第3話館の過去

 食堂にいる家族を紹介し終えてから、一利氏は話を続けた。

「もう一人、家族がいるんだ。私の父(宗)がこの館の持ち主なのだが、数日前から、行方不明になっている」

「行方不明ですか?」

「私が長期出張中に、父はこの館を購入し、家族はここに引っ越してきた。私は3日前にやっと、帰宅したのだが、帰宅の挨拶をしに父の部屋を訪れると、父はいなかった。それから今日まで父の行方が解らないんだ」

「行き先に心あたりは?」

「普段着と父の財布とカード類がなくなっているようだが、いつ外出したのかも不明だ」

「警察には届けたのですか?」

「いや。最近、父は不可解な行動を続けて起こしていた。母が少し前に亡くなったせいだろう。突然の社長降任。不気味なこの館の購入等。今回の無断外泊も、その奇行の一つかもしれない。それで警察に届けるのを躊躇している」

「そうですね。警察に届けても何もしてくれないでしょうし」

「ただ、先日、『この館では昔から、何人もが行方不明になっている』と、不動産会社の担当に聞いて、心配になっているんだ」

「住民が何人も行方不明?。この館が、ゾロアスター教の悪魔を意味する『アンラ・マンユの館』と呼ばれる理由は何ですか?」

「この館のクログロとした不気味な外観のせいと、数100年程前にこの館に住んでいた住人が殺害され、死体を火で焼かれた事件のせいらしい。いつの間にかそう呼ばれていたという。死体は悪魔が住み着く場所で、火を神聖なものとみなすゾロアスター教で、火葬は火を穢してしまうタブーだったんだ」

「殺害された上放火、私の両親の事件と同じ手口ですね」

サツキの言葉に一利氏はギョッとしたが、すぐに

「数100年前の事件と君の両親の事件、たまたま同じ手口でも、無関係だろう?」

と、穏やかに言った。

「そうですよね。すみません。神経質になっているようです」

「二人とも、しばらくこの館に泊まっていってくれ。サツキくんの両親についても、もっと思い出せる事もあるだろうから」


土門が用意してくれた部屋に、俺達は泊まることになった。

大きめの石とセメントを固めて造られた古い時代の黒い壁と、黒い床の部屋であった。

それでも、照明に照らされ、清潔に掃除され、真新しいベットが置かれたこの部屋には、気味の悪い所は無い。

「ちょっと寒いな、暖房は?」

「エアコンが付いてる。温度設定を上げるか?」

「いや、眠るのにはこれくらいでいいかもな。せっかく暖炉が有るのに使わないで、フェイク暖炉が入れてあるんだな」

「メンテナンスが大変だからじゃないか?」

「そうだよな。この広い館を使用人1人で管理して、食事の用意もするなんて、あの土門っていう怪しげな老人、見た目より優秀だよな」

ヒュー。

ガタン。

ーこの地方は、いつも風が強く吹いているらしい、何ぜか『嵐が丘』をイメージしたー

「進藤、お前の携帯、鳴ってるぞ」

ー桜だ。やった、癒されるー

桜は初恋の相手で、初めての恋人だ。

「桜、聞いてくれよ。俺達の泊まってる館、すげー気味の悪いホラーハウスみたいなとこなんだ」

「「そうなの?。うらやましいな。私も行きたかった」」

「大学の試験だからしょうがないだろ?。桜、もしかしたらホラー好き?」

「「大好き。ホラー映画全部観てる」」

「えー。俺はホラー苦手。ミステリーはいいよ、慣れてるから。でも、血が噴き出すとか、勘弁だな」

まだまだ二人の会話は続き、サツキは自分の恋人、寧々に電話をかけはじめた。

ーサツキの奴、うらやましかったんだなー

なんだかちょっと、勝ったような気分だった。



 次の日の朝、

「夜中に変な感じがしたから、そっと廊下を覗いたら 、土門が隣のドアの壁に耳をあてて、様子を伺ってるのが見えた。サツキ、土門って、怪しげだよな」

サツキは俺の質問には答えず、

「進藤はなぜ、夜中に目が覚めたのかな?」

変な質問で返してきた。

「さっきも言ったように、変な感じがして目が覚めたんだよ」

「この館、何か変だ。油断しないようにしよう」

サツキの言葉に俺は頷いた。


午後になって、アバスという、館の以前の持ち主がやって来た。

以前の館の持ち主にしては、くたびれた服を着て、髪や靴の手入れもろくにしていない、浮浪者の一歩手前というありさまだ。

「呼びたてて、申し訳ない。話した通り、父が行方不明になって四日も、連絡がないんだ。よかったら、君の家族の話を聞きたい」

「ああ、俺の家族も皆、行方不明になった。最初は父が、次に母が、最期に妹がいきなり消えた。怖くなって、俺はこの館を出て、一人で暮らし始めたんだ。ここに来るのは9年ぶりだ。9年間この館は売れず、やっと売れたと思ったら、この始末だ。返却は受け付けないよ。そもそも、金は使ってしまって、返せやしないし」

「両親と妹さんが行方不明になった状況は?」

「部屋にいたと思ったら、消えていたんだ」

「どういうことだ?」

「そのままの意味だ。3人とも、ある晩、忽然と部屋から消えた。財布も、カードも部屋に残っていた」

「警察には届けなかったのか?」

「届けたが、なにもしてはくれなかった。それどころか、俺が、家庭内暴力をふるっていて、家族で示し合わせて逃げたんじゃないかと疑われたよ」

「どういう理由で君の父はこの館を購入したんだ?」

「その頃父は職を無くしたんだ。それで格安だったこの館を購入して、ホラー好きの旅行者向けのホテルをやるつもりだった」

「それは面白いアイデアだな」

「この館は、暗くて気味が悪い。悪魔の館なんて言われたのは、ここで、何度も殺人や気味の悪い事件が起こったからだ。過去に行方不明者も多く出てる。だから物好きには受けるだろう。それに...」

「それに?」

「部屋にいると、ゾットすることがあった。誰かに見られている気がして」

「そうなのか。それで、この館で何人も行方不明になる理由は?」

「知るもんか。呪われてでもいるんだろう」

黙って二人の話を聞いていた洋が、嫌な目付きをして、

「バカな事を言うな!。父さんは母さんが死んだせいで、気が狂ったのさ。だから、こんな気味の悪い館を買って、その上、蒸発したんだ。呪いなんて、戯言は聞きたくない」

と、言い捨て足音をたてながら、部屋を出て行ってしまった。

バサバサ

ギャー

窓の外で大鴉がこちら覗きながら、何かを叫んだ。

それはまるで不吉な予言。

これからはじまる悪夢の前触れのようだった。




ーその男は両親、兄達を石で殴った。何度も、何度も、グチャッという音がして、彼らがピクリとも動かなくなるまで殴り続けた。

「なんてことを…」

たった一人、男の味方をしてくれる弟は、それを見つけて立ちすくんだ。

「隠さなくちゃ」

二人は死体を林に運び土に埋めた。

「兄さんはこの小屋で暮らせばいい。俺は何処か知らない場所に行く」

男の家族は誰一人居なくなった。ー


 

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