた。「あの時の私はフジを守った。それが何か問題でもあるのか?」


その冷静さに、佐藤はさらに彼の深い意図を感じ取った。

「でも、堀江さんは今、あなたに託すべきものがあると言っています」

「託すべきもの?」

北山は一瞬驚きの表情を見せたが、それはすぐに彼の冷徹な表情に戻った。


「堀江が…?」

彼は考え込みながらつぶやいた。「何を託すべきだというんだろうな、あいつ」


佐藤はしばらく黙っていたが、ようやく口を開いた。

「堀江さんが言うには、“人を変える力”だと。改革を成功させるには、その力が欠かせないということです」


北山はその言葉に少し顔をしかめた。

「人を変える力…か」

しばらく黙った後、彼はゆっくりと立ち上がり、窓の外を見つめながら言った。

「堀江の言う通り、必要な力だろうな。だが、それを手に入れるには、もっと深い決断をしなければならない。あのときの選択が今、どう繋がるのか。今はそれが見えてきた気がする」



一方、旧守派はすでに動き出していた。

特に、佐々木修二はその動きの先頭に立ち、北山の過去を徹底的に調査し始めた。

彼は、北山がかつてライブドアとの対立で果たした役割に注目し、その時の経緯を掘り下げようとした。


「北山の過去には、まだ我々が知らない深い闇があるはずだ」

佐々木は冷笑しながら、部下に指示を出していた。「そしてそれが、今の改革を覆す材料になる。必ず、あの時の彼の決断を再評価させてやる」


佐々木が持っている情報がすべて正しいなら、北山の過去は彼の改革を支える材料であり、同時に足枷にもなるかもしれなかった。

だが、どんな情報を持ち出しても、北山がどれほどの覚悟を持っているかを理解できない限り、その攻撃は成功しないだろう。



その夜、北山は堀江貴文と再び会うことに決めた。

彼は堀江に対してどこか不信感を抱いていたが、同時に彼の言葉には何か大きな意味があるように感じていた。


堀江はいつものようにカジュアルな服装で、バーの一角に座っていた。

「久しぶりだな、北山」

堀江はにやりと笑いながら、テーブルに置かれたグラスを手に取った。

「お前が本気で改革を進めるなら、俺も本気で応援するぞ。だが、もしお前がそれを途中で諦めるようなことがあれば、俺は容赦しない」


北山はその言葉を聞いても動じることなく、静かに答えた。

「諦める? そんなことはない。俺は、この業界を変える覚悟を決めている」


堀江は一瞬黙り込んだ後、目を細めて言った。

「なら、いい。だが、忘れるなよ。人を変える力が本当に必要だってことを」


その言葉を胸に、北山は再び決意を固めた。

この改革を成功させるためには、過去の自分と向き合い、すべてを乗り越えなければならない。



次回、第6話「沈黙する牙」


旧守派の攻撃がさらに激化する中、北山は遂に動き出す。その牙がどれほど鋭いものか、誰も予想していなかった。


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【毎日17時投稿】『白馬は二度現れる』 湊 マチ @minatomachi

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