1-06

 もうるりちゃんの指は、ロープのうち一本に軽く引っかかっている。マグライトの明かりがスポットライトみたいにそれを照らしている。

 どうしよう。本気で悩む。

 るりちゃんは本物のお化けを探している。幽霊でも妖怪でもなんでもいい、とにかくそういうものを見つけて、そして自分にとり憑かせようとしているのだ。どうしてそんなことをしなきゃならないかって、それもるりちゃんが話していた。


「シローくんとケンカしちゃった」

 それはやっぱり、今夜みたいに二人でご飯を食べてた時のことだった。確か秋の肌寒い夜で、るりちゃんは髪にシルバーのインナーカラーを入れていた。

 熱しやすく冷めやすいるりちゃんが、彼氏とケンカするのは珍しいことじゃない。でも、そのときるりちゃんが凹んでいて、それはぎょっとするほど珍しいことだった。

 普段のるりちゃんなら、彼氏とケンカしたって、別れたときだって平気な顔して、ただ報告するみたいに「別れたよ」って言う。私が知らないだけで、言うのを忘れてるときだってあると思う。でも、その日は違った。るりちゃんは、迷子になった子どもみたいな顔をしていた。

「ケンカって、どんな?」

「別れようって言われた」

 そう答えたるりちゃんの背後に、今なら「しょんぼり」って文字が浮かび上がってきたっておかしくないと思った。

「それで?」

「わたしは別れないって言ったから、ケンカになった。だからまだ別れてないんだけど」

「だけど?」

「もう会いに来ちゃだめだって。会いに来ても会わないって」

「……るりちゃん、もしかして破局してない?」

「してない。わたしが認めてないから」

 どうしてそんな別れ話になったのか、そこはよく知らない。でもたぶん、るりちゃんが重くなりすぎたんだと思う。熱しやすく冷めやすいるりちゃんは、でもたまになかなか冷めないことがあって、そうなると重い。毎日会って。ずっと一緒にいて。どこにも出かけないで。わたしのことずっと考えてて――って、ずいぶん厄介な生き物になってしまう。たぶん今回も、そういうことだろう。

「最悪仕事でなら会ってもいいって」

 るりちゃんはそう言いながら、テーブルの上にぐにゃーっと潰れたように伏してしまう。

「あーあ、なんでこんなことになっちゃったんだろ……」

 本人にはわからないものなんだなぁ……って変な感心をしながら、私はいつも通りにるりちゃんの話を傾聴し、慰め、ぐにゃぐにゃになってしまったるりちゃんを、なんとか家まで送り届けた。その道中、タクシーの中で考えた。

(るりちゃんの彼氏って、確か霊能者って言ってなかったっけ? あれ本当かなぁ)

 仮に本当だったとして、その人が「最悪仕事でなら会ってもいい」っていうことは、どういうことだろう……なんて、いやな予感を噛み締めたのを覚えている。もしかして、もしかするとるりちゃんは、結構危ないことをしようとするのでは?

 予感は的中した。るりちゃんは異様にタフなので、一晩経つとケンカの痛手から勝手に立ち直った。そして「仕事でなら会ってもいいってことは、仕事でなら会ってくれるってことだよね!」などと、ムダに前向きなことを言い始めた。

「もちろん別れてないよ? わたしが認めてないもん」

 だから、るりちゃん的にはまだ二人は付き合っている。付き合っているから会わなきゃならない。ていうか会いたい。会うためには仕事の依頼をしなきゃならない――


 というわけで、もう何か月もるりちゃんは、自分にとり憑いてくれるお化けを探している。

 それに時々巻き込まれているのが、私だ。

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