第七頁 物語の火蓋は切られた その7

 勝った、勝ったんだ、僕は。


 そんな喜びを噛み締める暇もなく、発射した時の勢いで僕の体は後方へと吹き飛んだ。そんなの考えてもいなかったから受け身の体勢なんてとれやしなかったが、僕の体が先に地面に叩きつけられたことでパラメラにはそれほど衝撃は無かったように見える。


 急いで体を起き上がらせて赤目のやつの方を見ると、まだ赤目の顔は炎に包まれていた。


「あぁぁああ、あぁぁくそおおおおあついいいいぃぃぃいいい!!」


 周りが見えていないんだろうが、熱さに悶えるようにして周辺の木々やフェンス、壁にぶつかりながら自分の顔を手でひたすら覆ったり擦ったりしている。


 気の毒だと思うかもしれないが、僕的には妥当な制裁だ。人の家族を食べようだなんて考えたこいつの、妥当な罰だ。


付与エンチャントウォーター付与エンチャント ウォーターウォーター! くそなんでだ!」


 赤目は必死に水の魔法陣を組もうとするが、組んだ瞬間に魔法陣にはヒビが入り、先程の僕と同じようにことごとく割れていった。割れると今度は、炎の時のような黒煙ではなく、雀の涙程度の水が零れる。


 さっきから僕が炎の付与魔法ばっか連続で使って炎の精霊が寄ってくるもんだから、その熱を嫌って水の精霊達が避難していったんだ。実際、周囲に水の精霊の姿はほとんど見当たらない。


 けど相手はそんなこと考えられる状況じゃないから、パニックになってるんだ。可哀想にな。


「おーいテトラー! 大丈夫かーい!?」


 後ろから聞きなれた声が聞こえたから振り返ってみると、そこには息切れしそうになりながら僕の方へ走ってくるトキメラの姿が、そこにはあった。


「やーーっときた、もー遅いよトキメラー」


 安堵からか、僕は全身の力が抜けたようにトキメラの名を呼んだ。


「ごめんごめん。見た感じ、パラメラは見つかったみたいだね、よかった」


 トキメラは、僕の腕の中でうずくまっているパラメラを見て安心したようだった。


「うん、今は眠ってる」


 まぁ、実際は気絶しているんだろうけども。とりあえずはそういう解釈でいいだろう。息はあるし、間違ってはいない。


 ただ、パラメラよりも気にかけるべきものが今は他にいる。


「ところで、目の前で燃えてるそこの人は一体? 消してあげた方がいい?」


 トキメラもそれに気がついたようだった。そう、パラメラを誘拐しやがった赤目の野郎だ。


「いや……」


 そこまで言いかけると、好都合か不都合か、向こうから口を挟んできてくれた。それも火で少し焦げている人差し指を僕に向けながら。


「テトラ! 確かにそう呼ばれてたな今、テトラ、テトラか、覚えたぞ。この炎の恨み、そしてそのパラメラとかいうやつの恨み、いつか必ず晴らしてやるからな、覚えとけよ!」


 かませキャラのような捨て台詞を残すと、赤目のそいつは僕たちの方に背を向けて反対方向へと走り出して行った。熱くて仕方ないのか、負けた屈辱からか元からなのか、その逃げ足は速く、何回か瞬きをしている間に見失ってしまった。


 だが背を向けて逃げようとした際、首にかけていたものがはっきりと見えた。まるでペットが名札を首輪に付けているように、赤目もワインレッドの首輪にそれを付けていたのだ。


 、確かにそう書かれていた。金色の名札に黒色の文字で刻まれていたそれは、炎をバックにして夕陽明かりに照らされてよく見えた。


 恐らく赤目のやつの名前なのだろう。なんでその名前なのか、なんで首輪のように付けているのかは分からないが、ヴェルベッドというのが赤目の名前に違いない。


 そして慌てて動いた拍子に、ヴェルベッドは一つ物を落としていった。


「えっと……」


 トキメラは状況がうまく飲み込めず混乱しているようだった。まぁそれは当然だ、僕が逆の立場でも混乱するだろう。


「後で説明するよ、それより一旦パラメラを預かってもらえない?」


「ああ、いいよ。ほい」


 僕が慎重にパラメラを手渡すと、トキメラは両手で下から抱えるようにしてパラメラを抱えた。僕はそれを確認し、ヴェルベッドが落としたそれを拾いに行く。


 その物というのは。


「それ、どうするつもりだい?」


「んー、ちょっと持って帰ってみようかな。何となく、記念に」


 ナイフだった。


 黒いドクロの滑り止めテープが取っ手部分に巻き付けられていて、お世辞にも趣味が良いとは言えない。ただ、見たところまだ新品ぽいし、初めて魔法が使えた&魔法を使って初勝利した記念で拾っておこうかなと思ったのだ。


「まーそりゃ、血とか付いてないなら別にいいけどさ」


「なら決まり」


 さて、目的も果たせたし、そろそろ外出禁止時刻も来るから帰ろうかと思ったところで僕の体は一気に鉛のように重くなっていった。


 直感でわかった。溜まっていた疲労が全身を襲ってきたのだと。パラメラが出ていったことによる精神的疲労とヴェルベッドとの戦闘による肉体的疲労、両方が襲ってきたのだ。


 トキメラが来たことにより、ギリギリ保てていた緊張の糸も解け、疲れが解放された訳だ。まぶたは重力が何倍にもなったかのように、足は鉄球でも付けられたかのように、腕は海流の流れに反って振っているかのように重くなっていく。


 気がつけば、一瞬だけ瞬きをしている内に、前の方に見えていた夕陽は僕の後頭部方向にあって。気がつけば足をつけていたはずの地面が目の前、鼻の先まで来ていた。


 あ、倒れる。


 そこまで分かりきったと同時に、トキメラが僕の名前を叫んでいるのが分かった。

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