悪役令嬢ロボ
原明
「はた迷惑な二人」
神聖ハルフェルス帝国のヴァルティエ侯爵領、その首都惑星エリダヌスは、無数の艦隊に取り囲まれていた。
侯爵領防衛軍の旗艦“ダーマルフォン”のブリッジで、正面のメインスクリーンに映る敵艦隊を眺めながら、防衛軍の指揮官にして、“ダーマルフォン”艦長、そしてヴァルティエ侯爵家令嬢であるエレノア・ヴァルティエは、静かにシートに身を預けていた。
エリダヌスを取り囲んでいる艦隊には、剣に絡みつく双頭の竜が描かれていた。神聖ハルフェルス帝国の紋章である。つまり、エレノアが対峙しているのは、自身の祖国である、帝国の宇宙艦隊であるということだ。
さらに、帝国軍艦隊の中心に構えるのは、神聖ハルフェルス帝国皇太子、ジルベール・ザナーク・ハルフェルスの座乗艦である“ロンダナーク”であった。皇太子の率いる艦隊が、こちらに主砲を突き付けているのである。
「艦長! “ロンダナーク”から映像通信です!」
通信士が上ずった声で報告する。エレノアは部下から『姫様』や『お嬢様』と呼ばれることよりも、『艦長』と呼ばれることを好んだ。少なくとも、艦の中では。
「繋げなさい」
エレノアは扇を手に持つと、軽く開いて口元を隠した。
次の瞬間、メインスクリーンに映し出されたのは、透き通るような銀髪に、氷のように冷たい青の瞳の美丈夫――神聖ハルフェルス帝国皇太子、ジルベール・ザナーク・ハルフェルスその人であった。
「ご機嫌麗しゅうございます、我が敬愛すべき皇太子殿下。遥か宇宙の彼方より、直々にこのような辺境の地までご足労いただき、まことに光栄に存じますわ」
エレノアは穏やかな笑みを浮かべたまま、ゆるやかにシートから立ち上がり、優美な所作で一礼する。
「されど――艦隊をもって領地を包囲するというのは、いかなるご趣向かと、お尋ねせねばなりません。婚約者を逢引に誘うにしては、いささか物々しくございませんこと?」
ジルベールは、エレノアの婚約者でもあった。
「エレノア・ヴァルティエ」
画面に映る皇太子は、ピッタリと身体に密着するパイロットスーツを身に着け、脇にヘルメットを抱えていた。背後には、全長15メートルほどの鋼鉄の巨人――パワードアーマーと呼ばれる、人型起動兵器が立っている。
「貴様との婚約を破棄させてもらう」
ブリッジの乗員たちが息をのむ中、エレノアは小さく首をかしげる。
「それはまた、随分なお言葉ですこと。恐れながら、殿下とは互いに心を通わせ、良き関係を築けていたと思っておりましたが、全て私ひとりの夢だったのでしょうか?」
二人は生まれた時からの許婚であり、幼い頃から交流を重ねて来た。愛を語らったことも、一度や二度ではない。それが全て嘘偽りだったとは、エレノアには思えなかった。
「いや、非常に好ましく思っている」
エレノアの言葉に、あっさりと婚約者は首を振った。
「だが俺は、親が宛がった番など御免被る。俺は犬猫ではない。妻にする女は自分で選ぶ」
言って、ジルベールは不敵な笑みを浮かべ、胸を張った。
「そして欲しいものは、自分で手に入れる。俺の妻になれ、エレノア。さもなくば、この惑星を火の海に変えてやる」
静寂がブリッジを包んだ。乗員たちが顔を見合わせる。無理もない。婚約を破棄すると言いながら、武器を向けながら妻になれと要求している皇太子の方が意味不明だ。
しかしエレノアは、嬉しそうに微笑んだ。
「それはつまり――親に言われたからではなく、自分の意思で、私を妻に欲しい、そうおっしゃる?」
「そうだ」
乗員のざわめきが大きくなる。
「殿下は求婚する相手を艦隊で取り囲み、砲を突き付けてから愛を語るのですか?」
「紳士的だろう?」
悪びれた様子の無いジルベールに、エレノアは頷き――頬を赤らめた。
「まあ、なんて情熱的なお方……」
エレノアは陶酔したように呟く。
二人の会話を聞いていた乗員たちの心は一つになった。
つまり、『何言ってんだコイツら』と。
「しかし私もヴァルティエの女。武器を向けられ、膝を屈しろと言われ、唯々諾々と従うわけにはございません」
ぴしゃりと扇を閉じて、その先端をジルベールへと突き付ける。
「殿下に、決闘を申し込みます。この身が欲しくば、力で組み伏せて御覧なさいませ。一騎打ちです!」
エレノアの答えに、ジルベールは高笑いした。
「ハハハ! それでこそ俺の惚れた女だ! いいだろう、その決闘、受けて立つ! 」
通信が切れると、ブリッジは再び静寂に包まれた。傍に控えていた副官が、心配そうに進み出る。
「あの、本気で決闘を…? 」
エレノアは微笑んだまま、扇を開いた。
「ええ。もちろん。殿方の求愛に、淑女として貞淑に応じなければ。さぁ、私の機体を準備してちょうだい」
ブリッジに居る皆が、薄々察していた。
皇太子であるジルベールは、だいぶ頭がおかしいことを。
そして自分たちの主であるエレノアも、わりと頭がおかしいことを。
面倒くさいカップルの、盛大な茶番に巻き込まれていることを知り、副官は深々と嘆息した。
惑星エリダヌスの軌道上で、両軍の艦隊が対峙していた。
両軍の間、赤を基調とした帝国艦隊の前に、ジルベールのパワードアーマーである“ハシュベーズ”が浮かんでいる。
白銀の装甲に、背中からはエネルギー翼が青く輝き、右手には大型のビームソードが握られている。
対する侯爵領の艦隊から、黒い装甲に金の装飾が施された機体、エレノアの“エルナリリス”が進み出る。
「お待たせしまして申し訳ございません。殿下」
「よい。女は身支度に手間がかかるものだ」
通信越しに詫びるエレノアに、ジルベールは鷹揚に頷いた。
「それでは……準備はよろしくて?」
「先手はやろう。好きに仕掛けてこい」
ジルベールの言葉に、エレノアが笑う。
「あら、リードは殿方の務めでしてよ」
「む、それもそうか……では、いくぞ」
次の瞬間、エナジーウイングを広げたハシュベーズが彗星のごとき速度で突進。青白く光るビームソードが、エルナリリスに迫る。
「せっかちな殿方は、嫌われましてよ」
エレノアは冷静にエルナリリスを操作し、粒子砲を一斉射。青い光の奔流がハシュベーズを包むも、ジルベールは機体を旋回させ、攻撃を回避。
ハシュベーズのその圧倒的な機動力でエルナリリスを翻弄し、振るわれるビームソードが装甲を掠め、削り取っていく。
だが、エレノアは怯まない。バックパックに備えられたドローンを展開し、全方位からビームを浴びせかけることで、ハシュベーズの動きを封じていく。
「小細工を……! だが――通じん!」
ジルベールが苛立ちを隠さず、エネルギー翼を最大出力。機体が加速し、ドローンを振り払うと、再度エレノア目掛けて突進していく。
「コックピットから引きずり出し、そのまま組み敷いてくれる。孕んだ腹で婚礼の儀に出るがいい」
「では、私が勝った暁には、婚礼の儀に出る殿下の衣装を選ばせてくださいませ。首輪と鎖をご用意させていただきます」
広域通信で行われていた二人の会話を、ブリッジで聞いていた乗員が「どういうプレイだよ……」とつぶやき、隣の士官が即座に「黙れ、不敬罪だぞ」と叱責した。
やがて、光と熱の交錯の中、二機は互いに装甲を削り合い、シールドを砕き、傷つきながらもなお一歩も引かぬ攻防を繰り広げた。
そして、最後の瞬間。ジルベールのハシュベーズの右腕が変形、巨大なエネルギーランスとなる。
「エレノア! これで終わりだ!」
エネルギーランスが、エルナリリスの頭部を貫き、ジルベールの笑みが、スクリーン越しに浮かんだ。
「くはは、これで貴様はヴァルティエの令嬢などではない!俺の戦利品だ!」
彼は高らかに宣言する。
「俺の、女だ!」
「――あら、もう勝ったおつもりですの?」
エレノアの言葉と共に、彼女の指がコンソールを滑る。エルナリリスのバックパックの装甲板がスライドし、隠し腕が展開。先端に取り付けられた小型のビームソードが、ジルベールの機体を貫いた。
「なに!?隠し腕だと!?」
「卑怯とお怒りになられますか?」
「ずるいぞ!お前だけそんな面白そうなものを!」
言葉と共にハシュベーズの脚部、膝の部分が開いて、小型のグレネードが発射される。至近距離で直撃を受けたエルナリリスが、爆炎に包まれる。
「あら、殿下の機体も、なかなか趣味がよろしいようで」
衝撃に揺れるコックピットで、エレノアが笑う。
「ち、機体が持たんか……」
両者の機体は、既に限界を迎えていた。アラートが鳴りっぱなしで、画面上には赤い文字の警告が無数に表示されている。エネルギーも既に尽きかけていた。
「仕方あるまい。此度の勝負、預けるとする」
「再戦のお誘い、謹んでお待ち申し上げますわ」
ジルベールの宣言に、エレノアも頷いた。二人の決闘を、胃を押さえながら見守っていた兵たちも、ほっと胸を撫でおろす。
「それと――今度、久しぶりに観劇でもどうだ。ヘリュス劇団が新作をやる。退屈はせんだろう」
「ええ、喜んで」
はた迷惑な恋人たちが、急に正気に返ったように、ごく普通の逢引の約束していた。
いっそもう、さっさと結婚してくれないかな――両軍の兵士たちの心が一つになった。
悪役令嬢ロボ 原明 @haraakira
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