午後四時の図書室で

ウニぼうず

彼女の背中と青い空

放課後の図書室は、いつも静かだった。

誰も声を出さず、空気がきれいに澄んでいる。

僕は窓際の席で文庫本を開きながら、時折その隙間から空を見上げる。


今日も、そうだった。

風に揺れるカーテン越しに、春の空が広がっていた。

少しだけ目を細めて、眩しい青の向こうを見つめたあと、何気なく視線をグラウンドへと落とす。


オレンジ色の西日が照らす土の上。

陸上部の何人かが走っている。その中に、見覚えのあるシルエットがあった。

肩甲骨のあたりまで伸びた髪が、日差しの中でふわりと揺れている。


彼女は、僕のクラスメイトだった。

練習に入る前なのだろう。ゴムを手に取り、髪をまとめ上げる。


そのとき、ふいに髪の下から、白いうなじが覗いた。

陽の光が反射して、そこだけ世界の輪郭がぼやけるように見えた。

目の奥が、じんと熱くなる。


──あ、と思った。

何かが、静かに変わる音がした。


本の活字を、僕は目で追い直した。

だけど、内容は頭に入ってこなかった。

空を見上げるでもなく、ページをめくるでもなく、ただ座っていた。

五分か、十分か、それ以上か──時間の感覚は曖昧だった。


そして。


「──ねえ、見てたよね?」


唐突に、肩を叩かれた。

心臓が跳ねる。振り返ると、そこには、さっきまで走っていたはずの彼女がいた。

額にかかる髪を押さえ、少し息を弾ませながら、こちらを覗き込んでいる。


「……え?」


情けないほど間の抜けた声が出た。

彼女は、ふっと口元だけで笑った。


春の空と同じ色をしたその瞳に、僕はまた、目を奪われていた。

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午後四時の図書室で ウニぼうず @bafun-uni

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